41 朝ごはんは、常に待ち遠しい





 ビルの外で待機中の本隊は、先遣隊の連絡が途絶えたことにより、作戦の変更を余儀なくされていた。


「指示が決まった。空からの強襲と、再び下層からの進攻だ。……中が気になる。迅速に部隊を編成しろ」

「はッ」


 即座に隊は整えられ、準備は完了した。魔法力で空を飛翔する制空部隊は、窓を突き破り突入していく。同時に、装備の新調された陸上部隊が勢いよく正面玄関から殴り込みをかけた。


 先遣隊とは異なる、武力で支配する動き。


 事態は即、解決することだろう。


「陸上部隊からの報告ですッ!」

「どうした」

「正面玄関で、誘拐されたと思われる住民と、先遣部隊複数の死体が見つかったとのことッ!」

「……なに」


 警察が鎮圧するとは、別の形で。





 その後、ビルはすぐさま制圧された。驚く程に何も起きず、導入された部隊は弾の一発も消費していない。戦闘が一度も起きていない証拠である。


 行方不明リストに載っていた人々は、幾人かを残して玄関先に集められており、生存も確認できた。見つからなかった者に関しては、ある一室の骨を調べたところDNAの一致を検出。従って、リスト全てが埋まることになる。連絡の途絶えた先遣部隊については、ビル内を探索していた別動隊五十人を残して壊滅。その亡骸も全員分、同所に集められていた。既に、身元確認も済んでいる。


 結果として、一般人十名、警察官五十名の被害を出す。ビルは封鎖、一ノ瀬財閥は倒産。後の調査で、ビル内に見たことのない怪物の死体を複数発見。壁外の魔獣が入り込んだと判断され、事件は終幕を迎えた。


 解決に際し、多くの謎を残した本件である。その事実が警視庁内から漏れたのか、瞬く間に噂は広がり、闘技大会を押しのける程に有名となった。


 その中で、一つの呟きが写真付きでネットに拡散される。


 結界内の空を駆ける、ライダースーツの男。高性能ヘルメットを被り、片手には棒のような代物を握っている。闘技大会閲覧者からすれば、それは正に大会優勝者の面影であった。大会直後の事件という事実も付け加えられ、彼が動いたのではないか。そのような風説は、瞬く間に知れ渡る。


 各番組でも日夜事件の真相を求める考察が放送され、一大、サムギョプサル絋雨旋風が巻き起こる事態となったのだ。









 数日が経過した後の学校では、事件の話で持ち切りだ。


「昨日の特番、勿論観たよね?」

「観た観た!! 素敵よねぇ絋雨様……颯爽と現れ事件解決!」

「私なんて好きすぎてキーホルダー買っちゃった!」

「えぇ!? どこに売ってたの!? 吐きなさいよ!」

「私が買った後に完売してたから、もうないわよぉ」

「こんの薄情者ぉお!!」

「うぎぃい!?」


 クラスの女生徒が友人の首を絞めているのを尻目に、俺は何時ものように弁当を開けようと試みる。しかし、上手く蓋を取り外せない。身体を酷使しすぎたのか、数日経過した今でも体の痛みが抜け切っていないのだ。


 やっとの思いで昼食を拝むことに成功するが、ここから食事をするのも一苦労であろう。本当に大変な一日だ。式神達の協力が無ければ、学校へも来られていない。ちなみに、料理については母さんが変わってくれている。感謝しかないな。


「ヒロく」

「山ぽん、体痛いんでしょ。口開けて」

「あ、初めの一口はサラダにしてくれ」

「わかった」


 早乙女が言葉を発しようとしたのを遮り、小鳥が手を受け皿にしておかずを差しだしてくる。それを、遠慮せず口に含んだ。


 ……やはり、母さんの料理は美味い。


「わざわざすまないな」

「いいよ。いくらでも言って」

「じゃあ次は卵焼きで」

「へいお待ち」

「回らない寿司屋か?」


 今まで、硬かった顔は緩み、至って自然な笑みを作っている。不調の俺にも献身的であり、まるで介護を受けている様だ。自分的にも楽なので、文句は何も抱かない。有難く、世話になろう。


 事件の後、小鳥の婚約関係は直ぐに抹消された。

 財閥が解体されたので、当然と言えばそれまでだな。


 一方、一ノ瀬光は学校に来ておらず、未だ病院のベッドで微睡の中だ。親の方も食料として部屋に寝かされていた。親子共々、手目坊主によって眠らされていたのだから、もう暫くは起きないのだろう。会社は既にボロボロだが、これから一体どうなるのだろうか。他人の不幸は面白いので、是非目撃したいと思う。


「……二人の距離が縮まっている気がするわ。もう少し離れた方がいいと思うのだけれど」


 現在、小鳥は俺の隣に椅子をつけ、肩をぴったりと寄せている。

 というか、渾名の方には突っ込まないんだな。


「仕方ない。好きになってしまったものは止めようがないんだから」

「す、好きぃ!? そ、それ、本気で言っているのかしら!?」

「本気も本気。マジで恋する5秒前」

「そ、それって恋する前じゃないかしら」

「間違えた。まじで恋した5秒前」

「大分最近の出来事!?」


 ……小鳥の態度については、現在観察中だ。

 いつ本性を見せるか知れないので、気を引き締めている。


「で、でも、そんな行き成り好きだって……」

「もう誓いのキスも済ませた」

「き、きききき、キスぅうううう!? き、キスってどういうこと!?」

「小鳥、もう一口。次は鶏肉を所望する」

「へいお待ち」

「ちょ、まだ話の途中よ!」

「食事中に喋るな早乙女。行儀が悪いだろうが」

「えぇ!? そ、そんなぁ……これじゃあ生殺しよ……」


 実際問題、キスなど唯の粘膜接触でしかない。

 よく考えれば、気にするほどの事でもないだろう。

 俺は、忘れることにしたのだ。

 記憶の奥底に、封印すると決めたのだ。


 だから。


 なので。


 キスの話題はもう出さないでください。





 朝練時、今日は妖気の出し方を教わっている。妖気を上手くコントロール出来れば、戦わずに敵の意識を刈り取ることが可能だ。また、隠すことで隠密に、晒すことで索敵にも役立つ、優れた能力でもある。


 先生には牛鬼を据えた。本人の能力にも起因するらしく、妖気の扱い方に長けていたからだ。彼女が使っていた妖術の様に、全身から血液を噴出させる様な芸当は不可能だが、やり方自体はそこまで変わらないらしいので、良い教官になるだろう。


「感情を強く籠めて、霊感力を放出するのだ……このようにな」


 牛鬼が実演する様を、正面から見る。


 前世からのことなのだが、俺は人の技を盗むのが得意だ。どの様なスポーツでも、上手い人の動きに倣い、再現することで自分のモノへと昇華できる。深い集中と確かな観察が必要だが、それが合致した時に其の物のコツというのが理解できて、何回かわかったことを実践しているうちに、身体へも定着させることが可能なのだ。


 恐らくだが、幼少時代の経験がその特技を生んだのだと思われる。母から発せられる一日の機嫌の良し悪し、それを毎日の様に確かめていた。悪いときは決して近づかないために、目を見開いて観察していた。何故なら、理不尽な暴力を振るわれ、身体的な被害を受けるからだ。あいつは気分屋であった。こちらの事情など関係もなく、ただ髪が上手く決まらないだけで殴る蹴るをしてくる。あの頃は非力で、抵抗も出来なかった。観察という手でしか、逃れる手段が無かったのだ。


 今思えば、俺が常時発動しているこの“目”も、起因は過去にあるのかもしれない。あの頃のトラウマが無意識に作り上げた能力。母の機敏を感じ取るために生まれた力。その能力に、今は助けられている。そう思うと、何とも皮肉なことだ。


「こうか?」


 観察した通り、力を行使すると、大量の妖気が体から溢れ出す。


 俺の魂は牛鬼と契約を結んだことによって、以前よりも強大になっていた。それに伴い、身体の細胞も進化。制御がし辛いという程ではないが、自分の身体ではないような感覚はある。前にも、一度あったことだ。シュテンやイバラキと契約した時である。どうやら、魂の強い者と式神契約を結ぶと、俺にも力が譲渡されて身体がより強固に変質するらしい。力を求めるのなら、この能力は非常に重要となるだろう。


「だ、出し過ぎだ。もう少し抑えてくれ」

「……難しいな」


 垂れ流しの状態であった妖気を抑え、適当な量に調整した。額に汗を浮かべて顔色を悪くさせた牛鬼は、辺りの空気を吸い込み、心を落ち着かせている。どうやら、初めから飛ばし過ぎたらしい。


「……しかし、凄まじい。やはり、私の主に相応しい御方だ……再度の忠誠を」


 膝をつき、頭を垂れる。その姿は、王に剣を捧げる女騎士を連想させる程に勇ましい。俺の言葉にも反抗せず律義に従っているので、牛鬼については安心感を置いている。式神契約をキチンと結んだ後という事実も大きいな。


「ヒロ助ぇ、腹が減った。そろそろ切り上げて帰るぞ」

「飯の時間だとッ!? 今日は何なのだ! 朝ごはんは何なのだ!」

「牛肉の炒め物らしいですよ」

「うおおおッ! モー我慢できないぞぉッ!」


 一目散に家の方向へ走っていった。

 その背中を三人で眺める。


 ……何となく、頭が弱い子に見えたのは気のせいだろうか。


 気のせいであれと、切実に願う。


「私たちもいきましょう」

「あぁ」「そうじゃな」


 後を続き、我が家へと急いだ。


 腹時計が時報を鳴らし、朝食の時間を告げる。


 朝早い俺達も、牛鬼を馬鹿にできない。


 全員が、腹を空かせているのだ。


 自宅では、相も変わらずに母が美味しいご飯を御馳走してくれるだろう。


 非常に楽しみである。


「早く帰ろう」


 日常の変化。

 それはいつも刺激的で。

 日々を彩るインクにも成り得る。


 しかし、時間は移ろうことなく過ぎていく。

 流れに逆らわず。

 自然に身を任せ。


 誰もが足を止めることなく、前に進む。


 歩道を歩くサラリーマンや。

 車道を走るトラック。

 山を下りると、いつもの景色で。


 今日も、一日が動き出した。




――




第二章、これにて完結となります。

沢山のPVやレビュー、フォローや応援、感想等々、ありがとうございます。非常に励みとなり、本作品へ懸ける思いも熱くなるばかりです。これからも【式神契約、妖怪侍り!】をよろしくお願い致します。


第三章以降につきましては、未だ書き溜めている最中となっております。投稿はある程度ストックが溜まった後に一斉排出となりますので、間は暫く空くかと思われますが、気長にお待ちくだされば有難いです。


その間、評価等が頂ければ筆者のモチベーション向上にも繋がりますので、ご都合が宜しければご記入ください。

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