幕間 騒乱前の一休み編

42 文化祭

 文化祭。

 体育祭に続く学校の一大イベントである。体育祭と異なるのは、熱く滾る勝負が存在せず、楽しみ9割のお遊戯大会ということだ。

 参加する意義を全く見出せない、くだらない行事である。

 

「えー、文化祭に際して、一ノ瀬が休みなので男子から代わりの学級委員を決めたいと思う。誰か立候補はいないかー」


 どうでもいいことなので、個人訓練に集中する。

 最近では、血液に混ぜて細胞に送り込んでいた気を、直接届け先に籠められるようになった。過程が無くなった分、非常に効率的である。

 技術がそうさせるのか、魂の格上昇が可能にさせたのか。詳細は知れないが、重宝しているので構わない。


 あぁ、やはり学校というものは素晴らしいな。

 自分の時間が沢山作れるのだから。


「はい、先生ッ!」

「お、どうした岡本、立候補か」

「いえ、推薦です! 私は山田くんを推薦します!」

「おー山田か。いいんじゃないか」


 は。


 体育祭以降から妙に周囲から認知され始めた俺は、見知らぬ生徒から他薦を受けていた。

 完全に擦り付けであり、こういう出来事の積み重ねが迫害の基になるのだ。

 ここは、はっきり口で断るのが吉。


「俺は」

「お、山田か!! いいじゃん!」

「ぜってぇ楽しい文化祭になるぜッ」

「体育祭みたいに盛り上げてくれぇ!」


 クラスメイトから賛同の意見が上がる。

 既にクラス全体で俺を嵌める計画を進めていたのか。

 学校生活に関心を向けないのも考え物だな。


「いや、俺は」

「先生!! 非常に良い案です! 女子側の私からも山田さんを推薦しますッ!」

「おー早乙女からの推薦も出たか。現、学級委員が言うなら決まりだな」

「はい!」


 裏切られた。

 商店街で助けた恩を忘れてしまったらしい。


 女心と秋の空。

 開いている窓から流れる風は、肌を刺す。

 ……冷たい。


 外堀をガリガリと埋められた、俺の抵抗は虚しい。

 反対意見が出ることはなく、代役は決定されたのだ。


 仕方ない、適当に済ませるか。

 まぁ、学校の係など、作業はそこまでないと想定される。

 先生も忙しいのだ。俺の意見ばかりに時間を割いていられないのだろう。

 なので、これ以上言い詰めるつもりはしない。


「一緒の委員になれたわね、ヒロくん」


 ……ただし 早乙女 テメーはダメだ。





「それでは、クラスの出し物を決定していきます。誰か意見のある方」


 早乙女が場を仕切り、クラスメイトの考えを徴収していく。

 続々と出される答えを黒板に書き写すのは俺だ。

 非常に面倒であり、頗る帰りたい。


「やっぱり無難に喫茶店じゃない?」

「いや、文化祭と言えばお化け屋敷だろ」

「演劇とか、いいかも!」

「俺は断然、筋トレマシン展示会だッ!」


 ……最後の奴は却下だな。


「うーん。展示するだけだと弱くないかしら。」

「一応、全員が動かせるように開放するんだ」

「おぉ、俺もやりたくなってきた」


 いや、なぜ発展する。


「ついでに肉体美を披露するというのはどうだ?」

「それ、いいわね」

「バルクアップした体がお客さんから見える様に、鍛えている最中は上着を脱いでもらうんだ。そうすれば、一石二鳥」

「「いいね」」

「更にはプロテインも販売し、筋トレ後の栄養摂取も」

「「それ良い」」


 良いわけあるか。

 これは流石に早乙女が止めるだろう。


 ……早乙女は、俺の全身を見ると、生唾を飲み込んだ。


「……ヒロくん、メモを」


 駄目だこいつ。


 ジム建設計画を立案していたのは一部の生徒であり、即座に鎮圧された。

 クラスの出し物は無難に喫茶店と決まり、次はどんな喫茶店にするかだ。

 ここで個性を出すことは、客足の増加へと繋がる。

 無難なりに、コーナーを攻めるのだ。


「やっぱり、筋肉喫茶じゃない?」


 それはもういい。


「ヒロくんからは何かある?」

「……俺か」


 そうだな。


「プロレス喫茶だな」

(((大して変わらねぇ……)))





 結局、定番のメイド喫茶に決まった。

 面白味はあまりないが、クラスメイトは張り切っていたので、大丈夫だろう。

 ……プロレス喫茶、名案だと思ったのだがな。


「…………だとよ」


 休み時間、トイレの前に到着すると、中から話し声が聞こえてくる。


「3組はメイド喫茶にしたらしいぜ」

「今時メイドかよ、くっだらねぇ」

「俺達の“満漢全席レストラン”には到底敵わないだろうな」

「おう、ボロ勝ち確定だろうぜ」

「客を取られて、悲しくなったあいつらに中華料理でも恵んでやるか」

「熱々のやつをな」

「涙を流して食らうだろうぜ」

「「「ハハハハハ」」」


 ……なるほど。

 面白い話を聞いた。


 体育祭の件で懲りていない鶏頭のガキがいるらしいな。

 ここは一つ、揉んでやる必要があるか。









 文化祭当日。

 今年の界王祭は何かが違うと、地域では噂になっていた。


 目立ったのは、来場を待っている客の数。

 例年稀に見る程大混雑しており、正門前は人だらけ。

 また、それを遠くからカメラに収めている集団もいる。


「見てください、この人だかり! 全員が界王学院の文化祭を楽しもうと集まった、地域の方々です。早速、インタビューをしていきましょう……」


 テレビ局だ。

 リポートするアナウンサーまでおり、本格的なロケとなっている。

 聞き込みも怠らない気合の込め様だ。


 ……入場許可の待機時間中に、学校側から動きがあった。


「こちらをどうぞ」

「あ、どうも」

 

 客に配布され始めたのは、界王祭のパンフレット。

 制作は文化祭実行委員会が取り仕切っており、高校生らしい少しだけ熟れた、しかし、初々しさの抜けきらない内容となっている。


 その中で、一際目を惹くページ。


 1年3組の模擬店だ。

 高校生らしさ、という枠組みから逸脱した出来は、薄く安い紙で印刷されているのが勿体ないと思ってしまう。

 誰もが目に留め、一度立ち寄ってみるかと思考した。


 門が開き、入場が開始される。


 それから数分後、群衆は方々へ散らばり、校内はかなりの賑わいを見せていた。


 校舎では、各クラスを改装した模擬店が開かれている。

 教室全体を使ってよいということで、ハイクオリティな店が多い。


 校庭に配置されているのは屋台だ。

 ある程度のスペースをクラスごとに割り振られており、そこで独自の店を開催できる。

 店舗ごとに椅子やテーブルまで用意されている場所もあり、気合は十分だ。


 生徒側は校庭か校舎か、クラスで開催場所を選択できる。

 圧倒的に校舎が多い中、広々とした校庭の一角。

 人も多く立ち入っており、大盛況を見せているのは、一年生の店だった。

 

 名前を“メイド喫茶—Berg—”。

 発想力の乏しい、高校の模擬店の中では一般的な部類に含まれる喫茶店だ。

 それの何が人を集めるのか。

 

 まず、見た目が異なっていた。

 他が吹き抜けの出店を建設する中、一軒だけ壁に覆われた確りとした建物だ。

 尚且つオシャレで、街の中に建っていても可笑しくないくらいである。

 鈴のなるドアを開け、店内に入室してもその感想は変わらない。

 雰囲気の良い内装は癒し効果さえ齎され、何時までもいたいと思う。


「いらっしゃいませ」


 次に、店員の質が違う。

 容姿が整っているのは勿論の事、作法まで教育が行き届いていた。

 制服は安っぽいメイド服ではなく、確かな生地と御淑やかなデザインで構成されている。目にも優しいのに、何故か惹きつけられる見た目だ。


「う、うまい……」


 飲食の完成度も素晴らしい。

 トロトロ卵の山にスプーンを入れれば、中からはパラパラのチキンライスが飛び出し、デミグラスの黒い海に飲み込まれる。

 一口食べれば夢心地、二口食べれば昇天ものだ。

 共に頼むオレンジジュースに至るまで、拘り抜いている。


 来客は誰もが気持ちよく訪れ、気分良く退室していく。

 完璧と言って差し支えのない店。

 他とは、一線を画す代物だ。


 疑問に思うのは、高校の模擬店でなぜここまで完璧なのか。

 従業員は界王生で固められており、大人の姿も見えない。

 何もかもが歪だ。


 ……奥の部屋。

 そこには、豪華な椅子に座る一人の男。

 売上表を眺め、ニヤリとした笑みを浮かべる。


「 計 画 通 り 」

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