第九話 衝突(1)

 クラスメイトの厚意を無下にするように返したが、こんなにも自分で言って虚しくなる強がりもなかった。

 自分のことは自分で?

 ……ハッ、虚栄にも程がある。空々しいことこの上ない。


 気づけば、どうにも周囲からは穏やかじゃない視線がおれに集中していた。何やら同情するようなものから何らかの不満が今にも爆発しそうなものまで、まるで火のついた導火線を前にしたかのような緊迫感が漂っている。

 結構、努めて平坦且つ友好的な物言いを心掛けたつもりだったのにな。

 どうやら無駄だったらしい。


 が、それもどーでもいい。部活の下見も今日のところは切り上げるつもりだったし、こんなところに長居する理由ももうない。

 蔑みや非難、あるいは憐憫の視線を浴びながらこのまま帰宅の途に着こうかと背を向けかけた時、


「待てよ」


 と、こんなおれを呼び止める声が掛かる。

 それは先ほどまでと打って変わって数段低くなった、篠崎の声だった。


「せっかく那由が……クラスメイトが気を遣って心配してるんだ。そんな態度はないんじゃねぇか?」


 せっかくとか心配してるとか――。

 そんな言葉に、おれの逆鱗は刺激される。


「そんな態度ってどんな態度だよ。せっかくおれが気ぃ遣って遠慮したっていうのに、どこに問題があったっていうんだ?」


 いるんだよな、こーいう善意や厚意を押し売りしてくるヤツ。それと、プライドや意地が邪魔してそれを素直に受け取れないヤツも結構見る。鏡を覗きこんだ時なんか特に。


「そういう態度が問題だって言ってんだよ。もうちょっと言い方があるだろうが」

「わりーけど、これがなんだよ。悪気はないから許してやってくれ」

「てめぇ……」


 篠崎の顔面は引きつり、血管を浮かせて気色ばんでいた。しかしおれのほうにも徐々に憤懣やるかたないものが募ってくる。

 頭が外部から締め付けられているような、あるいは内側から何かが膨張して破裂しそうになっているような、そんなよくわからない圧迫感が頭部に生まれ、まともに思考も回らなくなってきている。


 せっかくの厚意だからって、何でこっちはそれを享受しなきゃいけないんだ? それは義務なのか? 正直に断ることに何の問題がある?

 おれの身体がこんな欠陥品でなければそれでも良かったのかもしれない。

 しかしそれを受け入れた先――果てには、常人と違っていくつもの欠陥を晒したおれの姿がある。

 自分に何ができて何ができないのか。

 自分の無力さ、劣等感。それを自覚し、認識するというのは、おれにとっては自分の身体に刃物を突き立てられている感覚と大差ない。


 何せおれには、常人に比べて満足に務まらないことが多すぎる。

 その上、それを周囲に晒すというのは、それらを遥かに上回る心痛だ。

 おれの脳裏に浮かぶのは、まともに動くように作られず、失敗作だと見限られて捨てられたロボットの姿。

 関節が曲がらず、あるいはあらぬ方向に曲がり、ケーブルも繋がるべきところに繋がっておらず、駆動させようとしたらショートでもしたのか火花さえ散っているところも見られ、そうして力なく四肢を投げ出して眠るように首を傾けたまま動くことのなくなった、失敗作のロボット。

 日和沢たちの厚意を受け入れるということは、そんな自分を晒す過程を経なければできない。


 言いたい放題言ってくれる、と思う。

 すぐにでもせきを切って捲し立てたい衝動に駆られるが、おれだって何もケンカがしたいわけじゃない。

 おれは沸々と沸き上がってくる不快感を全力で飲み下し、迎合するように尽力する。


「まぁ、せいぜい普通の人間に面倒掛けないよーに気を付けるよ」

 

 しかし、意図せずいくらかの皮肉が混ざってしまった。これは本当にわざとじゃない。なぜならおれはもう冷静さを失っている。

 そんな棘を感じ取れないほど日和沢も鈍感ではないようで、困ったようにおれと篠崎の間に視線を右往左往させていた。その度にサイドテールが落ち着きなく揺れる。


 代わりに篠崎が、渡り廊下と外を隔てる敷居を越えて威圧するようにおれの目の前に立った。半分屋外のようなこの場所でも飽くまで土足は厳禁。しかしそんなことに構っている平常心はもうないようだった。


「なんだよその言い方。病弱だからってせっかく那由が優しくしてやってんのに付け上がってんじゃねぇぞ」

「別に付け上がってねーよ。いつも通りだっつーの。おまえの目にそう見えてるだけだろ……っ!」


 言い返した途端、篠崎から伸びてきた手が力強くおれの胸ぐらを掴み上げた。おれの軽い身体はいとも簡単に持ち上げられてつま先が地面に着くだけになり、下ろして間もない新品の制服が皺になる。

 どうやら爽やかなルックスとは裏腹に、その気性はなかなか荒いらしい。


 というか、こいつの先ほどからの物言いから薄々感じていたことがあるわけだが、なんかもうこいつが口を開く度にその可能性が濃厚になっていく。

 日和沢がおれと二人で文化部棟から出てきた際に向けられた訝しむような視線。

 こいつがおれに激昂する度にその口から出てくる日和沢の名前。

 ははーん、さてはこいつ、日和沢に気があるな?

 そう思うとおれの気持ちは少し冷静になったが、当然、篠崎の矛は収まらないようだった。


「ここには守ってくれる従兄のお兄ちゃんはいねぇぞ」


 守ってくれって頼んだこともねーんだよなぁ。


 

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