第八話 異物(1)

 それからおれたちは何となく雑談をしながら二人で文化部棟を巡り、どんな部活がどんな活動をしているのか、ざっくりと見て回った。全部の文化部を見学できたわけではないけれど、まぁ活動していた部の雰囲気は概ね把握できた。

 途中でおれたちと同じような同学年の見学組と何度かすれ違った。その度に年齢を疑うような視線を向けられ「なに見てんだ」と問いたかったが、努めてスルーした。


 文化部棟から本校舎に戻る際、二つの棟を結ぶ渡り廊下で、見覚えはありつつもまったく親しくないクラスメイト数名と遭遇した。


「おー、那由なゆ……と、ミコトくん」


 渡り廊下には雨をしのぐ屋根はあるものの、横には壁というより柵というような、腰ほどまでの高さの敷居があるだけで完璧に屋外と隔絶されているわけではない。その外側にいた彼らの内の一人、際立って垢抜けた印象の男子が親しげに話しかけてきた。


 目鼻立ちの整った相貌そうぼうに、アッシュブラウンに染められた髪が爽やかにセットされている。背はおれを大胆に見下ろすほど高く(大抵の男子がそうだが)、どこかの男性アイドルにでもいそうなルックスのクラスメイト。

 篠崎耀しのさきよう。こんな陽キャと少なくとも一年は同じクラスだと思うと、コンプレックスを刺激されてしょうがない。

 そんな篠崎とは既に打ち解けているのか、その声に人当たりよく朗らかに答えたのは日和沢だった。


「あ、耀くん、何やってるのこんなところでー?」

「運動部の見学。って言ってもバスケ部に決めてるから、ほとんど冷やかしだけど」


 篠崎は見学した部に対してか、心なしか申し訳なさそうに苦笑を交えてそう言った。


「那由とミコトくんは?」

「文化部の見学だよ。たまたま中で一緒になって」


 つい今しがたおれたちが出てきた文化部棟を指して答える日和沢。

 それに疑問を向けてきたのは篠崎の隣にいた別の男子だった。


「あれ? 那由、バスケ部じゃねぇの? 中学んときはそうだったじゃん」

「えと、高校ではちょっと別のことやりたくて」


 そう返した日和沢の顔には、なぜかどこかぎこちない愛想笑いのようなものが張り付いていた。どことなく作り物めいているように見えるっていうか、そんな笑み。……つーか、こいつ中学ではバスケ部だったんだな。


「えー、那由、運動神経いいのにもったいない。せめて運動部にすればいいのに」

「う~ん、まだわかんないけど」


 入りたかった軽音部は存在しないしな。設立できるかどうかも未知数だ。


「ミコトくんは?」


 察するに、こいつらは中学時代からの旧知の仲なんだろう。気心の知れた仲間内で話が進んでいたのでおれに話が振られることはないだろうとこのままフェードアウトを目論んでいたら、思いがけず篠崎に水を向けられた。場違い感が半端ないけれど、努めて平静に返す。


「おれも決めてないな」


 そんな、日和沢と違って愛想の欠片もないおれに篠崎は鼻白んだようで、そのリア充特有の華のある笑みをわずかながらに硬化させた。

 一瞬の間を引き継いだのは日和沢。薄々感づいてはいたが、こいつはおれとの温度差なんかはあまり気にしないらしい。


「そういえば中学のときは何部だったの?」

「……文芸部」

 

 こんな陽キャの前でこんな陰気な部活の名前を出すと、大抵は少なからず白ける。篠崎たちも同様で、鼻で笑うような息遣いも聞こえてきたが、日和沢は違うようだった。


「へー、そういえばあたし、文芸部のことって何も知らないや。文芸部って何するの?」


 他意なんて欠片もなさそうな無垢な顔でそう訊いてきた。


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