第一話 自己紹介(2)
ふと気がつけば、イチ生徒とイチ教師の領分を越えた掛け合いに唖然としていたクラスメイトの視線が、再びおれへと集まっていた。まだ唖然とおれを見ているヤツもいれば、何か微笑ましいものでも見るかのような、穏やかな笑みを向けてくるヤツもいる。
おれはそんな視線の群れを振り払うかのように溜め息をついて、再び席に腰を下ろした。そうすると前の席に座る野郎の体躯が邪魔で、教室の前のほうはほとんど見えなくなってしまう。断っておくと、そいつはそれほど体格にも身長にも恵まれているわけじゃあない。この年頃の男子としては平均的か、少し高いくらいか。つまりはそれほどのおれの身長が小振りなわけだ。
おれの身体が弱いこととか、正直どーでもいい。
高校なんかの集団生活に放り込まれれば、こんなことにはなるだろうと思ってはいた。
中学に入ったばかりの頃はまだ良かった。周囲のヤツらも続々と成長期に入り始めたばかりで、おれとの身長差はまだ決定的ではなかった。
違和感を覚えたのは中二の身体測定のとき、前年から身長が五ミリしか伸びていない事実を目の当たりにしたときだ。第二次成長期でこれはおかしい。
当時、既にクラスメイトたちとの差は歴然としていて、二番目に低いヤツとでも十センチの開きがあった。このときは
それからさらに一年後、つまりは去年、中学三年の身体測定時、前年から増加したおれの身長は四ミリだった。さすがに異常事態だと判断したおれは、昔から検診で世話になっている自分の担当医にこんな質問をぶつけてみた。
「なぁ、おれの発育不足ってこのバグった身体と関係あんの?」
返ってきたのはこんな答えだった。
「断定はできないけれど、あり得るね。その口の悪さを直せば身体も治るかもしれないよ」
「そんな道理があるか」
そして今年。入学前に保健室でこっそり身長を測ったときに測定器の数字が示したのは、前年からの三ミリ増。一昨年が五ミリ、去年が四ミリ、今年が三ミリ増……何のカウントダウンだ、おれの成長停止か。
そんなコンパクトな身体に合う制服もそうそうない。ブレザーとシャツの袖は余りに余って指先しか出ていない状態だし、行儀悪く片方だけ持ち上げて椅子の上に畳んだ足を見てみると、スラックスの裾も踵に引っ掛かってしまっている。
学校側で用意できる最小のサイズでこれだったのだ。
これよりも小さいサイズとなると特注ということになってしまい、金額が上がるらしく、両親への金銭的負担を
「だいじょうぶ、ミコトはそれでいい。大きい服に包まれてるミコトはかわいい」
今朝、一緒に家を出た美夜は感慨深そうにそうのたまった。(結局、初日は一緒に登校するハメになった)
極小サイズの制服すら持て余してしまうおれの身体は、同じ年頃の男子と比べても間違いなく
最小の部類に入るだろうけど、問題は身体のサイズだけではない。
「かわいー♪ 小動物みた~い♪」
「ホントに同い年なのかなぁ。先生の子どもとかじゃなくて?」
入学早々もう仲良くなったのか、はたまた中学が同じだったのか、ひそひそと内緒話をするように言葉を交わす女子が二人、チラチラとおれのほうに視線をくれている。全部聞こえてるぞ。子どもなわけねーだろ。
つまりはそう、身長だけではなく、顔立ちも同年代のヤツらに比べれば
一応、声変わりは終えているものの、多少低くなったという程度。ナギに言わせればまだまだ幼さの残る中性的な声色で男らしさには程遠く、ややハスキーな女の声といった感じらしい。
はぁ、という大きな溜め息がおれの口から漏れ出る。
星名ミコト。高校一年生。現在、身長一四三.五センチ。せめて大台は突破したいところだけど、この調子じゃ難しーんだろーな。何せカウントダウンが始まっている。つーか、もう終わりかけている。
この貧弱な身体と高校生らしからぬ発育不足のルックス。
非常に世知辛いことに、身体は成長しなくても時は流れる。
向こう三年間、これらが一体どんな扱い方をされれるのか、あるいはどんな弊害を生むのか。
それを想像すると、全身から力が抜けていくのがわかった。
その一端は高校生活初日から姿を現し始める。
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