第十四話 外出日和
入学してから最初の土曜日は授業もなく、身支度を整えたおれは家を出た。
挨拶におはようを用いるべきかこんにちわを用いるべきか悩むような時間帯。
空に点在する雲はまばらで日差しが心地よく、予報でもこれが終日続くと見られていて、外出日和としては最高の一日となりそうな見込みだ。
……今はまだ、な。
「待って。ミコト待って」
背後で再び玄関の開く音がして、おれを呼び止める声が掛かる。
おれはそれに振り返って
「もう、どうして一人で勝手に行くの?」
「一人で行けるからだよ」
これから向かう場所への道のりは、物心つくかつかないかという頃から何度も通った道だ。それはもう嫌になるほど、もう間違えようがないくらいに往復していて、ツレが必要になるようなことじゃない。
しかし星名家の長女には別の懸念があるようで。
「道だけの問題じゃない」
と、引き下がらない。
「外の世界には危険がいっぱい。世の中には逆ナンというものがあって、か弱そうなエモノを見つけると身ぐるみ剥いで骨の髄までしゃぶり尽くすという女が
「おまえの見識は本当に偏見に満ちてるな……。一体どこでそんな情報を仕入れてくるんだ?」
当然のように、弟のそんな疑問は姉の耳を素通りする。
「それだけじゃない。男色家というのもいて、ミコトくらいになるとすぐに目をつけられる。あと『おまえ』じゃなくて『おねえちゃん』」
「いや、そーゆー人種がいることは知ってはいるけど」
相手が異性にしろ同性にしろ、おれがその対象になるとは思えないだけだ。こんな生意気で可愛げのないクソガキなんて、誰からしたって願い下げだろう。トラブルに巻き込まれる要素があるとすれば、それ以外の何かだろーな。
着々と歩みを進めながらも、美夜は延々と説教なのかどうかわからない小言を垂れ流し続けていて、おれはそれをBGMに頭上を見上げる。
「っとーに、暖かくなったな」
ほんの一週間前までは日中でも薄ら寒かったほどなのに、さすがにもう防寒着が役目を終えて身に付ける衣類も減りつつある。
そんな、外出日和。
夏本番を前に、着々と減りつつある、おれの外出可能日和。
日本の夏って、ほんっとーに命の危険があるからなー……。
おれみたいな人間からしたら、より一層。
夏真っ盛りの時期にこんな最高の空模様となった日には、おれは下手すれば外出禁止令を申し渡されかねない。
猛暑日の最高気温は年々上がってきてるっていうしな。
そんな炎天下にこの脆弱な体を晒した日には、はっきり言ってどうなるか見当もつかない。何せ毎年、健常者でさえ熱中症でぶっ倒れる人間が続出するくらいだし、幼児や高期高齢者に至っては死に至る場合もあるのだから。おれは幼児でも高期高齢者でもねーけど、身体的な脆弱度で言えば、あまり大差はない。
そのうち体育の授業も、外でやるのであればおれ一人だけ教室の窓から見学という形になるだろう。
去年までは三十度を越えた日には外出禁止のドクターストップが出されていたくらいだ。するのであれば、最大限の猛暑対策をこの身に施し、可及的速やかに用を済ませて可能な限り短く。
よく『エアコンの効いた空間に避難』みたいな表現を笑い混じりに口にする人間がいるが、おれの場合、冗談抜きで避難という言葉をそのままの意味で使うことになる。しかも避難するのに走ることができないわけだ。身体に負担が掛かるが故に。
まぁ今時、真夏にエアコンの掛かっていない公共施設なんてそうそうないけどな。
出掛ける前にちゃんと、途中でどこを経由・休憩して用事をこなすか計画しておけば、滅多なことにはならない。それも今や、大体パターン化されている。
そんな制限も、今日の検査次第ではまた緩くなるかもしれないが。
おれたちは今日、三ヶ月に一度と定められた検診を受けるために、毎度世話になっている病院へと向かっているところだった。
もちろん、おれの身体の検診だ。
歳を経るにつれて徐々に良くなってきているとはいえ、医学に携わる人間からすれば、人間の身体というのは何が災いするかわからないことが多いという。原因がはっきりしない疾患なんて数えきれないくらいあるのだとか。
忌々しいことに、おれの身体も常に順調の快復ルートを辿るとは限らないということだ。
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