第十八話 二年くらい後の話
結局、おれの頭上には、日傘がその花を広げていた。
とはいえ、その
時折すれ違う通行人からは若干奇異の視線。
まだ四月半ばなんだから当然だろう。正直に言えば、おれも思うところがないわけではない。端的に言ってちょっと恥ずかしい。
けれど大衆やクラスメイトの前で姉の背にすべてを預けるほどではなく、これくらいなら個性だとして自分に言い聞かせれば受け入れられそうだったから受け入れた。
それだけの話だ。たまには美夜の機嫌を取っておく必要もあるしな。
そうやって季節外れに日傘を差したまま、おれたちはバス停にたどり着いた。
目的のショッピングモールまでは、これで停留所を四つほど過ごすことになるわけだが、あまり栄えているわけではないこんな
「ミコト」
次のバスまで残り五分ちょっとという待ち時間の最中、美夜がくいくいとおれの腕を引いてきた。
その意識は何やら背後のほうにあるようで、また一体何に興味を惹かれたのかとついていくと、唐突にこんな質問を向けられた。
「ミコト、間取りはどんなのがいい?」
「は? 間取り?」
何の前置きもない質問に戸惑ってその視線を追うと、そこにあったのは不動産屋の店先に張り出された物件情報広告だった。
「なに、独り暮らしでも始めんのおまえ?」
「『おまえ』じゃなくて『おねえちゃん』。それに独り暮らしじゃなくて二人暮らし。姉弟だから部屋は二つも必要ない。だったワンルームか……」
「待て待て待て! 慎ましいのはいーけど何の話してんだ! ちゃんと説明しろ!」
ひりつくような嫌な予感が急速におれの胸の中で拡大していく。
まるで身に覚えのない濡れ衣を着せられて何らかのペナルティを課せられそうになっているかのような、そんな一寸先に対する非常に嫌な予感。
案の定、このブラコンはこんなことをのたまいやがった。
「おねえちゃんが高校を卒業したら家を出て二人で暮らす」
「聞いてねーよそんなこと! 何勝手におれの将来決めてんだよ!」
「不満?」
「あぁ、おれの自由意思がないことにな!」
「だから間取りはどんなのがいいか訊いた」
「そこじゃねーよ! 二人暮らしが決定してることだよ! 何でそーなった!」
何かが欠落しているとしか思えないウチの姉は、キョトンと首を傾げて返してくる。心底おれの抗議が理解できないというように。
「姉弟なんだから二人で暮らすのは当たり前」
「別に当たり前ではねーし、だったら家族で暮らせば良くね!?」
「自立することは大事」
「おれは!? おれの自立は!?」
「わたしが面倒を見る」
「おれの自立は大事じゃねーのかって訊いてんだよ!」
「身体のことがある。ミコトは無理をする必要はない」
「……はぁ」
そう来ると思った。おれは冷めていく感情を自覚しつつ、落ち着いて息を吐く。
あの担当医からは、予定の基準値まで身体が成長。快復すれば独り暮らしをしても問題ないだろうと言われてはいる。仮にそれが叶わなかったとしても、少なくとも実姉との二人暮らしなんてありえない。おれはどんだけシスコンなんだって話だし、あいつに至ってはどんだけ過保護なんだって話だ。
もしも将来的におれが常人レベルで日常生活を送れるようになったとき。
自分のことを自分でできないようじゃ、本当に苦労することになる。
「勝手に言ってろ。おまえと二人暮らしするくらいなら実家に居座るねおれは」
何にせよ、美夜がどういう将来設計をしているにしてもまだ二年近く先のことだ。その計画に反旗を翻すのはその時になってからでいいだろう。
そう思って話を打ち切り、バス停へと戻る。
さすがに少し言い過ぎたかという気持ちがないわけではなかったから背後の様子をこっそり窺ってみると、聞こえてきたのは耳を疑うような呟きだった。
「なるほど、実家と同じ間取りで二人暮らし……わかった、おねえちゃん頑張る」
「…………」
もうホントどーすればいーの……。
誰か助けて!
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