第二二話 新しい部活の設立(2)
「音楽活動でそこまで負担掛かるかぁ?」
「時々テレビで、らいぶ? とかしてるの見るけど、結構息切らしたり汗かいたりしてる。意外とハード」
「あー……」
まぁ練習するくらいならそこまでハードだとも思わないが、確かにそういう面もあるかもな。放課後にまったりお茶してるだけの軽音部なんてそうそうあるはずもない。
日和沢はおれがショッピングモールで軽くダウンした一件に立ち会っているせいか、身体のことを引き合いに出されると強くは食い下がれないようだった。
「う~ん、そっかぁ」
と唸って大人しく引き下がる。
「で、新しい部活の設立っていうのはどれくらい現実的なわけ? 前例とか」
もはやそういう方向で話が進んでいるが、生徒が自らの手で新しい部活を立ち上げるなんてフィクションの世界でもない限り聞かない話だ。少なくともおれは聞いたことがない。
軽音部なんてまったく興味はないが、設立の可否に関しては一抹ほどの関心がある。
おれはこの場で唯一の大人である、生徒に混じって弁当を食っている我がクラスの担任に水を向ける。
――すると。
「あー、それな。日和沢に相談されて他の先生方にも聞いてみたんだが、結構新しく出来たり廃部になったりっていうのは珍しくないらしい」
「結構廃部になったりもしてんのかよ」
「色々と移り変わりや変化の激しい時流だからなぁ。従来通りの方針じゃあ時代についていけない生徒を世に送り出すことになりかねないし、先生方も色々試さずにはいられないらしい。大変だよ、本当」
意図せず耳にすることになった学校側の現状におれは目から鱗的な気持ちが生まれるのを感じながらも続ける。
「ほー、じゃあ設立自体は難しくないのか」
「だな。担当の先生の話によると、設立と入部の希望者を四人以上集めて活動内容や目標を申請用紙に書いて提出した後、職員会議にかけて活動場所や顧問、活動内容の有意義性なんかを検討、承認されれば設立、らしい」
ナギは記憶を探るように宙に視線を遣りながら答えた。
しかし、そんな懇切丁寧で分かりやすい説明も虚しく、一番の当事者は頭上にはてなマークを浮かべて首を傾げていた。
「えと、つまりどゆこと……?」
まぁ確かに余計な情報と難しい言葉が多かったからな。
おれは日和沢自身がやるべきことを要約し直して伝えてやる。
「おまえは自分含めて入部希望者を四人集めて申請用紙に必要事項を書いて提出、後は運次第ってことだな」
「運が必要なの!? なんで!?」
そこ突っ込んできたか。結局ナギの説明を全部伝えることになりそうだ。
「提出した後、学校側で話し合うんだと。活動できる場所はあるのか、とか、その内容に見合った顧問はいるのか、とか、活動内容が学校や生徒に有意義であるのか、とかな」
そこはもう、普通に考えればこちらの意思が及ぶ領分じゃない。そうなると、会議で通るかどうかなんて運次第と言って差し支えはないはずだ。
「へ~、じゃあその話し合いでいい感じにならなかったら……」
「設立は無理、ってことになるんだろーな」
「え~~~~~!」
日和沢は露骨にそう渋面を作るが、実際問題、職員会議でのハードルはそんなに高くないんじゃないかと思う。先週配布された部活動一覧が掲載されたプリントにはそれなりに珍妙な部活の名前もあったしな。
それらに比べれば、軽音部なんて定番としか言いようがないし、時代の潮流がどうとか言ってるなら新しいことは受け入れていくべきだと思いうのは学校側も承知の上だろう。今はもう、思いもつかないことで食っていける時代だっていうし。
だからまぁ、実質的な問題、日和沢が尽力するところと言えば結局――。
「とりあえずメンバー集めだな。まぁ頑張れ」
「もうやってるもん。一応、一年生のクラスは全部回ったけど……」
フットワーク軽いな。フッ軽だな。こんなの、おれはついさっきナギに確認した程度には非現実的だと思っていたし、日和沢にどこまでやる気があるのかと訝しんでもいたが、この行動力は想定外だった。本気度が伝わってくる。
しかし――。
「その様子からすると、あまり
「……ゼロ、です……」
なぜ目を逸らして敬語で答えたのかはわからないが、その返答はおれにとっても想定外だった。バンド活動とか人気のある分野のはずだし、ゼロってことはないと思ってたんだけどな。金銭面かな。
「篠崎、おまえ入ってやれば?」
「何でおれが! ……あ、いや、軽音部が嫌ってわけじゃなくて、その……」
日和沢と話していたらなぜか恨めしげな視線を感じたので、何の気なしにそっちに話を振ってみたら、篠崎は即座に拒否したのも束の間、すぐに日和沢に向き直って何やら慌てて釈明し始めた。
たぶん、おれの提案を受け入れるのが
「わかってるよ。耀くんはバスケ部だもんね」
実に他意も邪気もない清々しい笑顔だった。逆に残酷ですらある。
おれは篠崎が諦めて
「そーなると、上級生のクラスに足を伸ばすしかないだろーな」
「うーん、どうだろ。実は軽音部って去年まで三年生がいたらしいんだけど、受験に集中したいとかで辞めちゃって廃部になったんだってさ。ね、ナギっち?」
釣られて視線を遣ると、口に昼飯を入れたままこくんと頷くこのクラスの担任、ナギっち。
しかし、ここではっきりさせておかなければならない細かい問題がある。
「それって去年時点での三年生か? 今の三年生か?」
後者だとしたら、かなり真面目に将来を見据えた現三年生だということになる。甲子園でも三年の夏まであるのに。
「今の三年生だな」
かなり真面目な現三年生らしい。
まぁ、結局は高校の部活レベルでやってたっつーことなんだろーな。
どちらにしても、現三年生にはあまり期待はできないということになりそうだ。
「けど、廃部してから現在までで新しく興味を持ったっつー上級生とか、廃部にしたくなかったけど人数が減っちまってやむなく手を引かざるを得なかった現二年生とかいるかもしれねーだろ」
「や、でもセンパイたちのクラスに押し掛けるのはなー……」
と、日和沢は弱気を見せて語尾を沈ませた。
確かにそれは勇気のいることかもしれない。日和沢の本気度が試される局面でもある。
しかし同学年に同志がいないのなら上級生を当たるしかないし、それでもメンバーが規定人数に満たないのであれば、心変わりを狙うしかないだろう。説得だ。
「ま、名前貸すだけならおれが入部してやってもいーけどな」
音楽活動に興味はない。楽器もそれなりの値がするものなんだろーし、続けるのにも費用がかさむことは想像に
先日の藍沢との電話が思い出されるが、さすがに出費の激しいことはちょっとな。
おれの悪魔の囁き的な提案をされた日和沢は、しかしにべもなくきっぱりと言い切った。
「ダメだよそんなの。ちゃんと練習にも参加してくれないと。ただの数会わせなら要りません」
そんな模範解答におれは思わず口角が緩み、気付かれないように慌てて引き締める。
なんだ、本当にやる気あるのか。てっきり放課後にまったりお茶するのが目的なんじゃないかと思ってたんだけどな。
「つーかさ、おまえって何か楽器とかできんの?」
何とはなしに話を進めていたが、軽音部といえば楽器だ。
日和沢は、よく訊いてくれました、とばかりに胸を張った。
「実はあたし、ギターができるんだよ!」
中学ではバスケ部でギターも出来るって、マジでリア
とても自慢げに明かした日和沢だったが、周りの反応はイマイチだった。そりゃ中学からの知り合いである篠崎たちは知っているだろうし、おれとしてもそこまでの驚愕はない。っつか強い関心もない。
「へぇ~」
どれだけ気を遣ってもそうやって返すのがやっとだった。
「何そのリアクション! うっす!」
日和沢とそれ以外の面々との温度差が目も当てられないものになっていた。
そんなタイミングで予鈴が鳴り、おれの昼食抜きは確定した。
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