第5話
あの世界は後悔をしないように行動すればいいというのが前回のドアでの教訓だ。
ただ一つ注意しなければならないのが、俺の後悔ではなく、向こうのジンの後悔であること。
主観こそ俺になってはいるが、あの世界のジンの感情まで俺が理解できるわけではない。
そこがあの世界で唯一注意しなければならないことであると同時に、一番難しいことである。
何故こんな役回りを俺がしなければならないのか。
そもそも、眠ると必ずあの世界に意識が飛ばされてしまうのか?
ここ最近の出来事だが、毎日眠ると飛ばされてしまう。
眠らずに過ごすことはできない以上、眠ってもあの世界に行かない方法を探すのが手っ取り早いか。
また、あいつに確認するしかないのか。
自分のことをシオンだと名乗っていたが、あれは本当なのか?
少し似ているような気もしなくはないが、態度や振る舞いが少し違うような気がする。
段々と”向こう“に行くのも“こっち”に戻るのも、その行き来が面倒になってくる。
あぁ、眠りたくないな。
寝ても疲れが抜けない。
24時間起きているように感じる。
実際は身体は眠っているんだろうが、脳への疲労が蓄積されている。
起きてからずっとそんなことを考えて、気が付けば22時を回っている。
また眠ってしまう。
心を落ち着けてあの世界に臨む為、風呂に入り気持ちを整える。
「また来てしまった。今日は部屋の色は汚くないのか。」
「来て早々独り言?まずは挨拶でしょ。おはよう。」
「独り言じゃない、お前に話しかけてる。」
「急過ぎてわからないし、私の方を見て話してよ。」
「それはすまない。一つ聞きたいんだ。
俺が眠るとこの世界に来てしまうのは回避することは出来ないのか?」
「出来ないね。どうして?」
「人が死ぬところを見たんだぞ。もう二度と来たくないと考えるのが普通の神経だと思うが。」
「違うよ。死んでしまうところを君は無かったことにした。命を救っている。
君が行動しなければ、変わらなかった未来がある。ただ、君にとっては関係のないこと。というのも事実かもしれない。」
「そうか、少し考え方は変わった。俺がいなければシオンちゃんは死ぬ運命だったのか?」
「そうだね、少なくともあの世界のあの時間軸では私は死ぬ。」
「そうか。助けられたのは良かった。これからもお前や他の誰かが死んでしまうような事はあるのか?」
「あるかもしれないし、無いかもしれない。
あくまでも君の行動に左右される事象だから。
一つって言ってたのに何個も聞いてるよ。
さぁ、今日も張り切って位ってらっしゃい。」
「…あぁ。」
俺はドアの方に目を向ける。
数字が変わっている。今日は14。
アレから2しか増えていない。
2年で何があるというんだ開ける前から、なにがおこるのかわからない不安に押しつぶされそうになる。
楽観的に考えるのであれば、また死ぬような事はなくイジメの時のようになんとかできるかもしれない。
開けたくない。が開けなければ戻ることもできない。
意を決しドアを開ける。
もうあまり眩しいとも感じなくなっていた。
あんなになれないと思っていたのに、気持ち一つでこうも違うものなのか。
今回はどんな場所なのか。辺りを見回してみる。
教室の風景だが、夕焼け空が窓を通して視界に入る。
俺は学ランを着ている。時期としては秋から冬にかけて、というところか。
教室内の空気が冷たく感じる。
俺しかいない。好都合だ。教室内を物色する。
黒板には日付と日直が書いてある。日直の名前は知らない子だ。一度もこの世界で関わっていないと思う。
11月20日か。このくらいの時期だとだいたい文化祭だなんだという時期だろうか。
誰にも遭遇しないように帰宅を試みる。
2年2組という教室の札が目に入る。今は中学2年か。
欲しい情報はだいたい手に入った。
この世界の俺の記憶によると、この学校は家まで少し離れているようだ。歩いて40分弱という感覚がある。
少し、ではない。元気だな、この世界の俺は。
ひとまず下足ロッカーへ向かう。
途中部活中と思われる生徒数名と、教師らしき人物とすれ違いかけたが、何か声をかけられでもしたら面倒だと思い、避けながら歩く。
なんとか校門を抜け下校ルートに入る。
学校の周りは家の辺りよりも栄えていた。
畑なんて目に入らない。民家が沢山ある。
人の姿も断然こちらの方が多い。
ここから歩いて40分であんな人里離れたような場所になってしまうのか。
記憶を呼び出す事はできるが、実際に見て覚えた方が思い出すまでの時間がかからない事はわかっていた。
入念に下校ルートに何があるのかをチェックする。
民家の位置、店の位置、信号の位置、薄暗いところ。
何かあった時に使えそうな情報をインプットしていく。
何が起きるのかまだわからない以上、必要不必要の取捨選択ができない。
その膨大な情報量、予測しなくてはいけない事象の数。それだけでも頭がパンクしそうになる。
にも関わらず、どういう人間とどういう関わり方をするのか。
挙げ句の果てには、この世界のジンの後悔の無いように行動をする必要がある。
圧倒的にキャパを超えている、俺には荷が重すぎる。
なんで俺ばかりこんな目にと思いながら歩いていて気が付く。
俺は“見る”ことを疎かにしていた。
気がついたら段々と民家が減ってきている。
緑が増え、やがて山道にさしかかろうとしている。
あの時の山を越えた先が町なのか?
いや、地理的には少し道は異なるのか。
あの道を通るには勇気が必要な気がした。
だからこそ道が外れていることに安心する。
この道には、危なそうなところはない。しっかりと舗装されている。
良かった。なんとなくだが、この場所では何も起きない気がする。
そうこうしているうちに見知った場所になってくる。
もう家に着くのか。
だいたい帰路は把握できた。
だが、今日は何も起きないのか?
最後まで気を抜く事はできないが’、何か起きる可能性の方が低そうだ。
また二日構成なのだろうか。
しっかり準備できただけまだマシか。
前回は唐突だったし、対策らしい対策をして臨んだわけではない。
それに比べ今回は情報量も豊富だ。
ただ一つの懸念点としてはこの世界のジンが考えていることがなんなのか、それを知る必要がある。
これが一番難しいかもしれない。
前回はたまたま当たっていたが、今回もというわけにはいかないだろう。
もう家に着く。思っていたよりも早かった。
「ただいま。」
「おかえり。」
ただそれだけ言葉を交わし、部屋に戻る。
こんなに険悪な感じだっただろうか。
もう少し会話があったような気がするが、中学2年ということもあり思春期真っ只中なのだろうか。
明らかに気を遣われていた。
空腹でもない。着替えて横になる。
今日は本当に何も起きない1日だった。
もう寝てしまおう。
おそらく明日を迎えるだろう。
見慣れた、と言っていいほどこの部屋の景色に違和感がない。
「お疲れ様、どうだった?」
「何も起きなかった。」
「そう、じゃあ明日を迎えることになりそうだね。」
「多分そうだろうな。何が起きるのか不安で仕方ない。」
「大丈夫だよ、君は人一人の命を救っている。それにこれは夢だよ。思い通りには出来なくても、どうにかしようと争う事は何度でもできるはずだよ。
君が私の死に直面して、時間がその日の朝に戻ったことがそれを裏付けている。」
「俺もう誰かが死ぬところなんて見たくないよ…。助けられるとしても一度死ぬ事に変わりはない。みんな“起きていない出来事”になってしまうから知らないだけで、俺は全部知っているっし覚えている。世界を跨いでも。こんなことに耐え続けるなんて俺にはできない…
。」
「私から君にしてあげられるのは一緒に考えてあげる事と、励ましてあげることぐらい。
ごめんね、あんまり力になれなくて。」
「謝らないでくれ。ただ言葉にしたかった、誰かに聞いてほしかっただけなんだ。俺の方こそ、ごめん。」
「大丈夫だよ。」
「今日は疲れたでしょ。もう休んだら?」
「あぁ、そうするよ。おやすみ。」
「うん、おやすみ。」
眼が覚めると座っていた。
授業中に眠っているのか。
また俺は現実を経由しなかったのか。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
授業担当の教員が出ていく。教室が騒がしくなる。
もう今日はこれが最後の授業のようだ。
あとは帰るだけとなる。
ホームルームが終わり、荷物を持ったところで声をかけられる。
「ジン、一緒に帰ろう。」
声のした方に目をやるまでもなく声の主がわかる。
あぁ、また彼女に何か起こるのか。
「一緒に帰るか。」
俺が一緒に帰ることで何かが起こるのか、何かが起きるのは必然で、俺だけがその事象を回避できるのかわからなかった。
だが後者であれば知らないところで死んで、何もわからないまま回避の策を探すことになる。
それは無謀すぎる。だから一緒に帰るという選択肢を取った。
そのつもりだった。
この選択を悔いることはないだろう。だが、心は保ってくれるだろうか。
不安に感情を支配されきったところで俺たちは、共に校門を抜けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます