証の真意
時は少し戻り、工業都市廃墟にて。
エイミが証集めをしている時、ヘレナはかつて自分が使っていたデータ収集端末の前に来ていた。
(もう使わないと思っていたのだけど・・・)
少し埃をかぶった端末に電源を入れて再びアクセスを試みる。
調べる物はエイミに渡した硬質素材の石版についての情報。
ヘレナは当時この情報を得た際、作れる素材が手に入らないことが判ると直ぐに情報としての価値を下げ、別の情報を集める方向へ行動を変えた。
そのせいで石版としての歴史的な背景や収集物の詳細などについての情報までは持っていなかった。
(あの子の助けになればいいんだけど)
今回エイミが実際探すとなったので情報を改めて洗い直す必要があると思い、ヘレナは端末から情報をかき集める。
さすがに古い時代の物なので様々な推測や憶測が入った情報が混在しておりなかなか有意義な情報が見つからなかったが、それでもヘレナは根気強く情報収集を行った。
およそ半日程収集端末前で情報収集を続けたところでヘレナは声をあげた。
「・・・これは・・・っ!?」
その情報を見て、急いで他の情報と照合し、疑惑が確証に近い段階になったところでヘレナは端末から情報収集するのを終了した。
(・・・エイミっ!)
心の中で情報を渡した人物の名を叫び、ヘレナにしては珍しく慌てた様子でその場を後にした。
「・・・」
コリンダの原の地にてエイミは何かに取り憑かれたように黙々と作業をしている。
場所はコリンダの原の高台の端。
そこには上が平坦で下が錘状になった子供大程の石があり、エイミはその石の台座に道具と集めた証を置き、占い師に言われた手順で作業を行っていた。
まず、キノコと植物をすり潰し、水と混ぜる。
そして鉱石を台座の上に置き、混ぜた液体をゆっくりと垂らす。
液体が鉱石にかかると鉱石内の宝石が溶け出し、まるで石から血が流れ出すように台座に広がり、染み込んで行く。
台座には複雑な紋様が描かれており、溶けた宝石が染み込むとそれは赤い血管のような禍々しさになっていった。
『クク・・・フフフフフ・・・』
溶けた宝石がすべて台座に染み込むと何処からか不気味な笑い声がする。
『よくやった娘。お前のおかげで我々は復活する事ができたぞ』
台座から煙が噴出し、次第に形を形成していく。
その姿は四大精霊の成れの果てを合成したような異形の見た目をし、それぞれ頭、両手、腹に顔があった。
しかしそんな異形の魔物を前にしてもエイミは驚かずうつろな目をしたままだった。
『・・・ククク、術が効いていて我らの声も届くまい』
『そのようだな』
『やっと適性のある者を見つけられた。この時をどれほど待ちわびたことか』
『うむ。では、最後の仕上げに、いただくとしようか』
そう言って魔物はエイミの頭を掴み持ち上げると腹の顔にある口が大きく開かれる。
エイミは四肢がぶらりと垂れ下げ無抵抗のまま次第に開いた口が体に近付く。
「エイミ!!」
声と共に斬撃がエイミを掴んだ腕を切り裂く。
「うぐぉぉっ!!」
「誰だ!?」
魔物はエイミを落とし自分達に刃を向けた者を睨みつける。
「お前、エイミに何をした!?」
「エイミさん!」
「しっかりするでござる」
「早く貰った解呪の水を飲ませて」
そこには剣を構えたアルド、それにリィカ、サイラス、ヘレナが居た。
『なんだ貴様ら!?その娘の仲間か?』
「そうだ。お前が封じられていた魔物か!」
アルドが叫ぶと魔物は腕を再生させながら怒りに震える。
『魔物・・・魔物?否!我らは精霊の加護を受けし者!』
『精霊の加護を持ち、更なる高みを目指した者!』
『我らこそ至高!完璧なる存在!』
『故に我らの復活を妨げる者は許さん!』
魔物の顔がそれぞれ咆哮をして戦う構えを取る。
そこへサイラス、リィカ、ヘレナがアルドの元へ戻ってきて武器を構える。
「アルド!エイミどのに解呪の水を飲ませたでござる!」
「安全な場所に休ませマシタノデ!」
「いつでもいけるわよ」
「よし、やるぞ!」
四大属性を持った魔物とアルド達の戦いが始まった。
魔物との戦いは熾烈なものになった。
「くっ・・・」
『ククク・・・どうした、勢いが落ちてきたぞ?』
『所詮は人。その程度では我ら完全なる存在を倒す事は出来ん』
復活したばかりの魔物の攻撃は精度がまだ高くないため何とかいなしていたが、アルド達の攻撃も決定的な攻撃を与えられずにいた。
自らを完全なる存在と言うだけあって魔物は四大属性の攻撃をそれぞれの部位で受け止め、己の力へ変換していた。
かといって四大属性の力を借りずに攻撃してもその再生能力の高さで直ぐに傷が塞がってしまい、アルド達の体力だけが消耗されいく状態だった。
「くそ・・・どうすれば・・・」
攻め手に欠ける状態に次第に焦りが出てくる。
その焦りは動きの精度にも出始め、魔物の攻撃を受ける回数も徐々に増えていく。
「・・・見ていられんな」
魔物とは違う声がアルドの腰に下げた剣から聞こえる。
「オーガベイン!」
「いつまでそんな小手先で戦っている。一気に勝負を付けろ」
「だけどっ」
「再生するならそれを上回る攻撃をすればよいだけだろう。我が力を貸してやる。上手く使いこなせ、アルド」
「っ・・・わかった。みんな、全力で行くぞ!」
アルドの掛け声に全員の攻撃のギアが一段上がる。
『む・・・。無駄な事を!』
攻撃の切れ味が増した事で魔物の応戦も激しくなる。
「リィカ、タイミングが来たらエネルギーを私に預けてくれる?」
「了解デス!」
自分のエネルギーを相手に預ける行為は危険を伴う行動なのだが、ヘレナの言葉にリィカは意図を聞き返さず、了承する。
「よし!今だ!オーガベイン!」
「うおおおおお!!」
オーガベインが吼えると魔物を含めた辺りの風景がモノクロに変化し時が止まる。
その間にアルド達は斬打を魔物に浴びせかけ、最後の一撃に力を集める。
「アルド、拙者に併せるでござる!」
「おう!」
アルドとサイラスは連携して同時に魔物をクロスに斬り裂く。
「これで、おしまいよ!」
そして最後にヘレナが自らを弾丸のように回転させながら突撃し、クロスに斬った中心を抉り抜いた。
ヘレナが魔物を背に着地した次の瞬間周りの風景は元に戻る。
『な・・・なにが・・・』
『オゴ、オゴゴゴ・・・』
『おのれ、我らが』
『オノレエエエエエ!』
そしてアルド達の猛攻を受け止め切れなかった魔物が断末魔の声をあげ、体から黒い煙を吐きながら塵に消えていった。
「はぁ・・・はぁ・・・なんとか、倒したか」
「うむ。なかなかに強敵でござったな」
膝を付くアルドとサイラスの横をリィカが通り過ぎる。
リィカが向かった先は同じく膝を付き、さらに手足の各関節から煙を出したヘレナだった。
「ヘレナサン!」
「大丈夫。ちょっと負荷掛けただけだから。はぁ・・・折角新しくパーツ入れたのに、また買い直さなくてはいけなくなったわ」
一番消耗の大きかったヘレナからいつもの皮肉めいた言葉が発せられたことでみんな無事だったのをアルド達は改めて実感し、安堵の笑みが自然と出てきていた。
「ん・・・ここは・・・?」
「気がついた?」
エイミはゆっくりと体を起こすと付き添いにいたヘレナが声を掛けてくる。
「ここはパルシファル宮殿の医務室よ。貴女どこまで覚えてる?」
「どこまで・・・?」
ゆっくりと記憶の紐を手繰り寄せると次第に自分が何をしていたかを思い出してくる。
「最初ヴァシュー山岳で鉱石を手にして、それから・・・えっと確か植物を採取して・・・アクトゥールに移動して・・・うーん・・・」
「無理に思い出そうとしなくていいわ。やはり途中から操られていたのね」
「どういうこと?」
「貴女呪いを受けたのよ」
「呪い?」
「えぇ。魔物が自分の復活を手助けする存在を意のままに操るよう出来る呪い。それで貴女は魔物の復活を手助けしてしまったの」
「そんな・・・」
ヘレナはエイミに事の顛末を説明する。
エイミと接触した占い師は実は魔物の手先となるべく動かされており、魔物を復活させるのに適した人材を探すために使われていたこと。
占い師の水晶には魔物と繋がる特殊な呪紋が施されており、見た者を意のままに操る呪いが掛けられるようになっていたこと。
そしてコリンダの原で魔物が復活し、駆けつけたアルド達の手によって倒されたこと。
「じゃあもう魔物はいない?」
「えぇ。貴女の呪いも完全に消え去ったわ」
「そっか。ありがとう」
「・・・私は感謝される立場じゃないわ。私がちゃんと文献のデータを全て知ってから渡していればこんな事にはならなかったもの」
「ヘレナ・・・」
ヘレナはエイミにデータを渡した後、一応と思い再び文献について詳しく調べてみた。
するとその文献に関連したものが見つかった。
太古の時代、精霊の力を集め、御する研究が行われていた。
その研究はある程度成功を収め、新たな魔法や技術を生み出したが研究者達はそれだけに満足しなかった。
今度は精霊の力を合成する研究をはじめ、干渉しない属性であれば合成可能である事が理論上判明した。
そこで研究者達は適性のある生物で属性合成の研究を開始、キメラのような複属性を持つ生物を誕生させた。
次第にその研究は加速し、四大属性全てを持ち得る生命体の研究へと移っていった。
しかしその研究もある時を境に突如終焉を迎える。
合成生物の反乱。
四大属性を持ち得るには御する知恵も持ち得なくてはならず、結果としてその知恵を持った者が旗頭となり合成された生物達を率いて研究者達に牙を剥いたのだ。
そこからは人と合成生物との戦いになった。
研究者達を亡き者にするだけでは飽き足らず、人そのもの、果ては大精霊へも怨みを持った合成生物達は各所で暴れまわるも次第に数を減らした。
しかし四大属性を持った旗頭だけは別格で、属性攻撃を軽減し、再生する究極体であったため倒す事はかなわなかった。
そこで人々は合成生物を誘導し、封印する事で何とか倒す事に成功し合成生物との戦いに終止符を打つことができたのだった、
だが、合成生物は完全に消えてはおらず、封印されながらも呪いの力で人を惑わし、復活を遂げようと考えていた。
彼らは"詩"を用いて人々から復活の力を得ようとしていた。
"詩"自体には呪術的な要素は含まれていない事が先日の発表にて解明されたが、彼らはこのような"詩"をいくつも作り、広める事で人々に何気なく復活の手伝いをさせようと
していたのではないかと考えられる。
その"詩"については以前発見された資料を参照されたし。
この記述を見つけたヘレナは急いでアルド達にそれを伝え、エイミの後を追った。
封印された地までは判らなかったため呪術に詳しいパルシファル宮殿を経由し、解呪の水を貰ってからエイミの元へ駆けつけた。
「・・・危うく私は取り返しの付かない事をしてしまっていたわ。ごめんなさい」
「ううん。ちゃんと助けに来てくれたもの。ありがとう、ヘレナ」
「エイミ・・・」
「でもそっか、じゃあ素材の話は違ったのね」
「それについてなんだけど・・・」
「・・・?」
少し困ったような仕草をしながらヘレナはエイミについて来るよう促した。
エイミはヘレナと共に宮廷魔術師のラチェットのいる部屋へ移動した。
そこにはアルド、リィカ、サイラスの姿もあり、回復したエイミを見て喜んだ。
「エイミ、それ見て」
ヘレナは部屋に置いてある大きな台座を指す。
「これは魔物が封印されていた台座でござる。ラチェットが台座を調べたいと言ったので拙者達で取ってきたでござる」
「取ってきたって・・・大丈夫なの?」
不安そうに台座を見るエイミに呪術に詳しいラチェットが状態を教えてくれる。
「もう魔物の残滓も無いわ。ただの石と変わらないわね。・・・石ではなくなってしまってるけど」
「どういうこと?」
「長いこと四大精霊の影響を受けた魔物がいたせいで変質しててね」
ラチェットは台座を叩くと石とは違う響きのある音がする。
「もう調べ終わったから処分したいところなんだけど、硬い上に魔法も受け付けないのよね」
「それって・・・」
エイミはヘレナを見るとヘレナは黙って頷く。
「あの、もし良かったらこれ貰ってもいいですか?」
「いいけど、ここの鍛冶屋に持っていっても加工できないわよ?」
「大丈夫です。なんとかします」
そう、この時代の鍛冶では加工できなくても、エイミの時代、未来の技術なら何とかできるだろう。
いや、何とかしてみせる。
諦めていた心に再び火が宿ったエイミは力強く台座に手を置いた。
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