43 安いほど嬉しい









「支配人ッ!調査完了したぜッ」

「ご苦労」


 クラスメイト……従業員から一枚の紙を受け取る。

 そこには、他クラスを含めた各店舗の売上が棒グラフにより、比較されていた。

 トップを独走しているはメイド喫茶Berg。

 俺達のクラスだ。


(だ……駄目だ まだ笑うな……こらえるんだ……)


 他クラスにダブルスコア以上の差を付け離してはいるが、まだ文化祭は終わっていない。逆転がないとは言い切れないのだ。

 

(し……しかし)


 口元は歪み、気を抜けば笑ってしまいそうである。

 一旦、落ち着かねばなるまい。

 息を吐きだし、椅子に深く座り直す。


「今のところ……計画通り、か」


 計画。

 文化祭のために用意したこの喫茶店。

 整えるには、相当の時間と金を費やしたが、それだけの価値はあっただろう。


 時は、数週間前に遡る。





 俺は、準備に取り掛かる事にした。

 取り敢えず、重要になるのは運用資金。

 何を成すにしても金が要る。


 家に帰り、自分の勉強机の引き出しから1000万円ほどを引き出す。

 闘技大会での優勝賞金だ。

 これを使う。


 全てを使うわけではないが、これだけあれば足りるだろう。


 まずは、店の配置。ここで、他との差を生む。

 インターネットを使い、各業者へ連絡を取り付けるのだ。

 デザイン系の建設会社にはオシャレな掘っ立て小屋を。ここで家具等も一緒に依頼を済ませる。同時に電気屋にも連絡して配線をしてもらう予定だ。

 小物も揃えなくてはならないが、金を浮かすために部屋の雰囲気で何となく騙すつもりである。骨董品でもバレないと信じたい。


 次に重要なのは、従業員。これは、高校生がやらなくては文化祭として成り立たない。よって、接客と料理を本格的にするため、外部から教官も呼ぶ。時間がないので、とびっきり厳しいのでいいだろう。


 ここで問題になるのが、クラスメイトだ。辛い訓練を乗り越えられるのか。


「お客様は神様です。はい」

「「「「「お客様は神様です」」」」」

「私たちは塵屑です。はい」

「「「「「私たちは塵屑です」」」」」

「よくできましたね」


 ……思った以上に順応していた。

 体育祭の時から思っていたが、こいつらの適合能力はなんなのだ。

 

 接客は確かな作法を勉強し、即席であるが非常に整えられた。

 料理に関しては、沢山のメニューを作るのではなく、一つに集中して仕上げる。

 それだけは目を瞑っても作れるように徹底的に、だ。


 最後は、メイド喫茶の醍醐味とも言える部分、制服を揃える。

 これは、ファッションデザイナーに依頼した後、人数分の採寸をして仕立ててもらう。生地も良い物を使い、妥協はしない。


 優勝賞金が湯水の如く使われていく。

 走り出した車は、既にトップスピード。

 もう減速は間に合わない。


 ……ついでに、広告でもして動員数を増やしておくか。


 万全を期して、敵を粉々に叩きのめす。

 それしか、頭になかった。


 結果、机の中はすっからかん。


 散財。

 だが、それでいい。

 

 いいのだ。勝てば。

 勝てば、よかろうなのだ。





 上手くいった。

 気持ち的には複雑な部分もあるが、概ね良好。問題ない。


 話は変わるが、俺が座っているこの椅子。

 クラスメイトが俺のことを支配人と呼び出した切っ掛けだ。

 誰が持ってきたのか、招かれて座らされた。

 自分の意志ではないが、強者の気分を味わえるのでそのままでいる。

 

 しかし、諸々が片付いたら、やる事がないな。

 店は回り始めており、金は出したが何となく居場所がない。

 ……こっそり抜け出すか。いや、敵情視察と言っておこう。


 椅子から立ち上がり、裏口から外に出る。

 見張りはいない。


 脱出成功だ。


 



 出店を巡って歩いていると、見知った顔に出会った。


「……あ」

「山ぽん」


 小鳥が手を振って近づいてくる。

 隣にいるのは……聖だな。呼んだのか。


「おう。俺の店には行ったか」

「うん、凄かった。流石私の夫」

「なるほど、小鳥の冗談はいつも面白い」

「冗談じゃないよ」

「……そうか」


 淡々としたやり取りが行われている最中、聖はそっぽを向いている。

 なにか、悪い食べ物でも胃に入れたのだろうか。

 腹痛は脅威だからな、心配だ。


「おい、聖」

「……」

「聖」

「……な、何よ」

「うんこか」

「え?」

「うんこがしたいなら、トイレは向こうだぞ。早く行ってこい」

「……えぇ?」


 困惑している。

 腹痛ではなかったのか。

 ならなんだ。

 

 ……逆か。

 腹が減ったのかもしれない。


「よし、聖。飯を食いに行くぞ」

「え、いや」

「小鳥、付き合え」

「わかった」


 俺は校舎の方へ歩き出し、小鳥は聖の背を押して付いてくる。

 自分のクラスには黙って出てきたので帰れない。ならば向かうのは違う店だ。





「山田か。よく来たな」


 到着した教室は3年3組。

 窓には黒い幕が張られ、中は暗い。なのに、天井から吊るされている灯りは異様に明るく、眩しいぐらいだ。


 出迎えてくれたのは剛先輩。

 上半身裸で、首元にネクタイだけをしている。めちゃくちゃマッチョだ。何故か日焼けもおり、光に照らされた身体には影が出来てその凹凸を際立たせている。


「……ここって何喫茶ですか」

「Muscle喫茶だ」

「……」

「筋肉喫茶だ」

「訳さなくても大丈夫です」


 パンフレットを読んでいなかったから知らなかった。

 まさか、本当に筋肉喫茶を運営しているクラスがあるとは。

 更に、よりにもよって3年3組だ。

 非常に入りたくない。

 しかし、ここまで来てしまって引き帰したら非常に失礼にあたる。


 渋々、案内された席に着いた。

 

 メニューは基本普通だが、可笑しな料理もある。

 プロテインドリンク 藤堂匡一風味。

 ……これは遊び目的だな。誰も頼まないだろう。


 流し見で確認し、頼む料理を決める。

 パスタ辺りが無難だな。


「注文を聞こう」

「俺はミートソースパスタにします」

「……あたしはプロテインドリンク 藤堂匡一風味で」


 いや、頼むんかい。


「……サムギョプサル絋雨風味はないの?」


 あるわけないだろ。


「ありますよ」


 あるんかい。





「ねぇ……あんた」

「むぐごが」

「……飲み込んでからでいいわよ」


 食事中に話しかけてくるとは、常識がないのか。

 パスタを飲み込んで、フォークを一旦置く。


「なんだ」

「……闘技大会の件よ」


 ……俺がこいつを叩きのめしたことか。

 未だに根に持っているとは、実に面倒な女だ。

 今は食事に集中させてほしい。


「私はあんたの事、まだ許してないから。結奈ちゃんが良くても、私の気が収まらない」

「そうか」

「だけど、その後の行動は評価してるわ。だから、その……また一緒に遊んであげるから、連絡寄越しなさいよアホ」

「……? わかった」


 支離滅裂な話で内容が全く入ってこなかったが、つまりはまた戦いたいということだな。それならそうとはっきり言えばいいのに。遊んであげるとは、こいつなりの挑発か。受けて立ってやる。

 

 話が終わったようなので、残りのパスタを勢いよく掻き込む。

 味はそれほどでもないが、量があるのは最高だな。

 

 全てを食べ終えたので、全員で立ち上がり、お会計だ。


「ごちそうさまでした」

「3人で合計1300円になります」

「ここは俺が払おう」


 財布を取り出し、中を覗く。

 所持金、451円。

 ……金がないの、忘れていた。


「……はぁ。ここは最年長のあたしが払うわよ。代わりなさい」

「ゴチになりますッ」

「少しは遠慮しなさいよ」


 タダ飯ほど上手い食事はない。

 聖、最高。

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