第23話桜の記憶

 境内けいだいからなら兄様が帰って来るのがすぐにわかる。


 表の通りを見る戸口からは、青白い月が桜の木を照らす。

 昨日は大分膨らんでいた蕾が早くもほころび始めていた。


 今日は灯篭とうろうに火を灯さなくても、月明かりが充分に辺りを照らしてくれる。

 兄様も随分歩きやすいはず。


 夕刻から気になり出した不穏な空気は、いまだに払拭ふっしょくされずにわだかまっている。


 あの白い鬼はどこへ行ったのだろう。

 村長の言うように、人を求めて移動したのか。

 そう思いながらも、その事実を飲み込みきれずにいる私自身にも気づいている。


「はぁ」

 何度目かの大きなため息が漏れた。


 人は目に見えない恐怖に慣れることができない。

 振り返れば、その白い鬼がいるかも知れない。

 そんな妄想に取り憑かれてしまう。


 見つめる戸口からヒラヒラと白い物が舞い落ちて来た。

 夜ともなればまだ冷えるこの季節、しかし雪が降るような寒さではない。


 何だ?

 不思議に思い凝らす目が、三つ四つと数を増やし、ゆるやかな風に乗るそれの正体を見る。


「桜の花びら……」


 でも、おかしい。

 境内の桜はやっとほころび始めたばかり、散ってしまうには早すぎる。


 腰を上げ、桜の木がよく見えるように移動する私の目に、満開の桜が月の光を浴びて、淡く白く輝きを放っていた。


 そのはかない美しさに息を飲む。


 と同時に、この異常な開花に桜の悲鳴を聞いたような、畏怖いふを感じた。


 バチンッッ!


 唐突に、大きな音に加えて神社を揺さぶるような感覚に戸口に掴まった。

 地震ではない。


 何か・・が侵入しようとして来ている。

 直感が、結界を張った鳥居を思い起こさせた。


 境内から、鳥居の見える回廊へと回り込む。


 朱色に塗られた回廊の奥。

 鳥居をくぐろうとする、闇夜に浮かぶ白い輝きは、遠目にも判るほど禍々しい重圧を振りまいていた。

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