第十二話 余談と蛇足(1)

「文化部、運動部、渡り廊下でわたしが見た状況、ミコトの身体からだ、性格、雑談の内容。要するに、ミコトの発言が彼を怒らせた」

「……すげーなおまえ。あの聴取でそこまでわかるかフツー」


 なんというか、腐っても姉か。

 まるで当たると噂の有名占い師と相対している気分だった。


「『おまえ』じゃない。おねえちゃんのことは『おねえちゃん』と呼ぶように。ミコトが口を開けば大体、皮肉か嫌味が出てくる。さっきの彼は沸点が低そう」


 ここまで来ると、いくら誤魔化したところでこいつの中で出た結論を翻意させることは骨が折れるので、無駄な足掻きは諦める。

 美夜は神妙なのか空虚なのかよくわからない面持ちで言った。


「もっとみんなと仲良くしてほしい。もし何かあったとき、常にわたしが一緒にいられるわけじゃない」


 おれは即答できなかった。

 みんなと仲良く、なんて、どうすればいいのかわからないのだから。

 昔から腫れ物に触るような接し方しかされてこなかった。

 そうでなくとも壁を一つ二つ間に置いたような、おれを相手にするときと他のクラスメイトと接するときでは明らかに異なる会話の仕方。


 そして頑張って仲良くなろうと歩み寄ってようやく打ち解けてきたかと思えば、折悪しく身体が調子を崩して入院。決して短くないその空白期間のせいで友好度は初期化。入院前にはようやく仲良くなれそうだったと思っていた同級生のよそよそしくなったあの態度は、今でも脳裏にこびりついていて離れない。

 中学までは何度もそんなことの繰り返しだった。


「まぁ、善処はしてみる」


 どこか寂しげな瞳でおれの返答を待つ美夜に、おれはそんなどっちつかずの答えを返した。 

 正直、もう疲れたという気持ちがないわけではないけれど、気が向いたらまたそういう方向に踏み出してみてもいいかもしれない。

 入院の頻度もかなり減ってきたことだしな。

 ま、飽くまで善処だ。確約はしない。

 

「でも一つ、気を付けなきゃいけないことがある」


 おれの返答に満足したのかはわからないが、美夜は何かを思い出したような顔になって人差し指を立てた。


「なんだよ?」


 その顔つきは今度こそ神妙なものに変わり深刻さを漂わせていた。暗くも深い真摯な瞳で真っ直ぐにおれを見据えてくる。

 事は人間関係にまつわる内容だ。当然、注意事項の一つや二つはあるだろう。

 おれの苦手な分野でもあることだし、そのご高説を拝聴するべく続きを待つ。

 やがて美夜は、常よりも幾分か真剣さを増した瞳で言った。


「異性と仲良くなってはいけない」

「な・ん・で・だ・よ」

 

 同姓としか仲良くなっちゃいけない理由がわからなかった。あまりにひどい私的な感情が含まれているだろう忠告に、急激に全身から力が抜ける。

 身構えて損したわ。

 

「ミコトはまだ小さいからわからないかもしれないけど」

「ものの道理がわかってない子どもみたいにゆーなっつーの」

「家族以外の異性はみんなマモノ。油断してるとすぐに舌舐めずりしながら近づかれて食べられる。ミコトみたいに美味しそうだとなおさら食指が動く」

「おれにとって一番のマモノはおまえなんだけどな。あと美味しそーってなんだよ」

「信頼していい異性は家族だけ。つまりおねえちゃんだけ」

「だからおまえが一番のマモノだって言って……いやおまえの中で母さんはどーなってんだ」


 母さんはもちろん女で、未だに健在のはずだ。今朝も顔を見てきたから間違いない。


「それ以外の女には決して気を許しちゃダメ、ゼッタイ。わかった?」

「わかったわかった。あんまり話さないよーにするから」


 こんなのは美夜の先入観と偏見だ。おれでもわかる。まとも聞き入れる必要はない。ないし、どの道おれに話しかけるヤツとかあんまりいないしな。

 異性に話しかけられたとしてもどーせクラスにこいつの目はない。

 おれは守る気のない口約束で不肖の姉を騙くらかして、おもむろに席を立った。


 もう本題も済んだだろうし、気づけば他の生徒会役員と思われる生徒たちも自分の仕事に没頭して書類を捲ったりパソコンをタイプしたりする音だけが耳につくようになっている。

 もう四月とはいえ、まだ陽も早く、窓の外には既に暮れ始めた空が見えた。

 美夜はまだ無言でじっとおれを見つめたままだったけれど、それ以上に何かを補足してくる気配も、その触手を再び振るうような気配もなかった。


「じゃあ、おれももう帰るわ。いーよな?」


 そう断りと入れると、美夜からはこくりと頷きが返ってきて、続いて自身も立ち上がる。

 こいつは女子にしては身長が高い。一六五センチ、だっけ? 二人して立つとおれが大きく見上げるような形になるのが疎ましくて、おれはさっさと生徒会室の出入り口に足を向ける。

 その戸口で、気になっていたにも関わらず忘れていたことを思い出して訊ねた。


「そーいや、おまえ、いつの間に生徒会長なんかになったんだよ。んなこと誰からも聞いてねーぞ」

「驚かせようと思ってみんなには黙らせてた」

「そこはって言うとこじゃねーかな」

「入学式で挨拶したのに、ミコトは寝てた」

「あぁ、そーいや気づいたら終わってたな、入学式」


 おれ疑問に答えた美夜は、ほんの僅かに頬を緩めて見せた。

 その反応から察するに、やや予定からは逸れたものの、サプライズには満足したのだろう。うん、実際驚いたわ。

 とはいえ、気になるのはその理由だった。


「で? なんで生徒会長なんかになった?」


 何せ、おれが知っている美夜のイメージからはあまりにかけ離れている。

 中学までのこいつは傍若無人が服を着て歩いているようなヤツで、その体格と腕っぷしを利用して自分の弟に害を成すような相手は片っ端から捩じ伏せ、周囲からは恐れおののかれていたほどだ。

 そんなおれの姉が生徒会長だなんて、自分の目と耳と脳と周囲の常識を疑う。なんでこんなヤツを生徒会長として認めた。


「今年からミコトが通うから。学校の問題点を解消するために」

 

 言い方……。なんか不穏な気がするのはおれの気のせいかなぁ!


「具体的に何したのおまえ……」

「美化活動。埃っぽいところを綺麗に掃除したり、段差のあるところをスロープにしたり」

「おれは高期高齢者じゃねーんだよ!」

「あとは校舎裏とか人気ひとけのないところで副流煙を排出してる異物を処分したり」

「それ物体じゃないよな! 人間だよな! そいつらどーなった!」

「怒らないでミコト。ちゃんと廃棄処分に出来なかったことは謝る。今は病院で厳重に保管されてるけど、学校に戻されたらすぐにでも」

「廃棄処分に出来なかったことを怒ってるんじゃねーよ!? おまえがやり過ぎてんじゃねーかって懸念してんだよ!」

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