第4話
俺は今夢の世界にいるはずだ。
そうして何とか冷静さを取り戻そうとする。
本当はまだ生きていたのかもしれない。
もしそうだったら、俺は夢の中とはいえ見殺しにしたことになる。
前回救えた人を、俺が殺してしまったことになる。
なんだよこれ。
なぜあいつは居なくなっているんだ?
という疑問に対して、目を背けていた最悪の可能性。
もしそうなんだとしたら、明日以降は来られなくなるのか?
どうしたって今すぐに答えを得ることはできない。
かと言って眠れる精神状態ではない。
もう一度、ドアノブに手をかける。
開かない。開かなくなっている。
眠る以外の選択肢を無くされた俺は途方に暮れながらも眠りにつけるようベッドへ行く。
気持ち悪い。頭の中がグチャグチャだ。
一頻り吐いたはずなのに、嘔吐感が一切消えない。
最悪な気分の中、紙の存在を思い出す。
そうだ、あの紙は?
ふと机に目をやる。
机まで汚い青色になっている。が、今はそんなことは関係ない。
紙に書かれている文字は変わっていない。
“せくなをいかうこ
てしんけいたいつをこか
いなはでむきせいめはれこ”
やはり読めない。
と考えていた時に気がつく。
逆さ読みだ。なんで気がつかなかった
“これは明晰夢ではない
過去を追体験して
後悔をなくせ”
だ。
どう考えても明晰夢だし、過去を追体験というところも引っかかる。
俺にこんな過去の記憶は無いし、後悔も無い。
一体どういうことだ?
考えていると吐き気も治った。
もう一度ドアの向こうに行けるか試してみる。
無情にもノブは回らない。
仕方がない。一度寝るか。
違和感で眼が覚める。
寝心地が俺のベッドではない。
勢いよく起き上がる。
俺の部屋だ。向こうの世界の俺の部屋だ。
なんでだ?時間は…前回と同時刻だ。
どういうことだ、この世界に囚われたのか?
日付を確認できるものがない。
今日は“あの日”なのか?
「あんた起きなくていいの?」
母の声がする。
「起きてるよ。」
母のこの落ち着きよう。嫌な予感がする。
「早く準備しなさい。シオンちゃん来ちゃうわよ。」
“あの日’だ。
またあの事故を体験しなければならないのか?
嫌だ。怖い。死んでほしくない。
どうすれば彼女を死なせなくて済むのか。
俺は助けられるのか。
心が恐怖に支配されていく。
ダメだ。俺は助けられない。
「ごめんくださーい。ジンくん居ますか?」
「はーい、おきてるんだけど準備してないみたいで。ちょっと部屋を見に行ってあげて。」
「わかりました。」
足音が聞こえる。来る。
「ジン、何してるの?
…どうしたの?」
「…」
「お腹痛いの?熱ある?」
「大丈夫。」
「今日はやめておく?」
「いや、行こう。少し待ってて。」
「無理しないでね。玄関で待ってるから。」
「うん。」
俺は昨日、厳密には今日とおなじ準備をして行く。
何故かはわからない。前回と全く異なる行動を取ってしまうと取り返しのつかない事になる確信があった。
もっと酷い死に方をするかもしれない。この繰り返しから抜け出せないかもしれない。
俺は永遠にこの1日を繰り返すかもしれない。何度も彼女の死に立ち会うかもしれない。
俺が死んでしまうかもしれない。この世界で俺が死んだらどうなってしまうのだろうか。
どうしようもない恐怖に苛まれながら、シオンちゃんと歩く。
前回していた会話もない。無言で歩く。
「うわっ」
彼女が足を滑らす。何処で滑らせていたか正確に覚えている。
だからこそ腕を掴むことができる。前回のように死なせたくない。その一心で最新の注意を払い続けた。
「ありがとう。助かったよ。」
「あぁ。」
「今日本当にどうしちゃったの?たまに変だけど今日は特に変だよ。」
「なんでもない。先を急ごう。雨が降る。」
「え、あ。うん。」
ヒマワリ畑に着く。
俺の心は体感数時間にしてこんなにも汚く壊れかけているのに、対照的に美しく太陽に向かって咲き誇っている。
「綺麗だ…」
「本当にね!えっ、泣いてるの?」
「泣いてないよ。」
「嘘。どうしたの?何かあるんだったら話してよ。なんでも聞くよ?」
「…」
「ヒマワリの花言葉を知ってるか?」
「え?いや、ごめん知らない。何なの?」
「花言葉の一つに”あなただけを見つめる“っていうのがあってな。
きっとこの景色を見せたかったのはその気持ちを伝えたかったからじゃないかなと思う。」
「きっとって、今は違うの?」
「今も同じだよ。」
「そっか。深くは聞かない。なんかあったらすぐ話してね。私も話したいことあるし。でもそれは今話すべきではないと思うから、元気になったら話そう?」
「あぁ。」
「さ。ご飯食べよう?お腹すいたでしょ。私お弁当作ってきたんだ〜。」
「そうだな、ありがとう。食べようか。」
あぁ、この後に雨が降るのか。
また死んでしまうのか。
どうすれば助けられる?
「どうしたの?食べないの?」
「あ、あぁ。ごめん美味しいよ。すごく美味しい。シオンはきっと良いお嫁さんになる。」
「なにそれ。どういうこと?」
微笑みながら言う。
「そういうこと。」
「意味わかんない。」
拗ねたように玉子焼きを頬張る。やはり彼女は可愛い。
雲行きが怪しくない…?
前回はこのくらいには怪しくなっていたはず。
「もう、食べちゃったら帰るよ!ちょっと遠いし山道だし。」
「そう、だな。」
シオンちゃんは片付けを始める。
なんだ?なんで変わった?わからない。
片付けが終わり、再びヒマワリ畑の方に目をやるシオンちゃん。
絵になるな。生きてほしい。
死なないでほしい。この後なにも起こらなければ良いが。
俺の心配を他所に山道を抜け家路についた。
結局なにも起こらなかった。
シオンちゃんと別れ、家に帰る。
「ただいま。」
「おかえり。家を出た時とは顔色が全然違うわね。何かいいことでもあった?」
母が茶化してくる。
「何もなかった。でもそれで本当に良かった。」
「変なこと言うわね。思春期かしら。」
「気にしないで。」
俺は部屋に戻り安堵する。
前回の帰宅とは大違いに心が落ち着いている。
死ななかった。助けられた?でも何もしていない。助けてはいない。
前回との違いもそれほど無かった。雲行きが怪しくならなかったくらいだ。
ここに入るタイミングによってこの世界は天気が変わるとか?
でも同じ年同じ場所、同じ日時でそんなことがあり得るのか?
わからないことがまた増えてしまった。
安堵感から眠気がくる。今日はすんなり眠れそうだ。
「や。」
「ビ、っくりした。なんでいるんだよ。」
部屋がまた白に戻っている。さっきまでのはなんだったんだ。
「そりゃ居るよ。ありがとう。」
「何がありがとうなんだ?」
「君、だいたい気がついたでしょ?」
「何にだよ。」
「ここの事。そろそろ話しても良さそうだから話すよ。」
「それを話し終わったら俺の質問に答えてくれ。」
「わかった。ここは君の記憶の世界。メモの暗号にも気がついたみたいだし。
それでも君はそんな記憶無いって思っているでしょ。それはそれでいいよ。後で必ずわかる時が来る。
ここは間違いなく君の記憶の世界ではあるんだけど厳密に言えば少し違う話もあるんだ。
またそれもいつか話すよ。」
「終わりか?」
「今話せるのはここまで。質問いいよ。」
「お前、俺が前回ここに戻ってきたのは知ってるか?」
「もちろん、イジメから救った時でしょ?」
「え…?」
「え?違うの?」
「あの世界でイジメから助けた女の子が事故で死んだ。
その時、お前はここにいなくて、この部屋も色がドス黒い青になっていた。」
「あー。そういうこと。」
「なんだよ。」
「そりゃいないよ。私死んでる時じゃない。」
「…は?」
「その女の子、シオンは私。」
「いや待て、どういうことだ?」
「この世界のシオンが死ねば私も死ぬ。
でも今回は君がなんらかの方法で助けることに成功した。
だから私が今ここにいる。」
「もう、意味がわからない。」
「君、あの世界で後悔を残したでしょ。
後悔を無くす為のこの世界だよ。」
「でもさっきはビクビクしていただけだ。何か行動していたわけではないし、俺は天気を操ることはできない。」
「君がとった行動の中に何かヒントがあるはずだよ。
私が干渉出来るのは、この狭間部分までだから、向こうの世界で何が起きているかまではわからない。
だから何があって回避できたのかは教えられないんだ。」
「…自分の行動を見直してみるよ。」
「そうして。今日はすごく疲れているみたいだし、もう休んだら?」
「あぁ、おやすみ。」
「おやすみ。」
本当の自室で目が覚める。
考えなければならないことが多すぎる。
寝起きだというのに、頭は冴えわたっている。
あいつ、自分がシオンだとか言ってたな。
とんでもない爆弾発言じゃないか?
そんなことより、アレが俺の記憶?
ありえないだろ。あんなことが記憶にないはずがない。
起きていない出来事を記憶しているはずがない。
後悔をなくせというあの部分だけは謎が解けた。
あの世界で後悔を残してはダメだということ。
ただ、今回は後悔があったわけではない。
何が引き金になってあの事象に収束しているのか全くわからない。
出来るだけ同じように行動して、話したこと自体はさっきの方が少なかった。
話さなかったという点ではさっきの方が後悔があるような気がするが…
あと違う点といえば…
あった。ヒマワリの花言葉を最初は伝えなかったが、さっきは伝えた。
あの世界のジンの後悔ということなのか?
伝えなかった事が後悔になり、死へと収束したのか?
そうでないと辻褄が合わない。
俺はシオンちゃんのことが好きなのか。
それを伝える為にヒマワリ畑へと案内してあんなキザなことをしようとしていたのか。
我ながら恥ずかしい。我ながらというのも少し変だが。
今までの傾向からすると、今回は数字の変動がありそうだな。
とりあえず昼飯を食べに外出の準備を始めるとするか。
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