49 ダンジョン突入

「“示せ、見聞の眼”」


 ダンジョンの前に辿り着くと、桜庭は心技である“覚醒”を発動する。次の瞬間、桜庭の顔上半分は巨大なVRゴーグルのような代物で覆われ、背中から生えた二本の細腕によってゴーグルがずり下がらない様に下方から抑えられた。ゴーグルの前面にはデフォルメされた可愛らしい瞳が浮かび上がり、前方を油断なく見据えている。


「前、見えてるんですか」

「問題ありません。マジックミラーみたいな感じですので」

「……なるほど」

「では、進みましょうか」


 桜庭以外は消耗を抑えるために戦闘時以外は“覚醒”を抑える予定だ。どうやら、戦闘系の能力は燃費が悪いらしい。


 桜庭の合図により、全体が進行を開始する。ダンジョンの入り口は道路上のトンネルと見紛う程に大きな穴で、行き先は薄暗く、足を進める度に怪物の腹の中へ自ら身を投げているような錯覚に陥る。正直、中々の恐怖感だ。


 今日の夜ご飯を想像することで怖気を打ち消し、足を進める。先頭を熊谷が進み、続いて藤堂、俺、桜庭、美咲の順番だ。最初は俺が背後を固める予定であったが、美咲による強い拒否でこの配列になった。自分を守る術は持っているという話だったので、問題は起きないだろう。


「……ん?」


 体が完全に洞窟へ飲み込まれてしまう前、俺はふと入り口の縁、その上あたりが気になって目線を向けた。しかし、そこには何もなく、ただ苔がこびり付いているだけである。何か気配を感じたと思ったのだが。


「どうかされましたか」

「とろい。早く進みなさい」

「……あぁ」


 後列からの催促があり、目線を外して先に進む。

 斥候役の桜庭が何も反応していないので、恐らく気のせいだ。

 あまり深く考えすぎても仕方ないと思い、俺は思考を放棄した。









「おぉ」


 洞窟内は予想とは裏腹に明るかった。照明がある訳ではないが、石の壁が仄かに光って通路を照らす。観光名所の鍾乳洞に似た幻想的な光景に、思わず声が漏れた。


 現在の格好はヘルメットを被っているものの、Tシャツに短パンだ。中は思った以上に冷えていて、今更ながら厚着をして来ればよかったと後悔していた。動けば体も温まるかと予想し、体を手で擦って摩擦を起こし、寒さを堪える。


「約30m先より、猪型の中型魔獣一体接近中。危険レベル低いです」

「いいねぇ、早速お出ましだぁ」

「全員、戦闘準備」


 桜庭から、魔獣の探知報告が入った。ダンジョンに入って直ぐだが、魔獣は構わず襲ってくるようだ。しかし、変に緊張したり取り乱したりすることなく、全員が落ち着いて対応している。冒険者団体という肩書、伊達ではないか。


「“起動しろ、駆動人形”」


 熊谷の爆発的に跳ね上がった霊感力が、小さな身体を覆っていく。気付けばそこに熊谷はおらず、立っていたのは高さ2mを越える巨大な鉄の塊であった。胴体は丸く、卵の様で逞しい。腕は細く心許ないが、体に凶暴な熊の顔が刺青のようにペイントされており、接近する敵へ常に威圧感を振りまいている。


 熊谷が姿を変えた数秒後、前方より猪が現れた。既に此方を外敵だと認識しており、歯をカチカチと嚙み合わせ、前足で地面を削ることで威嚇を振り撒いている。


『オラオラ行くぜぇええ!!』


 対する熊谷は、機械の胴体後方部分をバックリ開かせ、中から機械の巨体を覆い隠すほどに大きい二対の盾を射出させた。盾を両手にそれぞれ掴み、端と端を打ち鳴らして一つの大楯に変貌させる。


「プギィイイッ」


 鉄が搗ち合う大きな音に反応した猪は、血走った目を熊谷に向けて涎を撒き散らしながら突進する。熊谷は中心のロックされた大楯を地面に打ち付けて固定すると、前方に向けて構えながらドッシリと腰を落とし、足を地面に縫い付け迎え撃った。


 猪の頭と大楯が衝突すると、腹に響く重たい音が洞窟内に響く。


「ピギィィィイ」


 頭を全力で叩きつけた猪は千鳥足で後退すると、勢いを失い真横に倒れ込んだ。ビクビクと数回痙攣すると、光の粒になって空中へと拡散された。どうやら、今の一撃で倒したようだが、死体が残らないとは何とも不可思議な状況だな。


『フハハハハ! 見てくださいましたかだんちょー!』

「あぁ、よくやった」


 熊谷は魔獣を仕留めると、有頂天になって小躍りを始める。あの巨体が繰り広げる踊りは、実に奇怪な光景だ。でも、何時までも見ていられそうな程に中毒性がある。見世物としてお金が取れそうだ。


「(踊りが)凄いな」

『そうだろ、そうだろ! 俺はすげぇんだよ! フハハハハハ!』

「……それにしても、なぜ今ので猪は倒れたんだ。確かに音は鳴ったが、あの位の衝撃では倒れないはずだ」

「絋雨様、猪が自分の突進で力尽きたのは、ゲンの能力によるものです。奴の盾には攻撃を蓄積して相手に跳ね返す能力があります。といっても、一度の攻撃で猪の魔獣を倒せるとも思えないので、事前に積み上げておいたのでしょうが」

「そういうことですか」

『て、てめぇ! ばらすんじゃねぇ!』


 なるほど。初めに度肝を抜いて、羨望の眼差しを獲得したかったらしい。体の大きさに似て、子供っぽいところがあるな。


『絋雨この野郎! 今子供っぽいって思っただろ!? ぶち転がすぞコラ!!』


 テレパシー能力も持っていたのか。


「それと、心技はその者の深層や望み、力の源を映す鏡だとも言われております。ゲンの覚醒先がこの見るからに巨体な部分を考えると、やはり“チビ”なところにコンプレックスを抱いているようですね。全く、“チビ”は大変ですよ“チビ”は」

『て、てめぇ……ッ。俺もそろそろ我慢の限界だぜ。正々堂々勝負着けろや陰湿メガネが』

「あぁ? いいぞコラ。何時でも受けて立ってやるよチビがコラ」

『いい気になんなよヒョロガリが! その細腕圧し折ってやるぞコラ!?』

「あ"ぁ"? 強気は口だけかコラ。隠れてねぇで顔出せや今すぐのしてやるからよぉ」

『上等だコラ!? ぶっ殺すぞコラ!!』

「かかってこいやコラ!」


「……調子に乗んなや、クソ餓鬼どもが」


「……」

『……』


 美咲の一喝により、二人は静まる。

 やはりこのやり取りはお約束なのか。

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