マイタケ

 小学生の頃から絵を描くのだけは得意だった。美術の成績はいつもクラス一で、先生によく褒められた。作品展で佳作を取ったこともあったし、アニメとかの模写も得意だった。休み時間には自由帳にキャラクターの絵を描いていると、みんな群がってきて褒めた。あれ描いてくれ、これ描いてくれ、とリクエストされて、僕は得意になって描いた。将来は画家か漫画家になろうと思った。


 だが福井君というのが東京から越してきて、僕はクラス一ではなくなった。福井君はまるで本物みたいに、花や人物などの模写をやった。美術の先生は新たなお気に入りの生徒の才能に夢中になり、僕はすっかり忘れ去られたようだった。しかも福井君は勉強も出来て、一々話すことも大人びていて、逆にみんながよく知るアニメキャラクターのことなど知りもしなかった。だがみんなはむしろそれを面白がって、あれ知ってる? これ知ってる? などと他愛もない質問をしては、興味深がった。僕は今までの自分が恥ずかしくなって、描きためた自由帳をこっそり、家の押入れの奥に封印した。


 ある日、美術の授業で、壺のスケッチがあった。みんなが描き始めて完成しないうちから、福井君の周りに人だかりができていた。教室の後ろでスケッチをしていた僕のところまで福井くんを誉めそやす言葉が聞こえてきた。「うまいなあ」「大人が描いたみたい」「写真見てるみたい」僕は真面目にスケッチしていた手を止め、未完成の壺をわざと適当に仕上げた。描き終えた壺はまるで元から力を入れて描いていないかのように見えた。それから僕は、壺の後ろで何やら書き作業をしていた美術の先生の顔を、キャンパスの余白に描きはじめた。ことさら皺を深くして、薄い頭皮もさらにもう少し薄くして、滑稽だが憎めなく見えるように気をつけて描いた。


 一人の生徒がうまく僕の絵を発見して騒ぎ立てた。「おい、こいつ先生の絵描いてるぞ」たちまち僕の周りに人が集まってきた。僕は照れて先生の絵を消しゴムで消すふりをした。その男子生徒が「いいから、いいから」と言って僕の手を制し、僕の絵は「嫌々ながら」、衆目に晒されることとなった。みんなが見て笑った。僕は恥ずかしがるふりをした。その方が受けがいいのが分かっていた。しまいに先生まで寄ってきて笑いながら僕のことを叱った。僕も笑いながら謝り、みんなが僕の背中を叩いた。


 僕たちが描いた壺の絵は二科展に出展され、福井くんの絵は最優秀賞をとった。僕の手抜きの壺の絵は、当たり前だが何の賞も取らなかった。だが真面目に書いても、福井くんの絵の方が上手いことは明らかだった。ただこの頃から僕はクラスの人気者になった。真面目な顔をして不真面目なことをやっていれば、クラスのみんなは笑った。率先して不真面目なことをやっているだけで、なぜかみんなから一目置かれるようになった。僕は積極的に不真面目をやって、クラスのみんなを笑わせて、人気者になって、テストで中くらいを取って、美術の成績で3を取った。その後、そこそこの大学に進学し、そこそこの企業に就職して今もぼちぼち働いている。いまだに万事おちゃらけたふりをする癖は治っていない。「あいつは面白いやつだ」「普段ふざけてるけど、やるときはやる」「意外と頭の切れるやつだ」そんな言葉を聞く度に、人知れずほっとして、そんな自分が嫌になる。


 福井君は東大の院に進学し、何でも最近博士論文が権威ある賞を取ったらしい。小学生の頃からの夢だったノーベル賞も、将来的には実現不可能でないとの噂だ。


この間僕が実家に帰ったとき、押入れの奥から小学校の頃の自由帳が出てきて、パラパラめくってみた。ポケモンやらナルトやらアニメキャラの絵とか、自分の手を繰り返し色々な角度からスケッチしたやつ、鉛筆やシャーペンの模写、時計の絵、教室の絵などが余白にびっしり描かれていた。だがあるページから急に途切れてしまって、あとは白紙が続いている。どうせなら今、何か書き込んでやろうと思ったのだが、想像力が枯渇して、何にも書きたいものが出てこなかった。

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