第621話 服選び


 うぅ!? 私が姉さんを頼ったんだけど、今の目の前の光景は……正直、ドン引きなんだけど!? 『サクラ』を着せ替える為の衣装データが、既にこんなに山ほどあるなんて想像もしてなかった――


「あぁ、美咲ちゃん、勘違いがあると流石に葵が可哀想だから、僕から補足しておくけど……別にこれら全てが『サクラ』の着せ替えの為に用意されたものではないからね」

「……え?」

「これらの衣装は、参考資料でもあるんだよ。美咲ちゃんも何かを作る時、写真とか実物を参考にしたりするだろう?」

「あ、はい? それはしますけど……」

「ふふーん! これらは私のデザイン用のサンプル品のコレクション!」

「まぁそういう事だよ。葵だけで衣装デザインをするのはある程度、限界もあるからね。これらはその中から、『サクラ』に着せたいものをピックアップしたものという感じになるよ」

「……あ、そうなんですか」


 そっか、これってただ単にこれは姉さんが資料の為に持ってるだけの衣装データなんだ! 『サクラ』の着せ替え用だと思ってかなりドン引きしちゃったけど、それは私の勘違いだったみたい。

 そう考えると、これって壮観だねー! わー! 流石にお店に並んでるほどは多くはないけど、それでもお店の一画くらいはありそうな量だー! 着物や浴衣がちょいちょい混ざってるのは、姉さんらしいとこかも?


「さぁ、美咲ちゃん、好きなのを選んでいいよ! 大丈夫! コスプレ的なのは除外して、商品として出す前のサンプル品に限定したから! あ、既に発売になってるのも混ざってるかもだけど……聡さん、あったっけ?」

「いや、発売になったものは別のとこに保存しているから、ここに出ているのは発売前のものか、没の物ばかりだよ」

「あ、そっか。そういや、そういう仕分けもしたんだっけ!」

「……え、これ、商品になる前のものなの!?」

「葵の友達にはファッションデザイナーも何人かいるからね。まぁここに並んでるのは、高級ブランドではなく大衆向けのものにはなるけど……美咲ちゃんにはその方が気楽だろう?」

「あ、はい。それはそうかもですね」


 相変わらず姉さんの交友関係は広いね!? でも、その辺のお店で売ってる服だって、誰かがデザインして作ってるんだから……その販売前に仮に作ったものが、これらの服なのかも?

 って、待って!? 姉さんが資料として買った訳じゃないんだ!? 商品になる前や没って事は、そもそも売ってないよね!?


「……姉さん、これって普通に着ちゃっていいの?」

「大丈夫、大丈夫! 流石に『サクラ』の方なら色々と事情が違ってくるし、下準備は必要になってくるけど、私服として着る分には問題なーし!」

「まぁ個人的に使う分には好きにしていいという許可は、さっき得てきたからね」

「あ、そうなんだ」

「ただ、これも補足しておくけど……葵自身が『サクラ』に着せようとして作った衣装も混ざっているから、そこは要注意だね」

「あー!? 聡さん、それは言っちゃ駄目!?」

「姉さん作が混ざってるの!?」


 ぎゃー!? 待って、待って、待って!? ドン引きしたのは勘違いだったみたいだけど、それでも消し切れない要素が混ざってたー!?

 ぐぬぬ!? どれが姉さんが作った服のデータなの!? データだけだろうから、実際の服ではあり得なさそうな構造をしてるものな気はするけど……普通の服をどう作ってるかとか知らないよ!?


「さぁ、美咲ちゃん! 時間はあんまりないよー?」

「わわっ!? 急かさないでー!?」


 ここで姉さん作のものを選んじゃったら……あれ? 別に問題ない? 別に『立花サナ』作って表示が出る訳じゃないだろうし、『サクラ』で着る訳でもないもんね。……もうちょっと気楽に選ぶのでもいいのかも?


「大丈夫、大丈夫! ここで着たからって、『サクラ』で着ろとは言わないから! ……というか、みんなからも『本人に許可を取ってないのか!』って怒られまくったし……強行したら、お仕事に悪影響がー!?」

「着せ替えの件は、あちこちから多量の釘を刺された状態になったから、心配はしなくていいよ」

「……あはは」


 それ、昨日兄さんから聞いたやつだよね。うん、今回はガッツリ姉さんの行動抑制にはなってるっぽい! でも、これを使わせてもらうとなったら……本格的に着せ替えの件も考えた方がいいんだろうなー。

 はっ!? 『サクラ』の着せ替えと考えるとあれだけど、ファッションモデルと考えたら悪くはないの!? ……あんまり興味はないけど。


「さーて、時間もないし、ササっと選んじゃおう! 美咲ちゃん、普段あんまりスカートは着ないけど……この際、ちょっとチャレンジしとく?」

「わー!? それ、ちょっと短くない!? というか、なんで姉さんが選んでるの!?」

「だって、悩み始めたら長いもんねー?」

「うぅ!? それはそうだけど……ミニスカートは無しで!」

「えー、可愛いのに? 脚の出る範囲、今の服と大して変わらないよ?」

「それはそれ、これはこれだから! そもそも、この姿で外に出て行く気はないもん!」


 服に無頓着な自覚はあるけど、それでも今の服で外出するのは無しなのは分かるもん! だから、慌てて代わりを用意しようとしてるんだし!

 むぅ……季節感に合わせて多少は変えてるけど、逆に言えばそのくらいしか変えてないのが問題だったー! 姉さん作の憩いの場の和室は、家族しか入ってこないし……。


「えー、駄目なの? よーし、それじゃこっちの清楚系な白いワンピースで! 美咲ちゃんの色白な肌と黒髪が映えるはず! あ、麦わら帽子も欲しいね!」

「なんか、どこかで見た事あるような光景になりそうだよね、それ!?」

「うん、それをイメージしてみたしねー! 美咲ちゃんには似合うと思うよー!」

「……似合いそうではあるけど、打ち合わせに着ていく服装かい?」

「ほら、そこは美咲ちゃんの青春がかかってるし? 折角だから、魅力を盛大に押し出していかないと!」

「わー! そういう目的はいらないからー! 聡さん、姉さんを止めて! 自分で無難なのを探します!」


 今、姉さん任せにしたら、なんか変な方向性に向かっていっちゃいそうだもん! 私は打ち合わせに行く為の服を用意しようとしてるだけで、デートに着ていく服を選んで……デート……って、何をボーッと考えてるの!?


「……その方が良さそうだね」

「わー!? 聡さん、待って!? 折角の機会が!?」

「はいはい、それは時間がある時に改めてにしようね」

「その機会ってあるの!?」

「少なくとも、今強引にやれば遠退くのは確実だけど……それでもいいかい? 次に頼ってくれなくなるよ?」

「っ!? ……うぅ、それもそうかも」


 ふぅ、姉さんが大人しくなったところで、服選びを再開! 頭に浮かんだデートは、どっか行けー! 今まで気にした事もなかったのに、なんで今、そんなに気になるの!?

 今、必要なのは人目に出ても無難な服装! 部屋着じゃなくて、外出時の普通な感じのやつ! ……何気に季節感を無視したラインナップだけど、夏っぽいのを選ばなきゃ!



 ◇ ◇ ◇



 うーん、うーん!? うがー! 無難って何!? 自分で意識して選んだ事がないから、服はよく分かんない!? 『サクラ』は和服のイメージだったから迷う余地はなかったけど、リアルの自分用となるとサッパリだー!?


「……もう、一番シンプルにしよう!」


 下手にあれこれ考えず、Tシャツとズボンでいいや! Tシャツは白いちょっとだけ大きめなやつ! ズボンはデニム生地の薄めにやつで!


「むぅ……美咲ちゃん、シンプル過ぎー! もっと色々、他のもあったよー? Tシャツじゃなくて、こっちのブラウスとかどう? ちょっとフリルもあって可愛いよー?」

「もう時間もないから! 聡さん、この2つで! えっと、どうすれば!?」

「ここで今の服装として反映させてしまうから、少し待ってくれるかい? そうすれば、戻ってもそのままでいけるからね」

「あ、はい! あ、カーテンに囲まれた!?」


 おぉ! 私が自分で着替えなくてもなんとか出来るんだ!? あ、服が今選んだやつに変わったし、目の前に鏡も出てきた!?


「美咲ちゃん、問題はなさそうかい?」

「はい、大丈夫そうです!」


 Tシャツもズボンも少しゆったり気味だし、動きやすいね! 特に変な様子もないし、無難な選択なのですよ! うん、これなら問題なーし!

 わわっ!? もう14時が目前だし、立花さんから準備が出来てるかの確認のメッセージも来た!? 急がないとー!?


「姉さん、ありがとね! それじゃ、行ってきます!」

「美咲ちゃん、思いっきり楽しんできておいでー!」

「うん!」


 まだどういうゲームにするかの打ち合わせの段階だけど、楽しんでやっていかなきゃね! 結月ちゃんが不在なのが少し心許ないけど……途中から合流とかになるのかな? 流石にお昼の時間帯は過ぎてきただろうから、そんなに遅れずに来る可能性はあるよね!

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