48 当日だョ!全員集合
数日後、冒険者団体から一通の手紙が届く。内容は壁外遠征への参加要請だ。日付は来週の土曜日で、少人数による短期決戦を予定しているらしい。よって、自身以外の参加は認められず、式神を連れ立つことは叶わない。作戦加入への意欲は減少する一方だが、報酬を受け取ってしまった以上参加するしかないだろう。
特に何かを準備するでもなく変わらぬ毎日を過ごしていると、当日が訪れるのは直ぐだった。空が赤に浸食され始めた頃、俺は眠気眼を擦りながら準備を開始する。
起床は早かったが、やることは其処まで多くない。いつも通り母さんの作った朝食を食べ、洗顔と歯磨きを済ませて髪を整える。出発までに少し時間があったので、リビングの床で少しだけ目を閉じる。
出発の十分前、キヨに叩き起こされて衣服の着用を進める。服装は自由でいいと言われたが、サムギョプサル絋雨として呼ばれている手前、一応は気に掛けるべきだ。持ち運びに労力を割かれるが、フルフェイスヘルメットは持っていこう。公な場ではないので、ボイスチェンジャーは切っておいても問題ない。洋服は適当に、Tシャツと短パンでいいか。あと、武器に何時もの鉄の棒も忘れずに。
「ヒロちゃん、気を付けてね」
「お土産を、できれば腹に満たされるものを所望する」
「あんたは少し自嘲しなさいよ……」
見送りをしてくれる三人に背を向け、自宅の前へ出迎えに来ていた黒塗り高級車の後部座席に乗り込む。室内は新車の香りが充満しており、少し頭がクラッとした。革製の豪奢なソファに体を預けると、深く沈み込む感覚が全身を襲い、何とも言えない包容感で満たされる。
迷惑なエンジン音や煩わしい車体の揺れを極限まで軽減させた感覚に、深くまで酔いしれる。朝早いという事実も合わさってか、俺は早々に安眠へと誘導され、意識は闇の中へと落ちていった。
*
ウトウトと惰眠を貪ること、体感で数分。実際にはどの程度の時間経過があったか不明だが、運転手の一声により意識は覚醒へと促された。
「絋雨様、目的地に到着いたしました」
「んぁ? ……ぁあい」
足元が覚束ない中、ヘルメットと鉄の棒を手に車外へ向かう。先程まで闇の中にいたので、外へ出た瞬間に太陽光が瞳に突き刺さった。眩しさに耐えきれず、俺は即座にヘルメットを被る。ヘルメットのシールド部分が光を阻害して目に優しい。更に、冷却効果によって内部は常にヒンヤリしていて、気持ちがよかった。なんだ、理想郷はここにあったのか。
「……なにをやっているのかしら」
万歳のポーズで天を仰ぎ、理想郷への感謝を神に告げていると、背後から聞き馴染んだ声で話しかけられた。振り返ると、美咲がこちらを腐りきった魚を見る目で眺めている。
「神に祈りを捧げていました」
「……」
正直に行いを話した途端、美咲の表情に陰りが見えた。
「神なんていないわ」
捨て台詞を吐くと、チラホラ人影のある方向に背を向けて歩いて行く。一瞬で収まった変化は、恐らく初対面であれば見逃していた筈の軽微な違いだ。しかし、浮かべられた鬱屈たる表情は自らの記憶にない顔で、その印象が脳裏に焼き付く。
今回の依頼、一筋縄では済まない予感を抱きながらも、俺は美咲の後を追った。
「おぉ小僧、来たか! 待っていたぞ」
一番初めに声を上げたのが白髪のオールバックと髭を携える男、俺が闘技大会で敗北した冒険者団体団長の藤堂匡一だ。右肩には黄金の大剣が担がれ、筋骨隆々な肢体は健在だ。
「団長。絋雨様の送迎、完了いたしました」
「おぉ、ご苦労だったな桜庭」
「いえ。……絋雨様、申し遅れました。あなたの送迎担当兼、冒険者団体秘書の桜庭直哉です。どうぞ、お見知りおきを」
「ご丁寧にどうも」
この桜庭という優男が高級車の運転手だったようだ。車内では俺が眠ってしまったので声を掛けられなかったのだろう。足が長く高身長でスタイルが良い。スクエア型のお洒落な眼鏡を掛けており、知的な様相は正に女受けしそうな見た目だ。
「これで全員か? じゃあ早く行こうぜ」
「待てゲン、作戦を全体に伝えるのが先だ」
「だんちょー、作戦なんかなくても俺さえいれば大丈夫でしょうよぉ」
急勝そうな雰囲気のある小柄で髪を逆立てた男によって遠征の催促が要求されたが、藤堂の発言によってその人物は発言の勢いを失う。
「絋雨様、あちらの小さくて五月蠅いのが副団長の熊谷源五郎です。気安く“チビ”とお呼びください」
「あんだとコラ!?」
「口が悪いですね、恥ずかしいですよ。節度をわきまえてください」
「うるせぇぞこの陰湿メガネがッ! てめぇは一生机でも齧って木の蜜でも吸ってろや!」
「あ"ぁ"? 今ここで幼稚園児に戻してやろうかクソチビがコラ」
「……てめぇ、今日の今日はマジで容赦しねぇぞ! 親のケツ穴に顔面ぶち込んでヒィヒィ言わせたるぞコラ!?」
「上等だコラ!? やってみろコラ!!」
「……てめぇら、いい加減にしろや」
「……」
「……」
美咲によるドスの利いた一声、これにより熊谷と桜庭の抗争は一時の終幕を見せた。美咲は営業職だと思っていたが、副団長や秘書に意見できる立場を考えると、もう少し権限のある役職なのかもしれない。
藤堂も何も言わず白い歯を見せて笑って眺めている。いや、一番上司の団長が止めろよ。
「それでは、作戦に関する説明を開始させていただきます」
眼鏡を中指で押し上げ、落ち着きを取り戻した桜庭によって何事も無かったかのように作戦浸透は始められた。それでいいのか陰湿メガネ。
最初に始まったのは個々の役割についての把握だ。これが決まらなければ誰がどう動くのか判断が付かないままなので、最重要項目であろう。
まず、敵を惹きつけるタンク。これは意外にも身長の低い熊谷が担当する。こう見えて、一番の耐久力持ちだというのだから驚きだ。
次に、攻撃を行うアタッカー。ここには藤堂と俺が配属される。俺はどこでもよかったが、冒険者団体団長と同じ位置ならば予想よりも楽ができそうで安心だ。若しかすると突っ立っているだけで済むかもしれない。
最後に、味方を補助するサポーター。残った美咲と桜庭だ。美咲は味方強化と回復で後方から支援をして、桜庭は斥候と敵弱体化による全体の援護となる。サポーターの彼らであるが、基本的に自分の身を守れる術は所持しているらしいので、前だけに集中していればよいそうだ。
「続いて、作戦目標と到達までの推定距離、それと作戦までにかかる予定時間です」
作戦目標は当然ながら、核魔獣を倒しダンジョンの機能を完全停止させ、人類の活動領域を拡大すること。
核魔獣までの推定距離は桜庭の斥候能力によって割り出し済みで、凡そ10㎞だ。最奥までの道順も認識済みらしいので、予定時間は3時間ほどらしい。気功力を使えば足も速いし休みなく進めるので、実際にはもう少し早まる可能性もあるという。
「何か質問はありますか」
「はい」
「絋雨様」
「その探知能力はどの程度まで認識できているのでしょうか。例えば、敵の位置や数、罠の有無などです」
「ダンジョン入り口に立てば、ある程度の欲しい情報は手に入ります。道順は当然ですが、敵の配置から罠設置箇所まで、です。その他には、自身にとってどれほど敵が強力なのか、弱点部分は何処なのか等、わかることは多岐に及びます。全てを説明しても大変ですので、必要な場合は追って説明いたします」
「ありがとうございます」
斥候として、非常に強力な力だ。桜庭一人で索敵の大部分が賄われてしまう。一言でいえば、「出鱈目」という言葉が似合うだろう。
「他にはありますか。……無いようですね。それでは団長、よろしくお願いします」
「ご苦労。……では諸君、10時15分現在より新潟県奪還作戦を決行する。人類に栄光をッ!」
「「人類に栄光をッ!」」
「「……」」
いや、その声掛け知らないし。
俺一人だけの復唱拒否かと思ったが、美咲も声を上げておらず、一団を冷めた目つきで眺めている。美咲ってまさか、学校の朝礼で校歌斉唱しないタイプか? 因みに俺は大声で歌うぞ。声のデカさにだけは自信があるからな。
何はともあれ、作戦はこれから開始される。
初の壁外遠征で行き成りの本番。
何も起きなければいいのだが。
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