第3話 代々木

 いつだったか引っ越していったタカコさんを訪ね、代々木へ来た。


 深い森のような公園が突然途切れ、白い大きなマンションが見えた。

 建物の入口に据えられた低い塀に座り、タカコさんはひらひらと手を振っている。会釈をして、足を早めてそちらに向かいながら、ふとタカコさんに今日の来訪をいつ告げたかが、気になり始めた。

「ごぶさたしてました」

「いいのよ」とタカコさんは微笑みながら答える。

「いつぶりになりますかね」

「ずいぶん経つわね」

 タカコさんの表情は変わらない。

「お伺いすると言ってからも、ずいぶん日が経ってしまいました」

 そうねえ、とタカコさんはゆっくりと、わずかに頷いた。


 タカコさんの部屋の壁は一面に真っ白で、白いブラウスを着たタカコさんは何度も壁と同化しかけた。小さなソファーに並び、二人で静かに紅茶をすすった。

 ベランダに出た。

 森のように感じた公園はこじんまりとしたもので、そのすぐ先には駅舎が見えた。駅舎からは大きな弧を描くように、線路が左右に延びている。左に延びた線路は、やがて立ち並ぶビルの影に隠れた。右に延びた線路は少し先の駅舎で分岐していて、そのまま弧を描き続ける線路はマンションの壁に遮られるまで、ゆったりと延び続けた。もう片方の分岐した線路は、遥か先までまっすぐに延び、空と地面の境目で霞んで消えた。

「あの先は、エデンへと通じているのでしょうか」

 大きな弧から分岐して、一人寂しげに先へと延びる線路を指差した。

「あの先にあるのはナカノで、さらに先にはハチオウジがあって、やがてはコウフにも繋がるけれど、エデンには通じてないわ」

 タカコさんは首を振った。

 エデンへのチケットは、申請すれば、時間はかかるが確実に手に入れることができる。でも、どこから、どのようにして行くのかは、知らなかった。


 タカコさんはいつ、と言いかけて、やめた。

 日が暮れ始める。どこか遠くで汽笛が鳴っていた。少し冷えてきたので、部屋に戻り、青白い陶器のポットから紅茶を注ぎ、二人並んでゆっくりとすすった。

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