40 決戦

「ん?なんじゃ、戦いたくなったのか」

『まぁ、そんなとこだ』


 俺は生まれ変わって、自分のために生きると決めた。

 憚る者は、何もかも薙ぎ倒して進むと心に誓った。

 誓言した通り、実行もしてきたつもりである。


 だが、成したいと本当に思っていた行動をしていなかった。

 遠回しにして、放置を選択していた。


 小鳥についてがそうだ。

 現状に打撃を加えたいと感じていながらも、自ら遠ざけた。

 前世の経験がそうさせたのだ。


 そんな自分に、激しい怒りを覚える。

 もう一度死んだ方がマシだと思う程に。


 ……これは、ケジメだ。

 人生全てが、経験として息衝くために。

 今回の件を経て、また一歩前進するために。

 終わりへと打ち付ける、ピリオド。


 ヘルメットを外した。


「気を付けてください。一対一では其れほど脅威でない妖怪ですが、訓練課程にある若様では手古摺る可能性があります」

「わかった」

「……山ぽん、負けないで」

「あぁ」


 山ぽん(笑)。


 鉄の棒を片手に、イバラキが張っていた魔力壁の外へと踊り出る。身体は毒が入り込まないよう、何層かの魔力膜で蓋をした。


「食料が自ら寄ってくるとは、僥倖。配膳係がいなくなって困っていたからな。……丁度良く腹も減ってきたところだ。残さず食ってやるので、安心するといい」

「言ってろ」


 闘技大会での反動で、未だに筋肉痛の続く身体へ鞭を打つ。

 関係ない、そんなもの。

 身体が動くのならば、問題には成り得ない。


 藤堂との模擬戦を思い出し、手は抜かないことを覚えた。

 初めから全力でいく。


 覚えたばかりの心技。

 訓練課程にあり、完成には程遠い。

 それを今、実戦で使えるのか。


 否、使うのだ。

 勝ちたいのならば、使うしか道はない。


 身体の内側へと入り込む。


 魂の奥底。

 太い繋がり。

 引き寄せた。


 判る。


 自身が認識したことで、前よりも強まっているそれが。


 解る。


 既に扱い方を知っており、容易に発動できると。


 分かる。


 俺は弱く、ちっぽけな人間だと。


 式神が。


 あいつらが、側にいなければ。


 ……そうだ。


 今、やっと分かった。

 俺は、支えられていたのだ。


 シュテン。


 イバラキ。


 我が、式神達に。


(“来い、酒呑童子”)

 

 妖気の煙に包まれ、恰好が変化する。ライダースーツであった全身は、深紅の甲冑で固められた。口当てにより素顔は隠され、誰だか判別ができない。兜からは金の角が二本、天を指し示している。


「な、なんじゃありゃ」

「妖術、ではないでしょうか……。親方様の武装甲冑に似ておりますが……」


 そこにいるのは、一人の武者。

 自身に満ちるのは、万能感。

 誰にも負けないと錯覚するような、圧倒的感覚。


 しかし、自惚れない。

 油断を見せない。


 俺自身が強いわけでは決してないのだから。


 悔しさを知った。

 敗北を知った。

 寂しい孤独も、前世で味わった。


 なら次に欲しいのは、温もり。

 そして、勝利。


 俺は勝つ。

 これから先、負けることは許されない。

 後ろで見ている、式神のためにも。


 絶対に。


「ふぅ」


 精神を統一し、心を落ち着かせる。


 前回同様、慣れていないので時間は限られている。

 魂の摩耗していく速度が、以前よりも遥かに早いのだ。

 溶け切るまで、ほんの数秒と言ったところだろう。


 ならば、直ぐに終わらせなければ。


「……ッ」


 全力で踏み出す一歩。

 大きな破壊音と同時に、地面へと罅が入る。


 景色が、背後に飛んだ。


 牛鬼を通り過ぎ、壁へ激突。

 本気で床を蹴りすぎて、通り過ぎてしまったらしい。

 力加減を間違えた。


「なにッ!?」


 反省。

 そして、微調整。

 壁から抜け出て、再度、牛鬼へと突っ込む。

 次は、確りと牛鬼の真横で止まった。


「目で追えなッ」


 良い調子だ。


 そのまま、鉄の棒で殴りつける。

 当然、これは六本の黒い足で防がれた。


「ちょ、まッ」


 続け様に一撃。

 軽い衝撃の後、黒い足が全て弾かれた。

 結果、銅がガラ空きになる。


 ……思っていたより、防御が薄い。

 恐らく、まだこちらを甘く見ているのだろう。

 やるのなら、今がチャンスか。


 矢継ぎ早に、打撃を叩き込んだ。


「ぼがぁあッ!?」


 隙は見せない。

 攻撃をさせるつもりもない。

 そうなれば、敗北の可能性があるのだから。

 今は勝利。それだけを考えて戦う。


 吹き飛んで行った後を、追撃。

 基本の型から繰り出すのは、連撃。


 全て命中。

 狙った急所へと吸い込まれた。


「……」


 休ませてなるものか。


 上がった頭へ、振り下ろす。

 牛鬼の身体が硬い床に叩きつけられた。

 綺麗なフローリングが砕ける。


「……」


 まだだ。


 そのまま、左手で白目を剥いている顔面を掴み。

 再び地面へと落下させ。

 頭を地底深くに沈めた。


 ……今だ。


 魔力で拘束。

 糸を魂に。


 数十秒後。

 式神契約完了。


 終わった。


 勝った。





『すまなかった……ッ』


 目の前で、一人の美しい女性が土下座をしていた。名を牛鬼と言う。たった今、俺が負かした妖怪だ。気を失っていたが、目を覚ますよりも先に魂を呼び出した。目覚めるまで待つ時間も勿体ないので仕方がない。


 現れた牛鬼は、姿勢を保ったままガクガクと震えている。洋服を着こんでいないので寒いのだと予想できるが、魂であるのに気温を感じ取れるのだろうか。非常に疑問に思うので、後で教えてもらおう。……体感できたとしても、今は特別室温が低いわけではない。まぁ、それは人それぞれか。牛鬼は多分、冷え性なのだろう。


『我ら妖怪は、強い者に従う習性にある……こ、これからは、貴方様に従おう……ッ』

「……そうか」


 従順な態度であるが、命令によって指示しているわけではない。魂が出てきた途端に、自ら行動したものだ。実際、俺も驚いている。


「当然じゃのぅ」

「殺されないだけ、有難いと思うべきです」


 一方、妖怪組は当たり前のことだと認識しているらしく、特に否定的な意見は出てこない。妖魔界では“強い者に従う”という言葉は、一種の掟なのかもしれない。


「これからは人を食うなよ。気持ち悪いから」

『も、もちろんだ。味にも飽きてきた』


 一言多いな。


 多くの人間を食らい、殺してきた妖怪であるが、俺にとっては他人事なので興味は湧かない。近くでやられるのは流石に困るので、一応止めておくがな。


 ……誘拐された人の居場所を聞き出す目論見であったが、変な方向に逸れてしまった。小鳥が抱えていたヘルメットを受け取り、頭に装着してから話を切り替える。


『それで、連れ去ってきた人間はどこにいるんだ』

『こっちだ。ついてきてくれ』


 牛鬼が進み出すので、後を追う。


 辿り着いたのは、一つの部屋だ。

 中には眠っている様子の人々が同じ体勢で床に並べられている。

 マグロの競り市場みたいだな。


『どうやれば起きるんだ』

「手目坊主の妖術によって眠らされていると考えられます。起床には数日掛かりそうですね」

『まじか』


 運び出すには数が多く、非常に厄介で、面倒だ。


 どうするか。


 ……。


 一旦、元の部屋へ戻り、警察官の死体を探る。


 お。


 あった。


 無線機。


 でも使い方がわからん。


「ぁ……ぃ……」


 掠れる様な声。

 それは、近くから発せられていた。

 俺が探っていた死体か。


 耳を口元に近づけると、微かだが、息があるのに気づいた。

 いいぞ。俺にも運が巡ってきたな。


『おい、無線機を……』

「だ、れか……いる、のか……」

『いるぞ、だから無線機を』

「わから、ない……真っ暗で、なにもき、聞こえないんだ……」

『えぇぇ……』


 俺もとことん運がない。

 聴覚を失っていては、使い方を尋ねられないではないか。


 それならば、ここに居ても非効率である。

 他に生存している警察官がいないか、確認するとしよう。


 場を去ろうと、足を立てた。


「……ッ!! ま、待って、く”れッ!!」


 すると、血だらけのグローブが俺の二の腕を捉えた。

 息絶える前なのに握力は衰えず、未だ力強い。


「すま、ないが……俺はもう、長くな、い。だか、らッ、最後にッ!!」


 苦し気に、だが必死に。


 俺へと。

 否。

 伝えたい、誰かへと。

 言葉を紡ぐ。


 その声は大きく。

 何よりも轟き。


 残された灯が。

 一層、明るさを増した。


「娘に……ッ! むすめ、に………………」


 しかし、何も残ることは無く。

 握られていた力は抜け、上がっていた腕は重力に従って落ちていく。


 地面に接触する際、音が鳴った。

 それは余りにも軽く。

 人の命を象徴しているようで。


 自分本位のくだらない心臓。

 頭の悪い脳味噌に。

 重たい鉛を、撃ち込んだ。

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