32 意気消沈

 場所は人通りの少ない、闘技大会の会場裏手。

 俺と小鳥は建物の影に隠れ、呼び出した人物が訪れるのを待っていた。


 手は依然、繋がれたままである。一度、離そうと試みたのだが、思ったよりも強い力で握られており、失敗に終わった。


 小鳥の顔は俯いているので見ること叶わない。

 まぁ、大した興味もないけどな。


 数分間そのままの状態でいると、件の人物が所定の場所に現れた。

 首を左右に忙しなく動かしているのは、俺達を探しているからだろう。


 そこにいるのは、聖だ。


 女性が良いと思い、休憩時間に登録したメッセージで呼び出した。もう連絡することもないと思っていたが、早速役に立ったのは僥倖だったな。やはり、連絡先交換は必要である。この様な非常時に案外、重宝するものだ。早乙女を呼ぶことも考えたが、この近くにいるのかもわからず、俺の正体が小鳥にバレる事態も面倒なので避けたかった。よって、聖が僅かな選択肢から選ばれたのである。


『聖、こっちだ』


 俺は立ち上がり、聖を手招く。

 見つけたらしく、慌てたように駆け寄ってきた。


「な、なによ、こんな暗がりに呼び出して。ま、まさか……告白でもするつもりなの!?待ちなさいッ! 私たちはまだ知り合って日が浅いわ!! 友達からスタートするのが一番よッ!!」


 アホか。


 柱の裏に隠れている小鳥を引き寄せる。


「……? 何よ、その子……ま、まさか…………2Pでもする気ぃッ!? 変態よ!!こいつは変態だわッ!!」


 ……。


『呼び出したのには理由があってな。こいつとこの場で少し、待っていてほしい。俺は体が隠れるようなコートを買ってくるから、それまでの間だけだ。こんな服では外も歩けないからな』

「え?」


 俺の言葉を聞くと、改めて小鳥を観察しだした。

 服は即席で直せないほど乱れており、擦り傷や青く腫れている痕が服の合間から見える。顔は片側だけが膨れ上がっており、通常の形とは程遠い。


 はっきり言って、酷い有様だ。


「……わかった。ここで待っていればいいのね」


 真剣な雰囲気を読んでか、騒いでいた聖も落ち着く。

 阿保だか、馬鹿ではない。だから、聖はこの場で信用に値する。


 俺は小鳥の手を解きにかかった。

 ……離さないか。


『……すぐに戻ってくるから、一旦離してくれ』

「……いや」


 頭を振る。

 少し強引だが、力を籠めるか。


『すまないな』

「……ぁ……」


 身体が離れた。

 透かさず、聖が側に寄り、肩を抱く。

 素早い判断だ。俺の選択は間違っていなかったらしい。


「全く……強引な男は嫌われるわよ。私が買いに行ったってよかったのに」

『……いや、俺が行く』


 二人に背を向け、走り出す。

 目指すのは洋服店だ。





 全身を包み込むことが可能な、ベージュのロングコートを羽織らせた。小鳥は前身頃の合わせ部分を片方ずつの手で掴み、交差させて身を隠す。聖は十分役目を果たした様で、先程よりも震えは落ち着き、心の安穏を少しだけだが取り戻していた。


「……何があったの?」


 小鳥に聞くのではなく俺に尋ねるのは、気を遣っての事だろう。


『小爆発に巻き込まれてな。大会の控室である一つが、魔法力の暴走で爆発したんだ。知らないか?』

「……え? 知らないけど……」

『そうか。そこを俺が通り掛かったわけだ。見過ごすのも気が引けたので連れてきた。それだけだ』


「でも、この傷…………はぁ。……そうね。まぁ、そういうことにしとくわ」


 上手く誤魔化せたようだな。俺は人を騙す技術だけは長けているので、こういう事は朝飯前である。帝愛グループで開催される限定じゃんけんに参加しても、星を失わずに生き残る自信があるぞ。


 何はともあれ、状況は脱した。服も着せたので、後は聖に託しても問題ないだろう。迅速な対応の仕方を見ても彼女が適任で、以降は異性である俺が邪魔になる可能性も否めない。ここは素早く立ち去るべきだ。


 よし。


『……もう用はないので俺は行くぞ。聖、後は任せた』

「ちょッ……え!? 嘘!?」


 立ち上がり、去ろうと動き出す。


 しかしそれを阻むように、腕を掴まれた。


 ……小鳥か。


「いか、ないで……」

『……』


 懇願。


 冷めた目で、観察する。

 脳の各部は思っていたい以上に冷静で、閑やかに思考を刻んでいた。


 なるほど。


 こいつも、今まで出会ってきた女達と同じだ。

 与えてくれる者に縋り、嫌悪したモノでもただ甘受する。

 だから現状を打破できない。先へと進む、望みがない。


 一ノ瀬の次は俺か。

 自ら行動に移さないのか。

 機会はそこに転がっているのに。

 掴み取ればいいだけなのに。


 ……助けに入ったのは失敗だった。


 抑えるべきだった。


 失望。

 そして、後悔。


 あぁ。


 以降、俺がこいつの内部事情に関わることはないだろう。


 何があっても。


『……離せ』


 握られている手首を振り払う。


「……ッ!? なにやってんのよッ!!」


 聖が癇癪を引き起すが、どうでもいい。


 そろそろ稼働限界に達しそうな身体に鞭を打ち、背を向けて歩き出す。

 一ノ瀬を仕留めたあたりから、全身に電流が走っているような感覚が続いている。大分辛いが、家までは優にもつだろう。


 小鳥の顔は見ていない。

 欠片も興味がないからだ。


 失せたと言ってもいい。


「ちょ、ホントに行く気なの!?」


 足は一定のリズムを保ったまま、家路の方向へと進んでいる。


 振り返ることはない。

 理由もない。


「……最ッ低……」


 小さな声であったが、予想以上に耳を打った。

 だが足は止まらず、逆に回転数を高めて場を後にする。


 早く帰りたい。

 眠りたい。

 休みたい。


 身体が、痛いのだから。





 闘技大会の後、世間は二日の休日に差し掛かる。


 テレビでは、大会の光景が流れ続けていた。

 真田との試合も沢山見たが、最も多く放映されたのは藤堂との模擬戦だ。世間での評判も高く、今年の冒険者団体入団者は大幅に増加するとの情報である。俺は旨々と広告として使われたらしい。とはいえ、収穫はあったので勉強料と思えば悪くはない。その他大勢が騙されて戦地へと送られても、俺自身は痛くも痒くもないからな。


 また、壁内ではサムギョプサル絋雨ブームが屡々しばしば巻き起こっていた。街中をヘルメット姿で歩く者や、バイクを乗る際に同じ格好をする者。将又、鉄の棒を愛用武器にする者などもいる。


 率直な意見を述べさせてもらうと、気分はそこまで悪くない。誰もが俺を強者と認め、崇拝していると同義だからだ。次第に騒ぎは収束するだろうが、それまでこの景色を堪能しようと決める。正体を探す者も出てくるだろうが、暴露の可能性は皆無だ。対策も十全に打った。抜かりはない。


 一方、右手首に装備された青い宝石が付いている腕輪。


 優勝賞品の魔力水晶である。

 この腕輪を装備しているのは唯の気分だ。実戦訓練をしているとかではない。新しいアクセサリーは、取り敢えず身に付けてみたくなるものなのだ。子供が手に入った玩具を常時側に置いておくのと同じ理屈である。俺は子供ではないがな。


 賞品受け取りの際、使用してみた感想を寄越せと大会本部からの言伝があった。要は俺で試験的に運用してみようとの事なのだろう。報酬は同じく魔力水晶なので、在庫が減ったら文章を認めようと思う。


 訓練であるが、専らの課題は霊感力の扱い方だ。

 魔力水晶を用いた実戦形式は、また今度になるだろう。


 確か……そう。デストロイヤーだ。

 藤堂が使っていた心技、デストロイヤー。


 思いの外、これが難しい。

 試合では勢いでいけたが、実際に意識して試みると上手くいかない。

 時間は恐らく必要だが、一度発動したのだから絶対に習得はできる。


 俺は諦めず訓練を繰り返す。

 目標は定めた。

 後は突き進むだけだ。


 壁内では数日の間、闘技大会の話題で持ち切りになるのだろう。

 俺はそちらに意識を傾けることなく、自分の魂に集中させた。

 疾うに切り替えており、後ろを向くことはない。

 無駄は存在しないと信じ、訓練を只管に続ける。


 それが正解か、不正解か。

 解答は、これからわかる事だろう。

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