想いが通じる二分前――ヒューストン、アメリカ。九月三日 午前一時四十八分。

 どんどん、とドアを叩く音に、彼女は居間のソファから立ち上がると、小さなキッチンを横切り、ドアマットの上に立った。

「ごめん、俺」

 相手の声を確認してから、彼女はドアを開けた。

「今、何時だと思ってるの」

「ほんと、ごめん。一応、メッセージ入れただろ」

「そうだけど。隣の子が起きちゃうじゃない」彼女は体を引いた。「入って」

 彼が上着を脱いでキッチンの椅子の背にかけて座るあいだ、彼女はサーバーからコーヒーをマグカップに注いだ。

「ここ、一応男子立ち入り禁止なんだからね」彼女はマグカップを彼に差し出した。

「わかってる。ありがと」彼はマグカップを受け取りながら言った。「どうしても君と会って話さなきゃって思ったんだ」

 彼女は向かいの席に座り、ちらっとテーブルのスマートフォンを見た。

「たぶん、君は誤解してる。あれはデートなんかじゃない」

「でも、あの子と出かけたんでしょ」

「出かけた。でも、二人だけじゃなかったんだ。最初はクラスメイトと四人だった。それが途中で、はぐれた。それをたまたま君の友人が見かけた。あれからすぐに帰ったし、それはあいつらに聞いてもらえばわかるよ」

「そんなことまでするつもりはない」彼女は首を振った。「私たちはまだ特別な関係じゃないから、別にあなたが誰かとデートしたってかまわない。でも、もしもそうするのなら、最初に言ってほしいって、そう言ったはずよね」

 彼はそれには答えずに、マグカップに手のひらでふたをした。そして、その手の人差し指で自分と彼女とを交互に指さした。

「俺たち、知り合ってから三か月たったけど、結構――いや、かなりいい感じだと思う。だから、俺は君以外の誰かとデートしたいとか、そんなことは思ってない。それって、俺だけなのか」

「うん」彼女はため息をついた。「そうね。それは私もそう。そう思ってる」

 彼は少しほっとした表情で、コーヒーを一口飲んだ。

「ねえ、知ってる?」彼女は言った。「日本には、KOKUHAKUっていう習慣があるの」

「KOKUHAKU? いや、知らない」

「好きな人ができたら、まず最初に、自分とステディな関係になってほしいって、相手に伝えるの。もしも相手が同意してくれたら、もちろんそういう関係になるし、ダメならそこでおしまい」

「え? いきなり?」彼は戸惑った。「そんなの、お互いのことを良く知らなきゃ判断できないだろ」

「それはそうね」彼女はうなずいた。「私もそう思ってた。でも最近、そういうのもいいかもって思い始めてきたの。そういうのから始まる関係も素敵なんじゃないかなって」

「ふうん」

「ところで」彼女は言った。「もうそろそろ、私はあなたと、お互いの両親や親友にちゃんと紹介できる関係になりたいなって思ってる。あなたは?」

「俺も、そう思ってるよ」

「ほんとに?」

「ああ」

「じゃあね、やってみて」

「やるって、なにを」

「KOKUHAKU。私に、あなたの気持ちを伝えてみて。あなたがどのくらい真剣に私のことを好きなのか、知りたいの」

 彼はちらっとキッチンに置かれたデジタル時計に目をやった。

「わかった。俺がどれくらい君のことを特別だと思ってるか、教えてあげるよ」彼は言った。「二分くれ」

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