第289話 実況外の探検録 Part.14


【1】


 仮想空間に作られた和室の中に置かれた立派な机の前に、9本の尾を揺らしながら銀髪の狐をモチーフにした女の子のアバターが正座をしていた。

 具体的な作業内容がどうなっているのかは本人は良く把握していないが、ホームサーバーの買い替えが決まり、設置日時も決まった事でご機嫌なサクラである。だが、ふとした瞬間に表情が変わった。


「……あと少しで、ここともおさらばですか」


 おいこら、急に哀愁の漂う雰囲気に変わって意味深な言葉を呟くんじゃない。いや、確かに今のこの和室は買い替え予定の古いホームサーバー上に展開されているから言葉自体は間違いではないけども!

 今の発言だけだと、もう今回で配信も実況外のプレイも最後だと思われるから! 誤解を招く発言はやめなさい!

 

「名残惜しんでも仕方ないですね! まぁまだ明日はありますし、頑張ってやっていきましょう!」


 だから、言葉が足りてないって! それだと明日で最後みたいじゃないか!? ホームサーバーを買い替える事を伏せるなら完全に移行が完了するまでは伏せて!

 伏せないなら、ちゃんと買い替える事を説明して!? 中途半端が一番混乱を招くから!


「さてと、今日はライオンの方からやっていきますね! 先に明日の配信開始の目的の、始まりの森林の東端を目指します!」


 その方針自体は何も問題ない! そこには問題はないけど、変な誤解が発生する可能性に気付けー! 伝えなきゃいけない情報が欠落して、中途判場な情報が残ってるって厄介な状況を作り出し――


「それじゃライオンのプレイから開始です! 頑張りますよー!」


 あぁ、何も気付かないままプレイを始めてしまった。これは録画が終わって、公開になって視聴者たちが見て戸惑うやつだ。……誰のツッコミも届かない実況外のプレイ、これが恐ろしいところである。



【2】


 森の中にある川の水源となる湧き水。それによって形成された浅い湖の中に、普通のライオンとは違った、電気を放つ異形のライオンの姿があった。言わずとしれた、サクラの操作するライオンである。


「わっ!? そういえば水から出てないままでした!?」


 そして、湖から出る事なくログアウトしていた状態であった。大慌てで湖の中から出ていく様子はサクラらしいけど、その辺はログアウトする前に気付きなさい。


「さてと、サクサク進めたいので、シンプルにやっていきましょう! 『看破』『獅哮衝波』!」


 開始早々、森の破壊を選んでいくサクラである。その手段は進化ポイント稼ぎにはなるからそれでも良いんだけど……どういう敵を巻き込むかは、その時次第。

 その辺を分かってやっているのだろうか? 場合によっては、配信中と同じ事も起こるんだけども……。


「うーん、溜めが終わるまでが暇ですねー。1段階目までは、先に進んでおきましょう! 折角なので、どこかに採集出来るものはありませんかねー?」


 そう言いながらサクラは東に向けて駆け出していく。待っている間が暇になるのはスキルの性質上の問題なので、そこは仕方ない。仕方ないのだが……あちこち向くのは止めた方がいいぞ。


「あ、今のってもしかしてチドメグサですかねー? 少し戻ってみましょう!」


 余所見をしながら進んでいくサクラが、今通り過ぎた場所を振り返っている。それは溜めが終わった時に……あぁ、遅かったか。


「あ、1段階目の溜めが完了……って、あれ!? 東じゃない方向で動けなくなっちゃいました!? わわっ!? 首が動く範囲にしか狙いが動かせないんですけど!?」


 2段階目の溜めに入れば胴体部分は動けなくなるのだから当然の事。まぁ首の回る範囲ならば狙いは調整できるから、普通は問題は無いのだが……流石に振り返っている状況から、目的地の東側に向けての発動は不可能である。……真後ろだし。


「うぅ、いきなり予定が狂ったじゃないですか! むぅ、仕方ないです。1段階目で発動するしかないですね! えーと、敵自体はいましたし……こっちの方向に獅哮衝波、発射です!」


 そうしてサクラは、溜めている間に進んできた道のりの部分へと獅哮衝波を放っていく。木々を薙ぎ倒して、数体の敵の生命を削っていた。

 というか、いきなり予定が狂ったと怒っているけど、狂わせたのはサクラ自身である。文句なら自分自身へどうぞ。


「……あ、そういえば才智の何かがいたような気もします? って、やっぱりいましたよ!? 才智のクワガタ……毒は無さそうな雰囲気ですし、意外と平気そうです?」


 あのー、もう少し考えて攻撃をしようね? この攻撃手段は、敵を巻き込む事は知っているはずなんだけども……。それに才智は毒だけじゃない事を忘れてはいないだろうか?


「って、他にも思った以上に数がいるんですけど、何ですかこれー!? 『放電』『放電』『放電』! わわっ!? 根が地面からー!? 当たったの、木ですかねー!?」


 その通り。サクラの攻撃は、虫の集まる木へと直撃していた。1段階目での発動だから、削れている生命も半分にも届かない。

 敵の平均Lvは19程だが、種類としては強烈なカブトムシ、才智のクワガタ、巧みな蝶、堅固なナナフシ、強烈な樫である。


「わっ!? わわっ!? ちょっと木の根が!? 『放電』! 厄介なんですけどー!? 『放電』! これ、動かない木ですよねー!? 『放電』!」


 慌てて地面から襲い掛かってくる木の根の攻撃を躱しながら放電を繰り返すサクラだが、流石に状況は悪い。そして、サクラの疑問に答える者はいない。まぁサクラと樫の木は離れているので、攻撃の距離的に動かない木で確定だが。


「ぎゃー!? ナナフシが突っ込んできてるんですけど!? 『咆哮』! って、足元にクワガタ!? 『身構え』! ぐふっ!」


 あぁ、見事なほどに樫の木の根がサクラのライオンに刺さっていった。クワガタにも脚を挟まれて、身構えを使っていなければ死んでいてもおかしくないダメージを受けている。


「わわっ!? このクワガタ、出血にしてくるんです!? 」


 想定していなかったタイミングでの乱戦になったため、サクラの動きが良いとは言えない状況。まぁ自分で蒔いた種だから、頑張ってどうにかしてください。


「うがー! ここで死んでたまりますかー! 『雷纏い』! ついでにこれです! 『威嚇』!」


 かなり弱った状態を覆す為に、切り札となる雷纏いを発動していくサクラであった。そこに威嚇を加えるのは……まぁ死ぬのを回避するのには有効な手段ではあるか。


「って、逃げるんじゃないですよ! えいや! それでこれです! 『疾走』!」


 敵を追い払うスキルを使っておいて無茶を言うんじゃない! まぁそこで即座にチドメグサを食べて、疾走から体当たりをしていくのは良い判断だけども!


「全部、私の進化ポイントになってもらいますからね! 急加速で体当たり!」


 そこから逃げている虫たちを追いかけて体当たりして麻痺させて放り投げていく状況になっていく。1度麻痺してしまえば、逃げようと思っても逃げられないのだから。


「『噛みつき』! ふっふっふ、武器は手に入れたのでここから反撃開始です! まずは才智のクワガタから!」


 そうして、後は作業的に仕留めていくだけとなった。……カブトムシを咥えて武器にするのは、相変わらずではあったけども。



【3】

 

 不意に発生した乱戦を終えて、サクラは湖へと戻ってきていた。うん、まぁそもそもそんなに離れる前だったしね。回復の為に戻ってくるの自体は正解だ。


「……うぅ、いきなりHPが減り過ぎですよ! 全然進めてないんですけど!?」


 そんな愚痴を言いながら、サクラは湧き水で生命を全快させていく。目的地への移動は欠片も進んではいない。その代わり、進化ポイントは6ほど手に入ってはいるけども。


「まぁ進化ポイントが手に入ったので良しとしましょう! そっちも今の目的ですしね!」


 それはそうなのだけど、進みながら進化ポイントを稼ぐはずだったのでは……? 進んでいくはずが、スタート地点へ戻ってきてどうする。 いやまぁこの距離なら回復の為に湧き水を使った方が良いけども。


「さーて、全快です! 威嚇の効果が切れないと戦いにくいので、今のうちに進んでいきましょう! 雷纏いが使えるようになるまでは、破壊も無しですねー!」


 まぁ堅牢が低いサクラにとっては、乱戦での命綱は雷纏いである。それを再び使えるようになるのを待ちながら、威嚇で追い払いつつ先に進むのはありだろう。なにせ全然進んでいないのだから。


「それじゃ改めて出発です! 『疾走』!」


 そうしてサクラのライオンは、再び東に向けて移動を始めた。……今度はちゃんと進めればいいのだが。

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