第八話 異物(2)

「中学じゃ普通に本読んだり感想文書いたり小説書いたり、色んな小説家の背景なんかを調べたりして、それを部誌に載せて図書室に置いたりってことだったな」


 訊かれたので答えてみたが、曲がりなりにも関心を寄せているのは日和沢だけで、やっぱり篠崎たちには興味の範囲外のようだった。


「へぇ、ミコトくん、ショーセツ書いたことあるんだ!?」

「いーや、全然?」

「ないの!? 文芸部なんじゃないの!?」

「そこまでクリエイター精神持ち合わせてねーよ。それに行ったり行かなかったりだったし、行った時でも好きなことやったりしてたからなー」

「好きなことって?」

「本読んだりゲームやったり」

「ホント自由だね、ミコトくん……」


 ちなみにここで言う『本』にはマンガも含まれているが、それを読むのもギリギリで活動の範囲内だった。顧問がマンガ好きだったしな。

 キャラクターやストーリー展開をテーマにしたディスカッションはマジでカオスだった。あのキャラが好きだとか嫌いだとか、あの展開はアリだとかナシだとか、あのキャラはあのシーンであぁするべきだったとかそれはダメだとか。あまりの熱の入れ様に、そのうち同人誌でも出すんじゃないかと危ぶんだくらいだ。


 おれは大体端から見ているだけだったけど、そんな文芸部がわりと嫌いじゃなかった。自由だったし。


「ゲームはあたしも時々やるよ。リズムゲームとかパーティゲームとか!」


 複数人でやるの前提のゲームだなー。こいつ、おれに友達いないのわかってて言ってんのかな。

 なんて思ってみるけど、話すようになってから数時間も経っていないながらも日和沢がそんな人間でないことは振る舞いからわかっているので、いちいち目くじらを立てるようなことはしない。


「おれはRPG派かな」

「あたし、RPGって絶対途中で投げ出しちゃうんだよねー」

「あー、いるよなー、そーいうヤツ」


 他はと見ると、篠崎も身に覚えがあるのか、無言でうんうんと頷いていた。


「じゃあマンガは? あたしはやっぱり恋愛系かスポーツ系かな!」

 

 まぁ大抵の女子なら恋愛系は手ぇ出しちまうよな。

 篠崎がまたもやうんうんと頷いていた。


「おれは強いて言えば何かミステリー要素があるのが好きだな。面白ければ何でも読むけど」

「アタマ使うのニガテ~」


 と、苦い顔で唸る日和沢に篠崎たちが温かくも乾いた笑みを向けていた。

 それにしてもつくづく合わない。こいつは中学じゃバスケ部でスポーツ系のマンガも好きだっていう話だし、基本的には身体を動かすことが好きなんだろう。趣味もアウトドアに片寄る。

 

「ミコトくんはインドア派なんだね」

「仕方なくな。大した運動ができないから自然とそっちに片寄るだけだ」


 身体を動かすことができなくて、さらに入退院が頻繁にあったとなれば、自然と室内遊びがメインになる。読み物やゲームなんかの一人遊びには当然手を出したし、テーブルゲームなんかもそれなりにかじった。相手は大体入院患者や病院関係者がほとんどだったけど。


「や、でも本が読めるってだけでもすごいよ! あたしなんて十文字くらい読んだだけでぬおぉぉ~~~ってなっちゃうもん」


 日和沢は全身を戦慄わななかせながら言ったが、それはもう活字が読めるかどうかという次元の問題じゃねーな。文字が読めるかどうかという問題のような気がする。前途多難すぎる……。


「おれからしてみりゃ運動ができるってほうがスゲーけどな。羨ましい限りだよ」


 特になんの含みも持たせたつもりはないのに、気づけばみんな口を閉ざし、どこかもの悲しげな眼でおれのほうを見ていた。なんかどうも、さっきからチョクチョク空気が悪くなる。なんでだ? 

 そんな空気に影響されたのかわからないが、日和沢でさえどこか神妙な面持ちと声色を作って気遣うように訊ねてきた。


「そういえば体育の時、けっこう息上がってたみたいだけど大丈夫だったの?」

「なんでおまえが知ってんだよ。女子はグラウンドにいなかっただろ」

「耀くんから『たった三球でバテてた』って聞いてさ」


 それこそ何らかの他意を感じる言葉だった。

 それを発した当人のほうを見ると、篠崎は悪びれる様子もなく超然と視線を明後日の方向へと逸らす。口笛でも吹き出しそうな横顔をしばらくめつけて、おれは視線を日和沢に戻した。


「まぁ、あれくらいならな。手遅れになる前にまず身体が動かなくなるから、まだ大丈夫だ」

「手遅れって……」


 日和沢はそんなふうにおれの発した台詞の一部を抜き出して反芻はんすうした。

 それではたと気づく。確かに少し不穏当な言葉選びだったかもしれないと。

 ナギはおれの身体の弱さの原因や詳細を伏せているし、病院じゃこのテの言葉が普通に飛び交っているせいで(自分のことに限らず)、すっかり感覚がボケていた。

 いや、中学も一応は登校した日数のほうが多くそれなりに学校生活も送ってはいたので、長い春休みが明けて間もないことも原因にありそうだった。


 とにもかくにも、ここは日常生活を送る人間が集まる場所。

 おれの不穏当な言葉選びのせいで神妙な空気が漂い始めたのだから、フォローは必要か。


「実際、そんな危ない事態に陥ったことはねーよ」


 陥ったことがないというだけで、その可能性は少なからずある、というのが担当医の見解ではあるが。

 しかし、そんなフォローもあまり効果はないようだった。

 声のトーンを落とした日和沢が気遣わしげに言う。


「普通の人とは違うんだから、あまり無理しないようにね。あたしたちも出来るだけサポートするから、何か困ったことがあったらいつでも頼ってね!」


 ……よく知りもしないくせに、日和沢は意気揚々と拳さえ握りしめてサイドテールを揺らす。篠崎たちも暖かい笑みをおれに向けている。

 そんなクラスメイトを前に、おれは全身に嫌な緊張が張り詰めていくのを感じた。

 サポート。

 それはつまり、普通の人間にはない、おれが抱えている欠陥を一つ一つ明るみにさらしていくということに他ならない。


「おまえが気にすることじゃねーよ。ナギは色々言ったけど、自分のことは自分で何とかする」

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