第3話「王太子殿下の嫁になりました」



「心配ないって言ったろ?」


ツィン伯爵が連行されると、ヘンリーが僕に後ろを向かせギュッと抱きしめた。ヘンリーと向かい合って抱きしめ合うことになり、心臓がドキドキと音を立てる。


「ヘンリー苦し……、ハインリヒ殿下苦しいです」


知らない事とはいえ、ハインリヒ殿下に一夜のお相手をお願いしてしまった。俺もそれなりの罰を受ける。


「つれないな、昨夜は情熱的に愛し合った仲だというのに」


だからその妖艶な声で耳元でささやくのやめてください!


「その件に付きましては、本当に申し訳なく……」


俺の額からだらだらと汗が流れる。不敬罪に問われてしまうのだろうか?


「そんな悲しいこと言わないでくれ、それともミハエルは僕とじゃ不満だった?」


キラキラと光る紫の目で見つめられ、心臓がバクバクと音を鳴らす。


「不満なんてそんな……!」


俺は慌てて否定する。


「じゃあ気持ちよかったんだね?」


「…………はい」


俺の顔に熱が集まる、昼間から外で何を言わされているんだ?


「僕はね、ずっと君と仲良くなるきっかけを探していたんだ」


「はい?」


「覚えてない、二年前王宮で開かれたパーティーのこと?」


覚えている。クソ親父に無理やり連れて行かれ、あちこちの貴族に「うちの息子は可愛いでしょう?」と紹介された。


クソ親父のことだから、俺の事を高く買ってくれそうな貴族を探していたんだろう。


王太子殿下の事もそのとき、チラッと遠目で見た。


あのときは雲の上の存在だと思っていた人に、今こうして抱きしめられている。人生とは思いもよらぬことが起こるものだ。


「パーティーで見たミハエルに一目惚れしてね、ずっとツィン伯爵とアイゼン男爵を潰す機会……いや君と知り合う機会を探していたんだよ」


「はい?」


王太子殿下が俺に一目惚れしたとか嘘だろ?!


「君はあのあとすぐに旅に出てしまったから、身を案じていた」


「殿下、護衛を山ほど付けて、動向を逐一報告させるのを『身を案じていた』とは言いませんよ……」


シャッテンさんが言いにくそうに話す。


「えっ?」


今何か不穏な事を言わなかったか?


「ミハエル様お気づきになりませんでしたか? ミハエル様をこの国まで運んだ旅の行商人も、宿屋の主人も、酒場の女将も、ギルベルトも、全て殿下の手の者です」


マジかっ!? 二年間ずっと殿下にストーカーされていたのか?


親父からの手紙が俺の元に届いたのも、もしかして殿下の……。


「未来の花嫁を心配するのは当然だろ? ギルベルトは本気でミハエルを口説こうとしていたからね、罰としてあいつの下肢についてる大事なものは切り落とすとしよう」


ヒッと声にならない声が出た。俺は自身の大事な物に手を当てる。同じ男として、ギルベルトにはちょっと同情……いや散々セクハラされたから同情しなくてもいいか。


「周囲のものを納得させ、ミハエルを迎えに来るのに二年もかかってしまったよ」


ツィン伯爵とアイゼン男爵を同時に断罪出来てよかった、と殿下は続けた。


間違いない、俺の元に親父からの手紙が届いたのも殿下の策略のうちだったんだ。俺はずっと殿下の掌の上で転がされていた訳だ。


「アイゼン男爵への処分はいかがいたしましょう?」


シャッテンさんが殿下に尋ねる。


「うん、取り敢えず幽閉(監禁拷問)処分かな、彼にはミハエルに爵位を譲ってもらわないと困るし、王太子の花嫁の父を牢獄に入れるのは体裁が悪い。とりあえず国の外れにある屋敷(悪霊の館)で、暮らして(生き地獄を味わって)もらおうか」


「御意」


気のせいかな? いまの殿下の言葉に別の意味があるように聞こえたような……?


「ミハエル、僕の初めては君に奪われたんだから、責任を取って結婚してくれるよね?」


殿下が童貞なんて嘘だ……! 閨の後不満を言われた事はないって言ってたし、めっちゃ慣れてる感じだったし!


というかその言い方だと俺が攻めみたいに聞こえるけど、攻められたのは俺の方だからね!


初めてを奪われたのは俺だからね!


……でも、窮地を救ってもらった俺に「いいえ」なんて言えるはずもなく。


「はい、殿下」


と笑顔で答えるしか俺に選択肢はなかった。


それだけじゃなくて、俺は殿下のことがそのなんて言うか…………好き♡


「殿下ではなく、ハインリヒと呼んでくれ」


「ハインリヒ様」


「呼び捨てにはしてくれないのかい?」


「呼び捨てはまだちょっと……」


殿下だと分かってまだそんなに時間がたってないのに、呼び捨てなんか無理だ。


「まぁ今はいいかな、時間はたっぷりあるんだし」


ハインリヒ殿下のキスの雨が降ってきた。


こうしてダメ親父にポーカーの賭けの対象にされて知らない間に売られていた俺は、王太子殿下の嫁になった。





ーーお終いーー





【後書き】


ヘンリーは英語読み、ハインリヒはヘンリーのドイツ語読みです。


プラティナムは白金の英語読み、プラティーンは白金のドイツ語読みです。


アイゼンは鉄のドイツ語読み。


ツィンは錫(すず)のドイツ語読みです。

 

シャッテンはドイツ語で影を意味しております。


ハイカードとはブタの事です。


酒場の女将さんは殿下の存在に気づかなかったようです。ミハエルに包丁を投げたので、それなりの罰は受けています。

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BL「クソ親父にポーカーの賭けの対象にされて知らない間に売られていたオレが、王太子殿下の嫁になるまで」 まほりろ @tukumosawa

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