第22話緑陰5

「うふふ。

 あなたの命が削られていくのが目に見えるみたい」

 扇子をたたむ渧幻姫も、至近距離での札の破裂には無傷とはいかなかったらしい。

 紅い唇の端からは深紅しんくの血が滴り落ちる。


 大きく肩で息をする緑陰も、それは分かっている。

 空から舞い降りる妖魔に破邪の札を放ち、牽制けんせいしつつも、渧幻姫からも目が離せない。


(やはりここにいる鬼は渧幻姫のみか)

 何よりも、村に残る薄紅が気にかかる。


 緑陰が懐に手を入れたのに反応し、渧幻姫が閉じたままの扇子を横一文字に振り抜いてきた。


「式神」

 和紙を人型に切り抜いた小さな依代よりしろは、一瞬にして大きな武人を形取る。


 振り切る槍が、渧幻姫の放った不可視の刃を切り裂き散らした。


「行けっ」

 式神の後に続き、緑陰も渧幻姫に向かい走り出した。


「随分な隠し玉ねっ」

 足元に転がる、事切れたトカゲを軽々と片手で投げつけ、渧幻姫も走り出す。


 式神が槍でトカゲを叩き伏せた瞬間、振り抜いた扇子が式神を両断した。


「式神ごときが」

 扇子の影から覗く渧幻姫の顔は、先程の美しさは影もない程般若はんにゃのごとく深くシワを刻み、吊り上がったまなこは見るものを射る。


 ただの和紙に戻り、散り落ちる依代の影から緑陰の手が伸びた。

 その手には鬼封じの札。

「忌まわしき鬼よ。去れ」


 立てた人差し指と中指が胸の前で印を切る。

「ふっ。あはははははは!」

 こらえきれず、渧幻姫の口から笑いが漏れた。

 鬼封じの札は渧幻姫の帯元に貼り付くと、その動きを封じる。

 苦悶の表情を浮かべながらも、渧幻姫の顔は何かをやり遂げた喜びに満ちて見えた。


(笑った)

 緑陰の胸中がざわめく。


 途端に目の前の小屋が吹き飛んだのかと思う程の瘴気が溢れ出る。

 ゆっくりと歩み出て来る者は、長く豊かな白髪を持ち、切れ長の瞳に微笑みをたたえる美しい男。


「我が、君……」


 渧幻姫の苦しそうな声にも興味を示さず、その瞳が緑陰を射抜く。


(これ程までとは)

 あまりの重圧。

「魄皇鬼」

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