第6話
「久しぶりだね。」
しばらく歩いている間にしていた会話の流れを唐突に断ち切るように彼女が言う。
俺と彼女以外の人間が周囲にいるわけでもない。何に向けて言った言葉なのか問う。
「君に言ってるんだよ?ジンじゃないでしょ。」
「急に何を言い出すんだよ。俺だよ。」
「外見はそう、でも話し方も振る舞いも微妙に違う。私は別の人格なんだと勝手に思っているけど、違うの?」
「すごいな、いつもそうやってカマかけたりしているのか?」
「するわけないよ。流石にこうも長く幼馴染やってるとね、些細な変化にも敏感になるのよ。
あなたは?誰なの?」
「信じてもらえないと思うが、俺は別の世界のジンだ。もう社会人になっている。
どういうわけか、ある時から眠るとこの世界のジンの中に意識が飛ばされるんだ。
何かが目的で、望んできている訳ではないんだ。」
「なるほどね。ねぇ、一つ確認なんだけど。」
「なんでも聞いてくれ。俺もわからないことが多すぎる。情報共有しよう。」
「ありがと。単刀直入に聞くけど、君…いや歳上だしあなたか。あなたは私とヒマワリ畑に行った記憶はある?」
「あぁ、あの時は俺だったよ。なんでそんなことを?」
「そんなこと、か。あの時の話をしてもジンはボンヤリとしか覚えてないみたいなの。
その点ではちょっと寂しいけど、嬉しいこともあったんだ。」
「それはなんだ?」
「ヒマワリの花言葉の話になってね。なんであの時あの場所で私にそれを伝えたの?って改めて問い詰めてみたの。
そしたら“なんでそれをシオンが知ってるんだ?花なんて興味あった?”って言われてさ。」
「なんか少し失礼なやつだな。」
「でしょ?それが今あなたになっていて記憶にないからこその反応だったってわかったんだけど。
あの時あなたから花言葉について聞いてなかったら…
私たち今付き合っていないよ。」
「…へ?」
「だから、今私たち付き合ってるの。それは感謝してる。ありがとうね。」
「そ、そうか。それは良かった。」
「でも、なんであなたが私にあんなことを伝えたの?女子なら誰でもいいの?…大人だよね?」
「急に冷めた目で俺を見るな。
この世界の案内人というか、中継人というか。なんて表現したらいいかわからない女の子が俺の住んでいる世界とこの世界の狭間にいてね。その子に、後悔を無くせって言われてるんだ。意味がわからないが、この世界での行動にジンが後悔を残すようなことがあれば悲惨なっ出来事に直面するようにできているらしい。」
「へぇ。ずっと照れ隠しで作り話してるんだと思ってたけど。嘘じゃないみたいだね。」
「別に信じてもらえなくてもいい。ただ、君は俺のことを見抜いた。なら本当のジンの時もわかるはずだ。
俺じゃない普通の状態の時は仲良くしてやってくれ。
こいつもこいつなりに色々悩んでるみたいだから。」
「そうなんだ、わかったよ。君に免じて、私たちの恋のキューピッドに免じて、ジンのことはイジメないであげる。」
「ありがとう。」
「ところで、私が認識してるのはあの時と今日の二回だけなんだけど。私が気がつけていないだけで、他にもあなたになってる時はあるの?」
「いや、俺の記憶にあるのもあの時と今日だ。
あっ、小学生の時。確か2年の時だ、教室でイジメられていたのを助けたのも俺だ。」
「えっ!アレもなの?!」
「なんだ?なにか悪いか?」
「いや、私、あの時からジンのこと男の子として意識し始めたから…
なんかちょっと複雑だよ。」
「安心していいぞ。行動を起こしたのは俺だが、助けたい気持ちはジンのものだ。
かっこいいやつだよ、本当に。」
「そう、なんだ。でもありがとう。あの時本当に怖くて、どうしたらいいかわからなかった。
誰に助けを求めたらいいか、必死に教室内を見渡すけど誰も目を合わせてはくれない。絶望してたんだよ。
そんな時にジンが、今までずっと一緒にいた、ケンカもしたことないような幼馴染が。自分が標的になるかもしれないその可能性もあるのに身体を張って助けてくれた。そんなの好きになっちゃうじゃん。」
「お、おう。」
「それが別世界の人がやったことで、でも人の気持ちは本物だって。
私の恋心は一体なんだったの?感謝はしてるけど、知らないまま好きでいたなんて…」
「本当なんだ、君を思うジンの気持ちはすごく強い。安心して好きでいていいんだ。」
マズい、確実に何かのトリガーを引いてしまっている。
確実に“良くないこと”が起こる。
「ちょっと落ち着きたいかも。ごめん、私から一緒に帰ろうって誘ったのに。感謝はしてるんだよ。でも、ごめん。一人にして。」
「ちょっ!おい!!!」
走って行ってしまう。マズいマズいマズい。
この通りは昨日歩いて知っている。時間帯からかトラックが多い。
やめろ、頼む、止まってくれ。
「おい!!!いいから止まれ!!この通りは車通りが」
言いかけた時だった。クラクションが鳴り響く。
終わった。ドンという鈍い音がする。
終わった、また救えなかった。痛かったろうに。
悔しさと気持ち悪さで頭が働かなくなっていく。
いや待て、救急車だ。まだ助かるのかもしれない。まだ生きているかもしれない。前回は死そのものに抗おうとはしなかった。
もしもこれが必ず収束する事象なら、今ここで救おうとしなくてどうするんだ。
「すみません!!!!どなたか救急車を!!!!早く!!!!!お願いします!!!彼女が…彼女がトラックに轢かれました!!!!!」
声の続く限り、叫び続けた。
誰かが通報してくれたのだろう。
気が付いたら俺は救急隊員に保護されていた。
もう声も出ていなかったようだ。
同じ病院に搬送された。
たぶん日付は変わっている。
俺の両親もいる、父親を見るのは初めてかもしれない。
なんで父親とわかるかだが、合流するなり殴られたからだ。
自分の女も守れないで何をやっていたんだと。頬も喉も痛みしか感じられない。
集中治療室の方から彼女の母親がこちらに歩いてくる。
なんとか一命は取り留められたそうだ。
「ジンくんのせいではないと思うわ。あなたはいつもあの子に寄り添ってくれていた。そんな子が原因だとは私は思わない。
いつか話せるようになったら、話してちょうだい。たぶんあの子がドジ踏んじゃったんでしょうけど。」
優しく語りかけてくる。答えたくても俺は喉が潰れていて声をあげることができない。
彼女の母の優しさに触れ、涙してしまう。
えずく度に喉も頬も激痛が走る。
それでも、こんな状況なのに一言も責められなかった。優しさなんだろうが、責められたかった。
責められることで楽になりたかった。今はその優しさがどんな罵詈雑言を浴びせられるより、どんな暴力よりも辛い。
痛みと血の味とで嘔吐感が込み上げてくる。
嘔吐感のせいで冷静さを取り戻してしまう。
彼女に後遺症なんかは残らないのだろうか。
吐くためにトイレに向かう。
吐瀉物に血が混じっている。喉にも頬にも滲みる。最悪の感覚だ。
自販機で水を買い両親と合流する。
帰りの車まで歩き、乗車する。
終始無言だったが、父が沈黙を破る。
「家に着いたら起こす。寝てていいぞ。」
返事をしたくても出来ない。
お言葉に甘えさせてもらう事にし、目を瞑る。
「…よう、…い、おーい。あ、おはよう。戻ってきても眠っているからちょっとびっくりしたよ。随分と疲れている様子だけど、大丈夫?」
「あああ、話せるのか。」
「ん?どうしたの。話せなくなったの?」
「いや、なんでもない。お前がここにいるってことは、あの世界のシオンは生きているってことで間違い無いんだよな?」
「うん、そのはずだよ。そろそろ教えてもいい頃だと思うんだけど、心の準備はいい?」
「何を話すつもりなのか知らないが、俺は今聞きたくない。」
「聞きたくないは聞き入れるわけにはいかないな。このドアの向こうの世界について。」
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