第7話

俺は彼女の話した概要に言葉を失った。


「まず、向こうの世界は君が経験した過去になる。厳密に言えば今この話を聞いている“君”ではないけれど。」

「…どういうことだ?」

「並行世界、パラレルワールドって言えば伝わるかな?」

「この世界と似ているが異なる世界ってやつか。でもそんなの信じられると思うか?」

「じゃあ、君は“あの世界”が自分の経験している記憶と全く同じだったと感じてる?」

「そもそもあんな頃の記憶なんて…。

いや、幼少期なら納得がいくが、なんで小学生や中学生時の記憶までないんだ?

流石に物心ついてからの記憶を思い出せないのは気味が悪い。」

「そこだよ。この世界の君はある出来事をキッカケとしてある時期までの記憶を失っている。それは私に聞くんじゃなくて、自分で取り戻してほしい記憶なんだ。」

「…そうか。」

「話を続けるね。そんな並行世界での出来事に、なぜ君が干渉出来ているのか。出来てしまっているのかということだけど、簡単に言うと“あの世界”で起こる悲劇を君がなかった事にするんだ。」

「そんなこと…良いのか?」

「良くない。でも別世界への干渉なんてやりたくて出来るわけでもないんだ。君の強過ぎる気持ちが、潜在的に叶えたい願いがそれを可能にしたんだ。」

「気持ち?願い?そんなもの俺には無い。戯言も程々にしろ。」

「戯言じゃないよ。じゃあなんで私のことを知らないはずなのに私が君の夢の中に出てきているの?

君の別世界干渉は何故起こっているの?

何故ドアの数字が上がる度に“あの世界”のジンは成長しているの?」

「そんなのわかるわけないだろ!」

「思考を止めないでよ!私だって辛いんだよ…。

ジン、君が記憶を失った出来事はあの世界でも起こるんだよ。

あの出来事だけはどの世界の私にも必ず起こるんだよ。

私は“あの世界”じゃない世界に君を連れて行くこともできた。

こだわった理由があるんだ。たぶん、“君”にとって最も辛い世界があそこなんだ。

私の死が最も起こり得る世界だから。」

「なんでそんなことするんだよ…。俺を苦しめて楽しいのか?」

「そんなはずないでしょ!

あの世界が最も私が死ぬ世界なのは間違いない。

それと同時に、私の“本当の最期”を無かった事にできる可能性が高いんだ。」

「お前が助かりたいだけなのかよ。」

「もう、君も気付き始めてるんでしょ?」

「何にだよ。」

「君自身が気付くんだ。目を背けちゃダメだよ。君が望んだんだ。しっかり“現実”を受け止めて。」

「…んだよそれ。」

「君に良いことを教えてあげるよ。

また14のドアを開ける事になる。そしてまた君は同じ会話を繰り返し、同じ光景に直面する事になる。“何も変えなければ”ね。

あの世界は繰り返す。後悔を無くすんだ。この言葉の意味が今の君ならわかるはずだよ。」

「……」

「今日は疲れたでしょう?早くおやすみ。」

「…」

俺は無言で眠りについた。


またシオンが死ぬところを目の当たりにする?

何も変えなければ?後悔を無くせ?今の俺ならわかる?目を背けるな?

あいつの言っていた言葉の一つ一つを思い返す。

言っている意味がわからない。本当に心当たりがない。

俺の記憶が無い、それはこの違和感が確証なく証明している。

その失くしている記憶にこの謎を解くヒントがあるというのもなんとなく察している。

仮説を立てるのであれば

俺の記憶にこの世界のシオンの記憶があった。

あいつの言うことを鵜呑みにするのであれば、この世界のシオンはおそらく死んでいる。

ただ干渉している別世界の出来事でさえこれほどまでに辛く苦しい思いをしている。それを考えると、シオンの死が原因で記憶を失っている可能性が高い。

だが、そんなことを覚えていないはずがないという気持ちある。


「あぁ、母さん。俺だよ。」

「ジン?」

「その確認の仕方やめなよ。詐欺に引っかかるよ。」

「急にどうしたの?久しぶりじゃない。」

「なぁ、俺にシオンって女の子の知り合いは居た?」

「えっ…なんでそんなことを?」

「いや、ちょっと気になって。居たの?」

「居ないよ。そんなのジンが一番知ってるでしょ。少なくともジンの口からシオンなんて名前を聞いたことはないよ。」

「そうか。俺、記憶失ったりしてない?」

「なによ、急に。変なこと聞くんじゃないよ。もう切るよ?」

「ちょ、母さん?母さん!」

切りやがった。

あの反応どっちだ?

少なくともどちらもあり得るということだけはわかるな。

なんの判断材料にもならなかった。

現状、なんの手がかりも掴めない。そんな手段はない。

記憶を取り戻す以外の選択肢が俺には残されていない。

今日は何も食わずに寝る事にした。


「ちゃんときたんだ。おはよう。」

「…行ってくる。」

「行ってらっしゃい。」

「…」

「ちょっと、聞いてる?」

「あ、あぁ。」

気が付かなかった。もう来ていた。

「君、誰?」

「?ジンだけど。何言ってんの?」

「違うでしょ。あの時と同じ感じ。」

マズい。この流れで告白して失敗した。

その流れになるとまた死なせてしまう事になる。

「バカな事言うなよ。俺は俺だろ。ちょっとボーッとしたからって変なイジりやめろよ。」

「う、うん。ごめん。どうしちゃったんだろ。」

「悪い、俺も強く言いすぎたよ。」

「ううん。大丈夫、ごめんね。」

「あぁ。シオン、少し本屋に寄りたいんだけどいいか?」

「うん!行こう。」

ここで時間をズラせばあの時の死因は回避出来るはずだ。

安直な考えかもしれない。だがあと2時間もすれば結果はわかる。

抗うことしか出来ないなら、そうするしかない。


“現実”はいつも非情だ。

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