想いの形

 イシャール堂内工房にて。


「・・・できた・・・」


 エイミの手には一振りの短剣が握られていた。


 その短剣は光の加減で薄く虹色に輝き、まるで工芸品のような光沢を放っている。


「今回の仕事はなかなかに大変だったな」


「うん。ありがとう、お父さん」


 エイミがイシャール堂に台座を持ち込んでから十日経過していた。


 素材解析からはじめ、追加で必要な素材の収集、精錬、鍛造、研磨、鞘収めと工程を行いやっと完成した一振りだ。


(何とか間に合った・・・)


 贈り物のイベントの日は明日。


 何とか間に合わせるためにエイミはいつも以上に父の手伝いを頑張った。


 渡すアルドはイベントの事を知らないので遅れてもよかったかもしれないが、エイミ自身がそれを許したくなかった。


「・・ミ、おい、エイミ」


「え?あ、何?」


「だから残った素材はどうするんだって聞いてるんだ。そんなにその短剣が出来た事が嬉しかったのか?」


「えっと・・・うん、みんなに手伝って貰ったから」


「・・・そうか。んで残った素材はどうする?」


「うーん、もしよかったらここで使ってくれる?」


「いいのか?」


「うん。お父さんならちゃんとした使い方してくれるし、皆も納得してくれると思う」


「そうか・・・。わかった、じゃあありがたく有意義に使わせてもらう」


「うん。それじゃ私はその事皆に伝えてくるね。ありがとう、お父さん」


「あぁ」


 そう言ってエイミは短剣を持ってイシャール堂を後にする。


 そんな姿を父親は目を細めて見送った。




「エイミ」


 素材の事を伝えに街を歩き回っているとヘレナに呼び止められる。


「あ、ヘレナ。素材の事なんだけど・・・」


 素材の使い道について話すとヘレナは頭に手を当てて呆れた声を出す。


「素材の件は良いとして、貴女、大切な事わすれてない?」


「え?」


「約束よ約束。ちゃんとアルドに明日渡せるよう約束は取り付けたの?」


「あ・・・」


「アルドはあんな性格でしょ?ちゃんと捕まえておかないと何処にいるかわからないわよ?」


「わ、わかった!アルドを探してくる!」


「えぇ、そうしなさい」


 少し慌てた様子で去るエイミを見送る。


「ありがとう、ヘレナ!」


「はいはい」


 少し遠くから礼を言われたヘレナは溜息を付きながらも少し嬉しそうに微笑んだ。




 次の日。


 エイミはバルオキーに来ていた。


 アルドはミグランス王からの依頼をしているため一緒にはいなかった。


(大丈夫、アルドならきっと来てくれる)


 前日にアルドに予定を聞いた時、手が空いたらヌアル平原に来てくれるよう伝えた。


 アルドは一瞬不思議そうな顔をしたが、何も聞かず頷いてくれた。


 ただ、何時になるかはアルドもわからないと言っていたのでエイミは早い時間にヌアル平原に近いバルオキーに来て時間をつぶしていた。


「エイミさん?」


「ん?あ、フィーネ」


 ぶらぶらしているとアルドの妹であるフィーネに声を掛けられる。


「バルオキーに何か御用事でも?」


「ううん、待ち合わせまでの時間があるから寄らせてもらってるだけ」


「それでしたらよければうちに寄っていきませんか?」


「いいの?」


「えぇ、是非いらしてください!」


 満面の笑みで招待されては断るわけにもいかず、エイミはアルドとフィーネの住む家へお邪魔する事にした。


「おじいちゃんは用事で夕方まで帰ってこないのでゆっくりしていってください」


「ありがとう」


 フィーネとは一対一であまり話さなかったので丁度いい機会になった。


 年の近い姉のような存在が出来たからか、フィーネは嬉しそうに色々な話をして来た。


 旅立つ前の頃の話、バルオキーの人達の話、アルテナの話、そしてアルドの話。


 フィーネにとって他愛の無い話だったがエイミにとってこの時代の人の話はとても興味深いものだった。


 特に興味が惹かれたのが普段のアルドについて。


 エイミから見たアルドはお人好しで朴念仁だが戦いとなればとても頼もしく思える仲間という認識だった。


 しかしフィーネが話すアルドは戦士のアルドではなく兄のアルドだった。


 食事の時に好き嫌いをする、寝起きが悪い、流行に疎いなど妹視点ならではの小言も聞かされた。


 それでもそれを困りながらも許してるのはアルドのことを信頼しているからなのだろう。


(いいなぁ・・・)


 エイミはアルドとフィーネの兄妹愛が少し羨ましく感じた。


 自分も父親とは仲良いとは思うものの、そうではない、何とも言い表せない羨ましさがあった。


(私にもフィーネみたいな妹がいたらどうしてただろう?)


 そんな事を想像したところでエイミの思考が変な方向に繋がる。


 フィーネのような妹がいたら、いや、妹ではなく義妹なら出来るのではないか?ではどうすれば・・・。


 そこでエイミは強制的に考えるのを止めた。


「・・・エイミさん?大丈夫ですか?顔真っ赤ですよ?」


「え?あ、ううん、なんでもないなんでもない」


 不思議そうに顔を覗くフィーネを見て慌てて顔を振って熱を冷ます。


(私ってば何を考えているのかしら)


 慌ててフィーネに悟られないよう取り繕いながら話を聞くのを再開する。


 しかしそれまでより集中して聞けず、そんな様子にフィーネは首を傾げていた。




 日も大分傾いてきた頃、エイミは家の前でフィーネに挨拶をする。


「長居しちゃってごめんね」


「いえいえ、沢山お話できて嬉しかったです。また来てくれますか?」


「うん、是非」


 若干挙動不審な部分はあったとは思うがフィーネとは仲良くなれたとエイミは感じる。


(ご飯美味しかったなぁ・・・)


 別れを告げ、ヌアル平原に向かいながら先ほど食べた料理を思い出す。


 フィーネの勧めで昼食も一緒に食べたのだが、フィーネの手料理はとても美味しかった。


 アルドが自慢げに妹の料理の話をしていたが、納得の美味しさだった。


 そして同時にアルドに対して料理のプレゼントにしなくて本当に良かったと思った。


(今度教えてもらおうかな)


 フィーネの調理の様子を遠くから眺めていたが、まるで料理人のような手際の良さだった。


 この時代の人なら普通の事なのかもしれないが、エイミの時代では機械のサポートがあるのが当たり前なので、サポートなしにあれこれできるのは凄いと思った。


(もしちゃんとしたのが出来たら・・・)


 今日出して貰った料理をもし自分が作れた時の事を考えてハッとする。


 何故か頭に出てきた映像はアルド一人相手に用意している様子だった。


(いやいや、なんでアルドだけなの!?)


 頭を左右にブンブンと振って思い浮かべた映像を消す。


 どうも今日は自分の想像の方向がおかしい。


 いや、今日は特に酷いだけで少し前からその傾向があったように思う。


 エイミはそんな未知の感情に戸惑いながら平原を進む。


「ゴブ?」


「ゴブ!」


 平原の待ち合わせ場所付近でゴブリンが集まっており、エイミに気付くと敵対姿勢を取ってきた。


「いいわ、丁度モヤモヤしてたところだし相手になってあげる!」


 不幸なゴブリン達はエイミのストレス発散に付き合わされる事になった。




 エイミがゴブリンと戦っている頃、アルドはリンデに来ていた。


「すまんな、アルド、護衛なんてことさせて」


「いえ、光栄です、ミグランス王」


 アルドが請けた依頼とはミグランス王の護衛任務だった。


 本来なら護衛は城の兵がするものなのだが、今回セレナ海岸で大規模な演習があり、兵はそちらに出てしまっていた。


 また、王がこの演習の視察をする事は知らされておらず、お忍びによる演習視察なため、アルドのような信頼できる冒険者に護衛を頼む事となったのだ。


「してアルド。お主から見て今回の演習はどうであった?」


「どうって言われても・・・」


「アルドの感想でよい。忌憚のない意見を述べてみよ」


 ミグランス王に言われ、アルドは演習を見た感想を素直に答えた。


「ほう。なるほどな・・・」


「あくまで冒険者としての感想なんで」


「良い。たまには別の視点からの意見も必要となるのだ」


 ミグランス王はアルドのことを買っており、アルドもそのような評価を貰っている事に恥ずかしさはあるものの嬉しく感じていた。


「さて、そろそろミグランスに戻らねばならぬな。戻ったら食事でも一緒にどうだ?」


「あ・・・えっと、すみません。着いた後はちょっと用事があるので遠慮させてもらいます」


「む。差し支えなければその用事とやらについて聞いてもよいか?」


 アルドはエイミにヌアル平原で待ち合わせしている事を伝える。


「な・・・!?馬鹿者!それを早く言わぬか!」


 アルドの話を聞いた途端、ミグランス王は血相を変える。


「えっ?え!?」


 あまりの変化にアルドは状況が呑めず困惑する。


「帰りの護衛はしなくて良い!報酬は払う故、今すぐ向かうのだ!」


「え、ですが・・・」


「護衛はもう一人おる!いいから早く行くのだ!」


「は、はい!すみません、ありがとうございます!」


 ミグランス王の気圧されながらアルドは報酬を受け取り何度も礼をしてから走って帰っていく。


 そんなアルドの背中を見ながらミグランス王は溜息を付く。


「まったく・・・。女性を待たせると後が怖い事を知らぬのか」


「王はそれをよくご存知ですからね」


 もう一人の護衛、今は傭兵をやっている隻眼の古い馴染みがぼやく。


「言うな。それでも妻は私と結婚してくれたのだ」


「では今日も急いで帰らねばなりませんな」


「うむ。アルドの抜けた分しっかり頼むぞ」


「はっ」

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