第十五話 結果やいかに(1)

「はい、異常なし。まぁ順調だね」

 

 いくつかの検査を終えた後、既に顔馴染みとなっているおれの担当医は、今回もひとまずはそう診断を下した。


「ほれみろ」


 あまりに通い慣れたせいで、もはや自分の部屋と言っても過言ではないような診察室。その診察台の上で横になってくつろぎながら、おれは過保護な姉に向かってドヤった。しかしその反面、ほっと安堵している自分も確かに存在しているが、それは見栄を張って胸の内へと隠す。

 美夜は担当医の正面に座り、感情の見えない淡白な面持ちを担当医に向けて静かに首肯しただけだった。


「ま、今回も特に言うことはないかな。これまで通り、注意事項に気を付けて無理しないように生活していれば、成人する頃にはほぼ問題はなくなると思うよ」


 なくなると、ね。

 曖昧な言い回しだ。完治すると明言されない辺り、腹に据えかねるものがある。が、これがなかなか出来ることではないというのは、おれ自身の長い医療機関との付き合いでわかっているので今さら突っ込んだりはしない。快復を祈るばかりだ。


「んで、今年の夏はどれだけ外に出ていーんだおれは。例年通りか」

「……そんなに外に出たい?」


 担当医は何かの書類で顔の下半分を隠し、茶目っ気たっぷりに上目遣いで訊き返してきた。

 ちなみにこの担当医、前述の通りおれとはもう随分と長い付き合いなのだが、昔から一向に外見が変わらない。見た目三十代前半か、下手したら二十代後半くらいに見える。実際、見られることもあると臆面もなく自慢してくる。非常に鬱陶しい。


 とはいえ、おれのような難病持ちを受け持つからにはそれなりのベテランだと思われるのだが、そんな振る舞いを見せることは一切ない。

 立ち居振舞いから言動までむしろ医者とすら思えず、時折こうやって茶目っ気すら交えて接してくる始末だ。

 何年か前、戯れに年齢を訊ねたことがある。

 返ってきたのはこんなふざけた答えだった。


「ふっ、永遠の十七才さ」

「さすがに十七には見えねーよ」


 良い歳したおっさんがそんな妄言ほざくの初めて見たわ。

 まぁ、あまりおっさんには見えないわけだが、どちらにしろ、医療の腕は良い――と思われるので、あまり気にしていないが。つーか、どーでもいい。

 ともかく、子どもか女みたいな仕草で確認してきた担当医に、おれは返した。


「いやフツーに不便だろ。未知の新型ウイルスが出回ってるわけでもねーのに何でおれだけステイホームしなきゃいけねーんだ」

「かぁーっ。そっかぁー。いやー、その話はしたくなかったなー。僕はできるだけ例年通りの制限を継続したかったんだけどねー」


 予想していなかった返答におれは目を丸くした。

 その言い草から察するにこれはもしかして――。


「先生、そこは継続する方向でお願いする」

「おまえは黙ってろ医者が判断するトコなんだよここは!」


 隣から聞こえたまさかの横槍を制止し、担当医に先を促すおれ。

 

「さぁ白状しろ。今年の外出制限はどれくらい緩和されるんだおれは。外気温五十度くらいか」

「君はインドかデスバレーにでも移住する気かい? そんなの君相手でなくてもドクターストップだよ。というか、そんなところに渡航してほしくないねぇ。あそこは人間の住むところじゃない」


 え……冗談半分のボケで口にしただけのつもりだったのに、そんな国ホントにあんの? 地獄じゃねーか。おれが健常者だったとしても行きたくねーわ……。


「で、ホントのところは?」

「ま、現実的に緩和できるのは三十度までかな。三十一度以上はアウト。それにしたってあまり長時間外にいないこと。これは絶対に厳守だし、制限内でも可能な限りご家族に連れ添ってもらって外出すること。まぁその辺は問題ないかな」


 ちら、と担当医の視線が美夜にスライドする。

 それを受けたおれのご家族である過保護な姉はこくりと頷いた。


「何の問題もない。二十五度を越えたら部屋に縛り付けておく」

「制限きつくなってんじゃねーか! あと縛り付けるってなんだ監禁でもする気か!」

「大丈夫。最近勉強して亀甲縛りというのを覚えた」

「どこでだ! 勉強し直せっつーかそんなこと勉強すんな!」


 あぶねー。危うく自分の姉の背中をそっちの道に押し出してしまうところだった……。

 とはいえ、せめて亀甲縛りの一般的な用途は把握しておいてほしいところでもある。そうすればそんな縛り方をおれに施そうなんて意思は霧散するはずだ。……いや、すると思いたいが……。

 つーか、そもそも把握してる上で言ってるわけじゃねーよな……?

 ……うわぁ、こえぇ。

 我が姉ながら、その心中の読めなさがそら恐ろしくてしょうがない。

 確認したくもないので、おれは一息つき、担当医に話を戻した。


「つーか何なんだよ、その言い方は。もしかしておれがこの話を持ち出さなかったら何も言わないつもりだったのか」

「うん」


 相当長い付き合いであるおれの担当医は、えらく爽やかな笑顔で臆面もなく首を縦に振った。


「君は何かと無茶する節があるからね。少し厳しめに伝えておくのがいいかと思って」


 その動機に、おれは二の句が継げなくなる。

 実際、おれの普段の行いに原因があるわけだからな。

 おれが反論できることなんて何もない。

 ま、とりあえずは制限が緩くなったことを素直に喜ぼう。

 それはおれの身体が順調に快復していっていることの、何よりの証左なのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る