第371話 リアルでの転機 前編


 櫻井は私の苗字だし、姉さんの旧姓でもあるけど……なんで、それが今出てくるの!? うーん、私の同年代っぽくて、姉さんのファンだっていう女の人……見覚えはある気がするんだけど、誰だっけなー?


「……櫻井さん……だよね?」

「……えーと?」


 この感じ、間違いなく私を知ってる人みたいだけど、私の方がこの人が誰なのかが分かんない! うぅ、姉さんの友達の妹って話だけど、これは気まずい雰囲気!

 ……まだお昼ご飯を食べてないけど、帰りたくなってきた。電車の定期は携帯端末の中にあるし、知ってる場所だから帰り道も分かるし、何か理由を付けて本当に帰っちゃおうかな?


「ありゃ? 美咲ちゃんを知ってる感じかなー?」

「去年、一緒のクラスだったんですけど……あはは、私の方は覚えられてなかったみたいですね……。でも、櫻井さんはいつも1人で誰にも興味無さそうな感じでしたし……私とか、覚えてないですよね……」


 わー!? 去年、同じクラスの人だったー!? そりゃ見覚えがあって当然だよ! えーと、えーと、全力で思い出せ、私ー! この人は名前はなんだー?

 はっ!? そこの家から出てきたのなら表札に名前があるはず! そこに気付くとはナイス、私! 


「去年の美咲ちゃんのクラスメイト! 1年生の頃の美咲ちゃん、どんなのか気になるね!」

「……えっと、立花サナ先生と櫻井さんって、どういうご関係なんですか?」

「あ、私の事は葵で良いよー。お仕事中以外は、『立花サナ』の名義は使わない事にしてるから!」

「使わないというより、聡君に使うのを禁止されてるだけでしょ? この前も間違えてやらかしたばかりって聞いたけど……って、あぁ! なるほど、なるほど! その子が、あの時の子かー!」

「えっと、それじゃ葵さんって呼ばせてもらってもいいですか? ……あの時?」

「うん、どうぞ、どうぞ! ところで花苗は、なんでそれを知ってるのかなー?」

「ん? そりゃ今でも交流のあるグループの中で話題に出てたからだけど……というか、聡君そっちを使って火消しをしてなかった?」

「聡さん、そうなの!?」

「まずは素性を知ってる人達から、口止めをしておく必要があったからなんだけど……」

「聡君、睨まないで!? 言っちゃったのは、妹にだけだから!」

「……はぁ」


 むぅ……なんか姉さんの方の話題に逸れてるけど、今がチャンス! って、表札が出てないー!? うぅ……そういえば、そういう家も多いんだった……。

 だったら、お店の名前が苗字に繋がってる可能性に賭ける! えーと、ここのお店の名前は『満腹定食』って、満腹さんなんて知らないよ! どう考えても苗字由来じゃないやつ!


「あ、そういえばサインだったねー! えーと、フルネームを教えてもらえる? それと、描いて欲しいイラストでもあればササっと書いちゃうよー?」

「え、良いんですか!? 私は『水瀬結月』って言います!」

「みなせゆづきちゃんだね。えーと、字は……」

「えっと、苗字は水分の『水』と浅瀬の『瀬』で『水瀬』で、結ぶの『結』とお月様の『月』で『結月』です!」

「『水瀬結月』で『みなせゆづき』だね。それじゃ、何か希望のイラストはあるかなー? あ、既存作品でもいいけど、描いたのは表に大々的には出さないでねー? 権利関係がややこしいからさ」

「あ、はい! えっと……商業作品じゃないんですけど、この子のイラストってお願い出来ませんか? 最近のお気に入りで……」

「んー、どれどれ? 画像共有をして……って、あれー!?」


 おぉ、不自然ではない形で名前が出てきた! えーと、水瀬さん……水瀬さん……何となくそういう名前の人がいたような記憶がぼんやりと浮かんできたような? うん、ほとんど最小限でしか人と交流した記憶がないから、これ以上思い出そうとしても無理!


「美咲ちゃん、美咲ちゃん! 聡さんも! 結月ちゃん、ちょっとこの画像を借りるねー!」

「あ、はい。……やっぱり問題あったのかな」

「葵、どうしたんだい?」

「え、姉さん!? 急にどうしたの!?」

「いいから、すぐにこれを見て!」

「……これは、どういう偶然だい?」

「……え!?」


 ちょっと待って、姉さんから共有された画像を見てみたら、私の配信の画像だよ!? えー!? そんな事ってある!? 姉さんに描いてもらいたいイラストって話だったよね!?


「今、櫻井さん……葵さんの事を姉さんって……え? もしかして、櫻井さんが『サクラ』なの? 葵さんが『サツキ』さんで、『立花サナ』さん……?」


 ギクッ!? これはもう言い逃れが出来ない程、正確な情報が渡っちゃってる!? 去年同じクラスだった人に、色々とバレちゃった!? うぅ……猛烈に家に帰りたい……。まさか、姉さんの友達のお店に来たらこんな事になるとは思ってなかったよ!?


「……聡君、怖いから! ごめん! 本当に口が滑った事は謝るから! 結月、その内容は絶対に口外禁止!」

「え、やっぱりそうなの!?」

「あー、花苗? とりあえず、中に入れてくれない? 流石に、外で話し続けるのも……ね?」

「あはは、そりゃそうだね。まぁ続きは店の中で……って、葵、妹さんは大丈夫? なんか顔色悪いけど」

「わー!? 美咲ちゃん、大丈夫!?」

「……うん、大丈夫」


 別に体調が悪い訳じゃないから、そういう意味ではだけど……。でも、胃が痛くなってきたんだけど! 別に家族に知られるのは気にしないけど、同じ学校で私を知ってる人に『サクラ』の事を知られるのは複雑……。それも『立花サナ』のファンなら、尚更にだよ!



 ◇ ◇ ◇



 体調不良だと思われたのか、安静にさせようとする感じでお店の中に連れてこられて、横になってしまった。……むぅ、これで完全に逃げる機会を逃した気がする! 


「櫻井さん、病弱だって話は本当だったんだ……」


 え、ちょっと待って!? 何その話!? 私、全然病弱でもなんでもないよ!? なんか深刻そうな顔で言ってるけど、なんでそうなってるの!?


「えーと、結月ちゃん? 美咲ちゃんの学校での状況を聞いてもいい? 姉としては気になるところなんだよね」

「わー!? 姉さん!?」


 ぎゃー!? 友達も特にいない、ボッチな学校生活が暴露されちゃうー!? 中学のあの件以来、友達だった子からも色々と言われて、人との距離を取ってたのがバレちゃう!? 姉さんは絶対そこは気にするのに!?


「あ、お姉さんの葵さんからしたら、それは気になりますよね。学校で無茶できない分だけVR空間であれだけはしゃいでるなら、尚更ですよね……」

「うーん? まぁその辺を詳しく知りたいんだよね。ほら、他の人からどう見えてるのかとか?」


 あれ? 配信の様子と、学校での行動って何一つ関係ないんだけど……これはどういう感じになってるの? さっきの病弱発言といい、なんかあらぬ誤解が発生してる気がしてきたよ?

 ちょっと私としても気になってきたから、姉さんを止めずにこのまま怠そうなフリをして、寝っ転がって聞いておこうかな?


「学校での櫻井さんは……そうですね。いつも物憂げな感じで、誰も寄せ付けない感じがずっとしてたんです。でも、どこか寂し気で、それが逆に妙に気になってました。髪の毛は染めてない綺麗な黒髪だし、色白な事もあって、神秘的な雰囲気もあって……下手に触ったら壊れてしまいそうな感じで……。先生に聞いてみたら『少し訳アリだからな』と言われてましたし……」


 ぎゃー!? なんか思ってた以上に変なイメージになってたー!? それ、どこの深窓の令嬢ですかねー!? うぅ、先生に一度クラスに馴染めてるか心配された事があったから、中学の頃の話はしたけども! なんか色々と励まされたようなきがするけど、そういう流れなの!?

 ある意味では、確かに訳アリだけども! さっきの病弱だって部分は、そこが理由!? 色白なのは、ただインドア派なだけー!


「そっかー。美咲ちゃんの学校生活って、そんなのだったんだねー? 美咲ちゃん、今の内容についてご感想は?」

「全部、単なる誤解! 私自身、今の内容にびっくりなんだけど!? 私、全然病弱じゃないよ!? そりゃいつも1人だったのは間違いないし、中学のあの件を先生に話したりはしたけど、それだけだよ!?」


 思わず起き上がって、全部言っちゃったー!? でも、なんかどこの深窓の令嬢って感じのイメージをされてて、びっくりし過ぎたよ!


「……え? えぇ!? 病弱じゃなかったの!? で、でも、何度も保健室に行ってたりしなかった?」

「えっと……そんなに保健室に行ってたっけ? あ、転んで怪我して、何度か行った事はある気がする!」

「え、ただの怪我なの!? それじゃ普段の物憂げでいて、寂しげな表情は……?」

「学校が楽しいとは思ってないから、早く家に帰りたいなーとは思ってた!」

「そ、それじゃ先生が言ってた訳アリっていうのは!?」

「……それは」


 むぅ、これに関しては誤解でもなんでもなく本当にあった事が原因だから、あんまり言いたくはないけど……これは、無理に教えなくてもいいかも。ここに来るまでの間に多少は意識は変わったけど、それでもまだ完全に飲み込めた事じゃないもん……。


「美咲ちゃんの中学時代に、私関係でちょっと嫌がらせみたいなのが発生しちゃっててね……。元々、友達だった子とかとも色々あってね? そこはあまり踏み込まないであげて?」

「あ、そこは本当に何かあったんだ……。『立花サナ』さんの妹だもんね……」


 その言い方、私にとっては凄い嫌な言い方なんだけど……まぁスルーでもいいや。それは今に始まった事じゃないし、中学時代にはもっと酷い事も多かったんだし――


「……え、なんでそこで表情が曇って……あ、ごめん! 今みたいな比較するような言い方は失礼だよね! 櫻井さんは、櫻井さんだもん! 櫻井さんの『サクラ』、私は好きだよ!」

「……え?」

「去年は変に誤解して、みんなして妙に距離を取るような感じになってごめんね。そんな距離感をこっちから作ってたら、そりゃ覚えられてなくても仕方ないよ。……あれが訳アリの部分以外は誤解なら、素は『サクラ』なんだよね?」

「あ、うん、そうなるの……かな?」

「だったら、私が櫻井さんの素を知ってる初めての同級生だ! ……仲良くしてくれると、嬉しいな?」


 え、そう言われても、私はどう反応すればいいの? リアルでの友達とか……相当前からいないのに、急にこうして仲良くしてと言われてもどうしたらいいのか分かんない……。


「こら、結月! 急に言われて、美咲ちゃんが困ってるでしょうが! とりあえず美咲ちゃんは元気みたいだし、お腹も空いたでしょ? 遅くなったけど、ご飯にするわよ」

「さーて、料理下手だった花苗の料理の腕はどうなってるのかなー?」

「同じ料理下手だった葵には言われたくないけど? 葵だけ、無しにしとく?」

「わー!? 待って待って、思いっきり空腹だからー!」


 ふぅ……とりあえずは、お昼ご飯になって話は中断になりそう? うーん、びっくりするほど妙なイメージをされてたもんだね、私!

 それにしても、こういう状況になるとも、その上で仲良くしてほしいって言われるとは全然思ってなかったなぁ……。

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