第十二話 余談と蛇足(2)

 とはいえ、こいつが生徒会長になって美化活動に力を入れ始めた原因がおれにあるとは言っても、病院送りにされたヤツらに同情の余地はあまりない。学生の時分では良くないとされていることをしてたんだろーしな。

 しかしなるほど、生徒会長になってからも行動原理は変わっていないらしい。

 それが中学からアップグレードした感じか。この調子だと、社会に出る頃には県議員か市議員にでもなるんじゃねーだろーな……。

 日本とおれの将来が不安でしょうがない。


 ちなみに埃っぽさや煙たさといった空気の悪さも、忌々しいことにおれの身体には十分に悪影響を与えるものだ。

 昔に比べれば、それもある程度以上に耐えられるようになってきてはいるのだが、それでも常人に比べれば耐性は断然弱く、油断できるものじゃない。

 とはいえ、おれの口から出るのはやっぱり強がりの言葉だった。


「今はもうちょっとやそっとじゃ影響ないだろうって言われてんの知ってるだろ」


 少なくとも、おれ一人のためにそこまでする必要はないんじゃないかと思う。学校は公共の場で、集団生活の空間。おれがそういった身体に影響のありそうな場所を避ければ済む話だ。


「万が一っていうこともある。それに、少しずつが蓄積していって支障をきたす可能性もある」

「まぁそれは否定できねーし、おれのことがなくてもそーゆーことすんのは良いことだと思うからあんま強くは言わねーけどさ、いやスロープと病院送りはやり過ぎだと思うけど、それって生徒会長にならないとできないわけ?」

「わたしも高校生になった。成長した。これからは何をするにも武力より権力」

「副流煙の排出源には暴力を振るったんじゃねーのかよ」

「あれは超法規的措置」

「ものは言い様だな!」

「それに体育祭や球技大会の撤廃は権力がないとできない」


 そのニュアンスからしてそれはまだ実現していない案件と見えるが、こいつ、そんなことするつもりなのか……。


「それはやめろ。たぶん楽しみにしてるヤツいるから……」

「ミコトが一人だけ見学してるのに他のみんなだけ楽しい思いをするなんて許されない」


 ……あぁ、こいつが生徒会長になったって聞いて抱いた感想通り、やっぱり一番権力を持っちゃいけないヤツが持っちまったわけだ。


 おそらく初耳なのか、聴取を記録していた女子は大口を開けて唖然としていた。室内でこの会話を聞いていた他の生徒会役員も目ん玉を引ん剥いていたりと、皆一様に似たり寄ったりのツラをしていて、これは絶対に阻止しなければならない裏スローガンと見た。

 環境美化ならともかく、学校行事の撤廃なんてあまりに申し訳なさ過ぎる……。


「他の生徒だって全員が全部の競技に参加するわけじゃねーだろ? 七割八割見てるだけだろ? だったらおれと大差ねーよ。それにあーいうのは見てるだけでも楽しーもんだしな。一人で見学でも気にならねーからやめろ」


 すると生徒会長としてはそこまで考えが至っていなかったのか、美夜はしばらく口元に手を当てて目を伏せ、思案する素振りを見せた。

 ややあって小さく首肯する。


「検討しておく」


 検討、ってのも便利な言葉だよな。善処、ってのと同じくらい。

 まぁどのみち、その手の一大イベントを撤廃しようというのならそれなりの大義名分が必要になるだろう。おれ一人を引き合いに出したところでそれが成されるとは思えない。一応は目を光らせておくとしても、あまり心配する必要はないはずだ。

 おれはひとまず美夜の返答からそう判断し、今度こそ生徒会室に背を向けた。


「じゃ、先帰るわ」

「気を付けて。一緒に帰りたいけどおねえちゃんはまだ仕事がある。ミコトは真っ直ぐ帰らなきゃダメ、ゼッタイ」


 その『仕事』ってのが気になるんだよなぁ。いや、仕事っていうより、こいつがおれよりも優先することに。

 自意識過剰かもしれないが。

 とりあえず今日は予定もないし、素直に頷くついでにふと気になったことに言及してみる。


「わかってる。おまえはたまには友達と遊んだりしてこいよ」


 家にいる美夜と話していると、こいつも大概、放課後に寄り道しているという印象がない。

 心配されるばかりも癪なので姉の人付き合いにそれを向けてみると、普段通りの無垢な無表情で美夜は言った。


「『おまえ』じゃなくて『おねえちゃん』。おねえちゃんに友達なんていない」


 微塵みじん躊躇ためらいのない爆弾発言だった。

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