第2話

俺は7のドアを開け、またあの世界に行く。

この瞬間だけは何度体験しても慣れないだろうな。

と思っていると着いていた。

ここは初めて来るな。

俺はまた、男の子か。

「せっかく夢なら可愛女の子にでもなれよ。」

と呟いてみても変身したりはしない。

とりあえず辺りを見回してみる。

落ちてきている陽が鮮やかなオレンジで空を染めている。

少し肌寒い、秋くらいか?

ランドセルを背負っている。小学生か。

周りは誰もいない。辺りは民家がチラホラあり、稲が一面に広がっている。

一人で下校中ということか。

やはり自然と自宅までの経路はわかる。

少し遠回りをして帰ってみよう。


前回来た川まで来てみた。

少し変わっているような気がする。

誰かがいるわけでもない。男の子になっている今ならこの世界の住人とコンタクトを取ることが出来るのは6のドアで経験済みだ。

誰か居ればここがどういう世界なのか聞けるかもと思ったが…。

思ったより遠回りになっていたようで陽もかなり落ちてきた。

帰る、というのも変な感じがするが。帰るか。


ここが自宅か。なぜか凄く懐かしく感じる。

「ただいま。」

「こんな遅くまで何やってたの!」

「ちょっと遠回りして帰ってきただけだよ。遅くなってごめんね。」

「夜は危ないから気をつけなさい。さぁ、ご飯出来てるわよ。」

おそらく母で間違い無いだろう。

今日の晩ご飯は肉じゃがだった。とても美味しく思えた。何故か泣きたくなった。

「あら、どうしたの?箸が進んでないじゃない。怒られて不貞腐れてるの?」

「違うよ。なんかすごく美味しくて。」

「嬉しいじゃない。ご機嫌取り?」

「本当だよ、ありがとうお母さん。」

「何よ。早く食べちゃいなさい。また作ってあげるから。」

「うん、ありがとう。」

「今日の学校はどうだった?何か嫌なことでもあった?」

「ううん、何もないよ。楽しかったよ。」

そんな他愛も無い話で母との食卓を囲んだ。


食事も終わり風呂に入っている時に、ふと思う。

あれ?俺には父親はいないのか?

でもそんなことを母に確認することはできない。

この世界にあんまり干渉するのも良くないような気もする。

自然とわかるまで放置していていいか。

今日シオンちゃんに会ってないな。家で遊ぶくらいだから仲が良いんじゃないのか?

この世界もあの部屋も、わからないことが多すぎるな。

何処か故郷の田舎に似ているような気もするこの辺り一帯。

この世界のジンの家に懐かしさを感じる。

異様に美味しく感じるにくじゃが。

ドアの上にある数字。昨日は6で今日は7。明日は8にでもなるのだろうか。

わからないことが多過ぎる、知りたいことが多過ぎる。

現実世界に帰りたい気持ちもあるが、違和感よりも心地良さがある。

寝たくないな。


風呂から上がり、布団に入る。

寝たくない気持ちが強く今日は睡魔とも戦えていた。

寝返りを打つと同時に視界に入る。

俺は何故今まで思い出さなかったんだ?

ランドセルがあるじゃないか。

名前や学校名、西暦なんかもわかるかもしれない。

………

俺だ。この男の子は紛う事なく俺だ。

”日向 仁“ 俺の名が書かれている。

でも、この世界は?なんなんだ?

記憶の追体験?でも俺にこんな記憶はない。

俺は何故、小学生になっているんだ?

考えれば考えるほど、眠くなってくる。

もう今日はいい。寝よう。


「おかえり、どうだった?」

「わからないことが増えた。何故あの男の子は俺と同じ名前、いや、俺自身なんだ?」

「君の夢なんだ、君が主人公じゃないはずがないよ。」

「そんな単純な理由なのか?」

「うん、君が見ている夢の主人公が君じゃないなんてありえないよ。逆に、可愛い女の子にでもなってたら怖いでしょ。」

「何、お前聞こえてるの?」

「ん?何が?」

「いや、何でもない。なんとなく腑に落ちた。今日は寝る。」

「はーい、また明日。おやすみなさい。」

「おやすみ。」


気が付くと正午を過ぎていた。

そうか、仕事に行かなくていいからアラームつけてないんだったな。

そう思いながら、ベッドから起き顔を洗う。

昨日のあの感覚、少し奇妙だったな。

でも確かに夢の主人公が自分自身じゃないとおかしいというのもわかる。

腹も減ったし、カップ麺でも食べるか。

考える事に少し疲れてきていた。

あいつの言っている通りなのであれば、夢でしかないようだし。

ならなんであいつは必要な体験とかわけのわからん事を言っていたんだ?

夢のことよりも、あいつがなんなのか気になってきたな。

調べようも無いし、聞いても答えないし、夢にヒントもない。八方塞がりだな。


カップ麺を食べながら垂れ流しにしていたテレビを観る。

“あなたは幽霊を信じますか?”

という街頭アンケートをやっていた。居るかよそんなもん。と思った瞬間、あいつの正体が俺に憑いている幽霊説が頭に浮かんだ。

「いや、まさか、無いだろ。」あまりに自然に頭に浮かんできたことへの困惑と得体の知れない恐怖で思わず口に出してしまった。

そもそもあんなやつ知らないし、幽霊に取り憑かれるような変な場所にも行っていない。

ストーカーか何かの生き霊か?俺はそんなにイケメンでもないしな…

わからん。

とりあえず寝てあいつに確認してみるのが早いか?答えてくれるか?

一回分無駄に過ごすかも知れないが、寝て確かめてみるしかないか。



「おい、居るんだろ。」

「おはよう、挨拶くらいしなよ。親しき仲にも礼儀ありだよ。」

「おはよう。単刀直入に聞くが、お前幽霊か?」

「酷いな、そんなんじゃないよ。そもそもなんで夢に幽霊が出てくるのさ。幽霊なんて起こしてから怖がらせるものでしょ。」

「一理あるな。じゃあお前ななんなんだ?」

「それは言えない。さぁ、そんなことより早く行っておいでよ。」

「いつか絶対教えろよ。」

そう言いながらドアの方に目をやる。

おかしい。何でだ?

「なぁ、昨日も7じゃなかったか?一昨日が6、昨日が7なら、今日は8じゃないのか?

何でまた7なんだ?」

「そんな決まりはないよ、さぁ、行った行った。」

「何なんだよ。」

納得がいかないまま俺はドアを開ける。


苛立ちながら開けたせいかあまり今までのように眩しくは感じなかった。

辺りを見渡す。夢に順応してしまっている自分が少し嫌だが仕方ない。

ここは学校か?昨日寝ていた布団から始まると思っていたが。

同じドアでも終わりと始まりが続くわけではないのか。

法則も何もなさそうか。

同じくらいの歳の子が集まっている。誰かを囲んでいるようだ。

席についている子も少ない、休み時間か。

騒がしいが何をしているのだろうか。

「キモいんだよ、もう学校来んなって言ってんだろ。」

「…」

「おい、聞いてんのかよ。お前耳聞こえないの?」

「……えてる」

「はぁ?はっきり喋れよ!」

間違いない。イジメだ。

夢の中まで憂鬱にさせるなよ…

っておい、シオンちゃんか?

止めなければ。

「おい、やめろよ。何でこんなことするんだ。泣いてるじゃないか。」

「お前には関係ないだろ。なんだ?お前がいじめられたいか?」

「それは好きにしてくれていいけど、シオンちゃんが君に何かしたの?」

「存在が気に入らない。」

「なんだよそれ、そんなしょうもない理由で攻撃するなんて、君は動物以下か?

イジメなんてカッコ悪いしやめとけよ、自分の価値下がるだけだよ。」

「は?何お前、ヒーロぶってんじゃねえよ。おい押えろ。」

周りの取り巻きたちが俺を押さえる。

殴る蹴るの暴行。お前らこれ大人になって絶対やるなよ。と思いながらひたすら耐える。

「お前ら!何やってんだ!今すぐやめろ!」

「やべ、逃げるぞ!」

担任か?良かった、正直めちゃくちゃ痛かった。

味や寒さを感じていたからなんとなくわかっていたが、痛覚もちゃんと機能している。ありがとう先生。

「日向、大丈夫か?何があった?」

「シオンちゃんがイジメられてたから注意したら殴られました。」

「シオンちゃん?葵のことか。葵は大丈夫か?」

「うん、ジンくんが助けてくれたから大丈夫。ありがとう、ごめんね。」

「気にしないで。」

「日向は男だな、偉いぞ。でも、危なかったり痛いのはダメだ。これからは先生を呼びなさい。」

「わかりました、ありがとうございます。先生。」

俺は保健室に連れていかれた。幸い怪我らしい怪我はしていなかった。

ただ、痛みは引かなかったし授業に出る気分でもなくなったから早退した。


家に帰ると母が迎えてくれた。

今日も少し怒っているようだ。

「女の子、シオンちゃんを助けていっぱい殴られたんですって?」

「うん、イジメてるのが見えていてもたってもいられなくなって。」

「ジンが優しい子に育ってくれて嬉しいよ。だけど、心配にもなった。」

「うん、ごめんなさい。」

「謝らなくていいの、優しいことは素晴らしいわ。でも自分の事も守らなきゃだめ。もっと強くなりなさい。」

「何それ、喧嘩しろって事?」

「違うわよ、もっと大きくなったらわかるわ。」

「そう、今日は疲れちゃったし身体中痛いからちょっと横になってるよ。」

「ゆっくり休みなさい。」

母に褒められたのか怒られたのかわからないようなことを言われ居間で横になる。


「ジンくんにお怪我は無かったですか?」

「はい、大丈夫ですよ。心配しましたが骨が折れているなんて事もなかったです。」

眠りかけているとそんな会話が聞こえてきた。

足音が聞こえる。誰だ?

「ジンくん、大丈夫?寝ちゃってる?」

「ううん、起きてるよ。寝ちゃいそうだったけど。」

シオンちゃんが来てくれたようだ。

「今日はごめんね、ありがとう。すごく怖かったから助けてくれた時本当に嬉しかったの。」

「あんなのどうって事ないよ。それより大丈夫?怪我とかない?」

「うん、ジンくんが助けてくれたから何もされてないし、あいつら、校長先生に親呼び出されてた。」

少し笑ったように彼女が言う。

「そっか、シオンちゃんが無事で良かった。」

「ありがとうね。」

「…」

「おやすみ。また明日ね。」



ハッと気がついた時にはあの部屋に戻されていた。

と思ったが様子が違う、ほのかに水色がかっている?

「や。」

「本当に毎回真後ろに居るよな。」

「こればっかりは仕方ないよ。どうだった?」

「あぁ、痛かった。けど6のドアで会った女の子をイジメから助けることができた。」

「へぇ、お疲れ様。大変だったんだね。でも必ずその出来事が実を結ぶ時がくるよ。」

「そうか、よくわからないけど。何でちょっと水色になっているんだ?」

「さぁ、なんでだろうね。」

「知らないのか。ならいい。今日は痛かったしもう寝る。」

「その痛かったって言うのやめなよ。かっこ悪いよ。」

「本当に痛かったんだから仕方ないだろ。だいたいお前にかっこいいなんて思われても仕方ない。」

「そ。じゃあおやすみ。また明日ね。」

「おやすみ」



今日は昼まで寝なかったな。

息抜きに出かけてみるか。

気分がいい。夢の中だけど正しい事をしたと思う。

イジメは絶対に許してはいけない。

今日の昼飯はちょっと豪華にいくか。


なんてことを考えていた。次に開けるドアがどんなものになっているのかも考えずに。

俺の夢だ。俺の思い通りに出来ない道理は無いはずだと思い上がっていた。

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