第372話 リアルでの転機 後編
むぅ……姉さんの友達の花苗さんが出してくれた料理は、色んな種類の定食のおかずの盛り合わせって感じで美味しいには美味しいんだけど……なんか、他の意味で全然落ち着かない食事だー!
姉さん達は近況話とか色々してるみたいで、基本的には話に入れない! そして、それは私だけじゃなくて、去年私と同じクラスだったらしい水瀬さんも同じ事! 向き合って食べてるの、なんか気まずい……。
「あはは、お姉ちゃんたちの話題には入れないね?」
「……うん、まぁそうだね」
一体、私はここで何を話せばいいの!? 去年、同じクラスだったのを忘れ切ってたから、私から話を切り出しにくい! うぅ……『サクラ』が私だと知られてるんだし、そこから話を広げる事も出来るんだろうけど、私から話題は切り出しにくいよ! 姉さん、ヘルプー!
「……えっと……あ、そうだ! 『サクラ』が櫻井さんって事は、あの狐っ娘のアバターを作ったのも櫻井さんなんだよね!?」
「あ、うん。それは、そうだけど……」
「『立花サナ』名義として断言するよ! 私は一切、『サクラ』のアバターには手は出していません!」
「……まぁ、今は衣装の方に手を出そうと画策していて、僕が困っているとこなんだけどね」
「聡さん、それをここで言うの!?」
「……葵、また暴走中なの?」
「花苗もそんな呆れた風に言わないでー!?」
「なんか大変そうなんだね? というか、配信で見かけるサツキさんのイメージのまんまだ! そっか、印象が随分と変わるねー」
「……あはは、まぁそうなるのかな?」
『立花サナ』としての姉さんの姿と、『サツキ』としての姉さんの姿はかなりかけ離れてるけど、それで失望したりは……してない感じかな? そこは、ちょっと一安心。
姉さんがどういう性格でも別に腕前が変わる事はないんだけど、前に姉さんが初めて会った人に印象が違うって理由で一方的に不利な条件を付きつけられたって愚痴ってたもん。その後に聡さんが、その仕事は断った上で、その会社のお偉いさんに苦情を入れてちょっとした騒動があったらしいけど。
「それにしても、本当に凄いねー! 私、絵心はさっぱりだから、あれだけのものが作れるのは凄いよ!」
「あはは……うん、ありがと」
この辺はまだ慣れないけど……『サクラ』の出来や価値については、ここに来るまでの間にプロから見た眼で教えてもらった。だから、これは過剰なお世辞じゃなくて純粋な褒め言葉……そう受け取っていいんだよね? ……うぅ、なんだか違和感が凄いんだけど!
「……そっか、今の櫻井さんの表情を見てたら、なんだかアバターを褒められてた時の不自然な様子が変だった理由も分かった気がする。中学生の頃に何かあったのって……何かを作ってた事に関係してるんだ? あ、変に踏み込まない方が良いよね!? 今のは聞かなかった事にして!」
多分、私に思いっきり気を遣ってくれてるんだろうなー。その推測は正解だし、表情にも出ちゃってるみたい。……やっぱり居心地が悪すぎるよ、今の状態!
「……美咲ちゃん、今のままでいいの?」
「……え? 姉さん?」
「偶然に偶然が重なっただけだけど、初めて直接会った『サクラ』のファンなんだよ? 私に……『立花サナ』に、『サクラ』を描いて欲しいって言ってくれたんだよ? 仲良くしてほしいとも言ってくれてたよね? そのまま距離を取って……本当にいいの?」
「それは……」
小声で私にしか聞こえないように姉さんが言ってきた事は……確かにその通りだよね。中学生の頃の嫌な記憶で、リアルでの人間関係は遠ざけてたのは私自身。だから、変なイメージが付いてしまっていた。
ここまで来る間に色々と聞いてなければ、多分それでもいいと思ってたはず。だけど、今の居心地の悪さは、もうそうしようとは思えなくなってるから……? 忘れ去ってた事が気になるのは、この状況をどうでもいいとは思ってないから……?
「……櫻井さん? あの、葵さん? 今、何を……?」
今はまだ、色々な事が短期間に起き過ぎてよく分からないけど……これまでのままでいいとは、もう思えない。あの嫌な記憶は消え去りはしないけど、それでも姉さんの支えにはなってたのは分かった。だったら、いつまでもあんな記憶に邪魔されてなんかやるもんか!
「……櫻井さんじゃなくて、美咲でいいよ。姉さんは今は苗字は違うけど、元々は櫻井なんだから、違和感が凄いんだ!」
「……え?」
「姉さん、まだサインは書いてなかったよね? 色紙、貸して! 『サクラ』なら、私がオリジナルだから!」
「という事みたいだけど、結月ちゃんはそれでもいい? 私単独のも、別に用意はするけど?」
「あ、はい!」
「それじゃ、はい、美咲ちゃん、色紙をどうぞ。あ、右半分は開けておいて? 折角だから、姉妹特別バージョンを描いてあげましょう!」
「……姉さん、何を描く気?」
「え、ほら、昨日配信事故をやっちゃった時のあのアバターをちょちょいとね?」
「あれを描くの!?」
「えぇ!? 良いんですか!?」
あれー!? 水瀬さんが思いっきり食いついてきたよ!? あ、そっか。姉さんのファンだし、その上で私の『サクラ』も気に入ってくれてるんだから……普通なら絶対に表には出てこない組み合わせにはなるもんね。
「葵、今はそれをするなら――」
「美咲ちゃんが色々と決断するまでは、『立花サナ』名義は無しでしょ? それは分かってるから、ここは『サツキ』名義になるけど……結月ちゃんはそれでもいい?」
「はい! むしろ、その特別感が嬉しいです!」
「えーと、そうなると本名よりはハンドルネーム宛の方がいいのかな? 配信の方でコメントしてたりは?」
あ、そういえば私の配信を見てるのなら、コメントをしてる可能性もあったんだった! まぁコメントしてない人の方が多いし、コメントしてても音声での読み上げありにしてる人の方が少ないから、流石にその中の1人って可能性は低いと思うけど――
「よくコメントはしてますよ! ハンドルネームは『水無月』です!」
「え、水瀬さんが『水無月』さんだったの!?」
「うん、そうだよ! 初めは『立花サナ』……葵さんのSNSから知ったんだけど、『サクラ』ちゃんがこんなに身近にいるとは思わなかった!」
「うんうん、意外と世間は狭いものだよね! いやー、こういう事もあるものだから、世の中ってのはびっくり……痛い、聡さん……」
「明らかにその流れには原因が存在する訳だけど、その辺に関しては何かご意見は?」
「あの時はやらかして、すみませんでしたー!」
「「ふふっ、あはははは!」」
「これがたまに配信である光景なんだ!」
「そうだよー! 割とよくある事なんだ!」
あ、なんだか自然と笑い声が『水無月』さん……ううん、水瀬さんと重なってた。そっか、姉さんの『立花サナ』としての名前で色眼鏡で見られるのが嫌だったけど、あれがきっかけで今のこの時間があるんだ。……本当に、世の中には何があるか分からないね。
◇ ◇ ◇
それからは妙な居心地の悪さは消えて、美味しいお昼ご飯になっていった。水瀬さんには『リアルでも美味しそうに食べるんだね!』って言われたりしたのがちょっと気恥ずかしかったけども、その反面では嬉しくなってたのは内緒で!
「……うん、描けた! はい、姉さん、後はお願い!」
「任せなさーい! んー、この構図なら、こうだねー!」
「わぁ! オリジナルの『サクラちゃん』だ! わわっ!? 葵さん、描くの早い!」
ふっふっふ、アバター用のデータは3Dだけども、デザイン自体は普通に手書きでやるから、私は絵もしっかり描けるのですよ! 昨日、姉さんに色々教わったのも実践しながらやってみた!
でも、こうして『サクラ』を仮想空間以外で、リアルの紙に書いたのは初めてかも? それも色紙に黒一色でとか、完全に初めて! うーん、なんか新鮮な気分!
「はい、こんなもんでどうかなー? あ、最後にこれは忘れないようにね! 『サクラ&サツキ』は、美咲ちゃんが書く?」
「うん、そこは私に書かせて! 『水無月さんへ』も忘れないようにしないとね!」
「それじゃ、最後はお任せで!」
「はーい!」
という事で、最後の仕上げ! こうして同じ狐をモチーフにして、姉さんの絵と並べて描くと私の方の出来が悪いのが明確に分かるけど……それでも、もう私は私が作ったものを大事にしよう! 『立花サナ』の絵じゃなくて『サクラとサツキ』の絵を、水瀬さんが選んでくれたんだし!
「……これでよし! はい、どうぞ!」
「ありがとう! 美咲ちゃん、葵さん! それと……サクラちゃん、サツキさん!」
「どういたしまして!」
「……私こそ、色々とありがとね、水瀬さん。なんか、色々と吹っ切れた気がする!」
「それなら、私の事も結月って呼んでほしいなー?」
「うん、結月ちゃん!」
「それでよろしい! 応援してるからね、『サクラちゃん』!」
「ありがと、『水無月さん』!」
「「ふふっ!」」
こんな事になるとは欠片も思ってなかったけど、なんだかんだで高校の同級生に友達が出来たよ! あはは、リアルで家族以外とこんな風に笑ったのって、本当の本当に久しぶりな気がする!
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