一章

第一話 自己紹介(1)

 教室でただ一人立たされたおれに、教室中の視線が集まっていた。

 まるで校庭に迷い込んだ野良犬を見るような視線の集中砲火、テロリストに整列させられ、避けることのできない処刑の順番が回ってきたような気分だった。

 つい数秒前まで立たされていたのは別の生徒。

 それが今はおれの番。

 おれは辟易しながらもかろうじて溜め息は堪え、代わりに指定されていた文言を至極つまらなさそうに吐き出す。


「星名ミコト。よろしく」


 何のことはない、入学初日には鉄板と言っていいほど恒例の、自己紹介イベントだった。

 担任になったという若い男性教師は名前以外にも何か自己紹介するようにとほざいていたが、おれは無視して腰を下ろした。それでも尚、教室中から向けられる奇異の視線がおれから外されることはなく、何とも言えない居心地の悪さに苛まれる。


 だから嫌なんだよな……。

  他のクラスメイトの自己紹介時にはそこまでジロジロ眺め回すようなことはなかったのに、おれのときにだけ、その場にはそぐわない不可思議な不審物を見るような視線が向けられる。いや、もっと言えばそれは、おれがこの学校の校門をくぐった段階から感じていた。


 え? こいつ高校生? とでも言うような。

 確実に高校デビューを棒に振るような自己紹介と視線の原因であるおれの貧相なナリをフォローするためか、担任である男性教師はすぐに次の生徒に順番を回すようなことはせず、微苦笑しつつ口を挟んだ。


「星名は俺の従弟なんだが、生まれつき身体に難があってな。生活に色々と制限はつくし、激しい運動も出来ないから、もしかしたら他のみんなと違って苦労する部分があるかもしれない。そのときは助けてやってくれ。よろしくな」


 そう勝手に洗いざらいカミングアウトしてくれやがった担任教師は、八歳ほど年上になるおれの従兄で、教師歴二年目の沢木夜凪さわきやなぎという顔馴染みだった。昔から一緒に遊ぶことの多かったおれはナギと呼んでいる。

 ナギは思い出したように付け加えた。


「ちなみにちゃんと中学を卒業してこの高校の受験に合格した、れっきとした高校生だ」

「その補足いらねーよな!」


 おれは椅子を鳴らして立ち上がり、抗議の声と共に愛用のピコハンを投げた。

 宙を回転して翔んでいったそれは見事にヤツの頭を捉える……ことはなく、


「うぉっ! 危ねぇっ! 何でお前はそんなもん持ってきてんだ! 没収だ!」


 ナギは体育教師ならではの反射神経を見せてかわしやがった。


「んなことはどーだっていーんだよ! そんなことよりも今ここにいるんだからちゃんとした高校生に決まってんだろ! 日本に飛び級制度はねーんだよ!」

「いや、でも最初にみんなの疑問をはっきりさせといたほうがいいかと思ってだな」


 そりゃみんな疑問に思ってただろーけどな!


有耶無耶うやむやにしとけばいーんだよそんなもんは!」


 黙っておけばその内みんな、おれみたいたヤツがいる空間にも慣れただろーに。

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