十五夜草の明晰夢

久根 生白

第1話

夏が終わり、肌寒い季節になってきた。

もうそんな時期か。

最近の秋は子供の頃より短く感じる。

ついこの間までは暑かったのに。と思いながら衣替えを行う。

冬は嫌いだ。子供の頃は雪が積もるのを楽しみにしていたような気はする。

都市部に就職し田舎を離れてからは雪が積もっているところを見た記憶がない。

高校生の頃、俺は田舎にいるのがダサく感じていた。

都会に出て大手企業に入って、田舎から出た事が正解だったと思い込みたかった。

社会人生活にも慣れてきた三年目、ある程度の現実は理解してきた。

客観的に見れば俺は故郷をバカにして失敗した惨めで孤独なやつだ。

両親と大喧嘩したのも、友達に裏切られたのも、彼女にフラれたのも、唯一の味方だった祖母が亡くなったのも、全部冬だ。

冬は嫌いだ。嫌なことばかり思い出してしまう。

ここ二、三日、ずっと変な夢を見ている。きっと寒いからだ。

感傷に浸りながら、今日も眠りにつく。




またドアだ。

最近はいつもこの夢を見る。真っ白な部屋。

そこにはいつもドアがある。数字は6。昨日も6だったような気がするが…

いつもは何もしないまま目覚めていたが、今日は好奇心でドアを開けてみる。

眩い光で思わず目を閉じる。


目を開けると何処かの部屋のようだ。

子供が遊んでいる。

この子達に俺は見えていないようだ。

話しているように見えるが、水中にいるかのように全く聞き取れない。

俺は玄関を探し外に出た。

田園風景が広がっている。自宅付近でないことは明らかだ。

記憶の追体験でもしているのだろうか?

だが、田舎はこんな風じゃなかったはずだ。しかし、似ていなくもない。何処か懐かしいと感じる。

辺りを散策してみることにした。

農作業をしている大人がチラホラ見受けられる。

初めて来る場所のはずなのに、強い既視感に襲われるのは何故だろうか。


シャツに汗が滲んできた。

涼を求めて用水路沿いを歩く。

そういえば、さっきの家で子供を見て以降、大人の姿しか見ていないような気がする。

そんなことを考えながら歩いていると大きな川に出た。

やることもないし上流へ向かって歩いてみよう。


子供達が水遊びをしていた。

そんなに多くない。5人か。

ここはかなり涼しく感じる。

就職してからこんなところに遊びに来たりしていないし、子供を見ることも無かった。新鮮だ。

学生の頃はよく友達とレジャー行ったりしてたな。

あいつに裏切られてから、行ってないな…

ダメだ。また感傷的になってしまった。

我に返ると、もう子供たちはいなくなっていた。

それどころか、さっきまで森の中の川沿いに腰をかけていたはずだか、また白い部屋に戻っていた。

だが、ドアが無い。

ドアがあった場所には、俺のベッドがある。

今日はもう終わりということなのか?

夢の中で寝る、というのも違和感があるが今日はもう寝よう。



いつものアラームが鳴り響く。

あぁ、俺の部屋だ。また今日が始まる。憂鬱だ。

プログラミングをやりたくて今の会社に入ったのに、俺の業務は営業。所謂外回りだ。

三年目にもなると、諦めも付いてくる。


どこで道を間違えたのか。

いつも後悔ばかりだが、今日はそんなことはどうでも良かった。

昨夜の夢、アレは何か意味があるのか?

気になって仕方ない。

ネットで調べてみると“明晰夢”というものが近い気がした。

“夢を夢であると自覚して見ている夢のこと”らしい。

確かに夢と自覚はしていたが、記事にあるような“思い通りに変化させられる”なんてことはなかった。

むしろVRと言った方が合っていると思う。

疑問を抱えながら、カフェでコーヒーを飲む。

外回りの良いところだ。

適当に時間を潰しながらサボることができる。程々にしないと大目玉をくらうが…

なかなか考えもまとまらないまま、帰宅。

今日は昨日とは違う気持ちで眠った。



やはり、眠るとこの部屋に来るらしい。

いい加減、他の夢も見たいところではあるが。

今日は少し違った。白い部屋にドアと机。

紙がある。

“せくなをいかうこ

てしんけいたいつをこか

いなはでむきせいめはれこ”

何かの暗号だろうか?

「おはよう、やっときてくれたね。」

「誰だ?」

背後から唐突に声をかけられ、驚いてしまう。

「今は、私が誰かなんてどうでもいいよ。大事なことを伝えにきたんだ。

君の昨日見ていた夢、また同じ夢を見ることになる。但し、今日から少しずつ変化がある。

君の歩いた道、見ていた景色、どこに誰が居て、どういう関係なのか、詳細に記憶するんだ。

そうしないと、最後に後悔する事になる。」

「は?どういう意味だよ、聞きたいことは山ほどある。これを書いたのはお前か?

どういう意味があるんだ?ここはなんなんだ?」

「残念だけど質問には答えられない。じゃあ頑張ってね。しっかりね。」

彼女によってドアが開かれ、また光に包まれる。

目を開けていられない。どういうことだ。

今回は意識が遠のいていくのを感じる、なんなんだよ。



気がつくと俺は遊具を持って遊んでいた。

目の前には女の子がいる。

ままごとの最中だろうか。

「ねぇ、ジンくん。聞いてる?」

けんくん?なんで俺の名前を知っているんだ?

「ごめんねシオンちゃん、聞いてるよ。」

シオンちゃん?なんでこの子の名前を俺は知っているんだ?

「ちょっとトイレに行ってくるね。」

「うん。」

トイレの場所もわかる。昨日きたときに確認していたわけではない。

何故かはすぐに理解できた。鏡に俺は映っていない。

昨日さっきの部屋で見ていた男の子が映っている。

俺はこの子になったのか?

すごくやりにくい…

それにしてもさっきの女の言っていたことが気になる。

“最後に後悔する事になる”とはどういう事だ?

俺がこの男の子になっている理由もわからない。

男の子になるのなら何故俺は元の記憶を保持したままなんだ?

わからないことが多すぎる。

ひとまず、トイレから出てシオンちゃんの相手をする事にした。

やはりままごとだったようで話を合わせておいた。

「わたし大きくなったらジンくんのお嫁さんになる!」

「ありがとう、シオンちゃんがお嫁さんだったら素敵なんだろうなぁ。」

そんな事を話していた。

シオンちゃんのお母さんらしき人物がお菓子を出してくれ、食べ終えた頃に睡魔がきた。

ダメだ。今寝たらどうなるかわからない。

が、子供の頃の睡魔は凄まじいもので気がつくとまた戻されていた。

「6のドアはどうだった?」

「どうも何も、わからないことが多すぎる。」

「そう、君にはドアの向こうでの体験を通して理解してもらう必要があるんだ。

私が答えを言うことはできない。

これから君は君のままで、いくつもの選択に迫られる。今日、というか6のドアはそのチュートリアルみたいなもの。

君は何を喋って、どういう風に振舞って、どういう風に行動するかを考えたはず。

幾度となく、そういう場面は出てくる。乗り越えてほしいんだ。」

「言っている意味がわからない。が何を聞いても答えてくれないのなら、ドアやドアの向こうのことについては、もう何も聞かない。

ただ一つ俺が聞きたいのはお前が誰なのかという事。名前は?」

「君は私のことをよく知っているはずだよ。」

「知らないしわからないから聞いてるんだけど。明日からもいるの?」

「毎回はいないかもしれないけど、来れる時には待ってるよ。

君にはしっかり思い出して行動してもらわないといけないから。」

「わからない事を増やすな。もう疲れたし今日はこの辺で寝るよ。おやすみ。」

「おやすみ、ジンくん。」

「…え?」


またいつものアラームだ。

頭はパンクしそうだ。

今日寝たらドアの数字は変わっていたりするのだろうか?

会社は休もう。

最近変なウイルスが流行っているせいで、熱が出たと言えば一週間の自宅待機を命じられる。

体調管理がなってないとか、怒られるんだろうな…


会社に休みの連絡を入れ、案の定自宅待機を命じられる。

積んでいた小説や漫画を読みたい気持ちもあったが、それよりも今自分に起きている出来事について調べるのが先だった。

ただ、どれだけ調べても明晰夢以上の近しいものもヒットしない。

あの部屋で読んだ

“せくなをいかうこ

てしんけいたいつをこか

いなはでむきせいめはれこ”

が何か関係がある気はするが、一向に謎は解けない。

調べ疲れたのか、眠くなってきた。

好都合だ。



ドアがたくさん並んでいる。

「は…? おーい、居るのか?」

「居るよー」

「なんで真後ろにいるんだよ。」

「君が私の目の前に来るんでしょ。」

「あぁ、そうなのか。なんで今日はドアがいっぱいあるんだ?」

「このドア達は、君に必要な“体験”の数だよ。途中で減ったり、逆に増えたりする事もある。

それは君がドアの向こうでの体験を活かせるかどうかで変わるよ。」

「夢の中だからってなんでもありだな。」

「今開くドアは数字が書いてあるもので、その中でも若いものから選ぶといいよ。」

「わかった、じゃあ今日は7のドアにするよ。」

「はーい、いってらっしゃい。しっかりね。」

「いってきます。」

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