29 遥か高みに

「上だッ!!」


 ……上?


 観客が指している上空を見上げると、彼方先に黒い点が見える。

 その点は次第に大きくなり、人間の形を作り出した。


 空から人が、降下してきている。


 理解の後、着陸。マントを羽織った男が、リング中央に降り立った。重力に従って落ちてきた割に鳴った音は小さく、地面の被害もほとんどない。重心コントロールが極限まで鍛え上げられている証拠だ。男は屈んでいた体を起こすと同時に、右手を振り上げて観客へとアピールを送った。


「「「「「おおおおおおおおおお!!!」」」」」


 更に沸騰する会場。途轍もない人気だ。会場全体が一体となっており、真田の時と比べるのも烏滸がましい程の熱量に達していた。俺が行った体操選手の真似事など、ミジンコ以下である。


 藤堂と言われた大人気爺は大剣をマントの上から装備していた。宝石が施された豪華で煌びやかな装飾剣である。飾りを主に勤めそうな剣だが、刃は敵を切り裂くために磨き尽くされており、鋭利なそれは相手にとって十分脅威的だ。腹を裂かれれば、間違いなく腸を引きずり出されるであろう。


「小僧、暫し戦に付き合えぃ。」


 剣を引き抜くと、俺に切っ先を突き付け宣言する。勝負の申し入れであった。

 俺の手には、賞金が大きく書かれた看板が確かに握られている。


 なるほど。


 俺に拒否権はないようだ。





 看板は回収され、賞金や品は試合が終わってからと没収された。確りと事前に掲示された条件を満たして得た報酬であるのに、何とも酷な話だ。人間とは、容易く契約を破るものだと改めて認識させられる。信用のおける種ではないのは間違いない。


 相対しているのは藤堂の爺。大剣を片手で持ち、肩に担いでいる様子からは余裕の表れが見える。対して俺は、鉄の棒を正眼に構え何時でも動ける様に厳戒態勢を取っている。試合は既に開始されているが、両者は固まり、行動を起こしてはいなかった。


 否、起こせないでいたのだ。


 通常であれば即時相手を切り刻んで、この下らない模擬戦を終了させ優勝賞品を獲得する。その後、早速森へ赴いて訓練を開始する手筈であった。今も考えは変わっておらず、出来るならばそうしたい。


 ところが、動けない。

 相手に全く、付け入る隙が存在しないからだ。


 ピリピリとした空気を肌に感じていた。

 シュテンに初めて遭遇した以来の、圧倒的なまでの重圧を感じ取る。

 あれよりは幾分か弱いものの、威圧感で見れば大した違いはない。


 正面にしてみて、解る事実がある。

 こいつは、俺より格段に強い。

 今挑んだら、即刻、地を這い蹲る事になるだろう。


 にも拘らず、胸は何故か熱い。

 気分が高揚する。


 ……そうか。


 今、何となく理解した。俺は、強敵との戦いを求めていたのだ。

だからこそ、全力で掛かってきた真田の試合では熱中したし、シュテンたちと後腐れなく戦うために被害を肩代わりする魔力水晶を求めた。体育祭では、目立ちたくないのであれば力をただ抜けばいいが、平等な力で競いたいがために気功力を全く用いなかったのだ。理由は、行動の中に存在していた。


 鉄の棒を強く握る。


 試したい。

 今の力を。


 気功力を最大限に高め、身体能力を向上させる。魔法粒子を操作し、身体に防御用の膜を張る。全身を覆う球型の魔力壁では発動を自分で指示する必要があるが、これなら常時発動で自身からの攻撃もできる。訓練課程で習得した技法であった。防御力は何段階か下がるが、今はその部分に目を瞑るしかない。家に帰った後、改善点を模索しよう。


「良い操作能力を持っているな。気功力が極限まで高ぶり、周囲を魔法力の壁が覆っている。並の攻撃は通らないだろう」


 ……見えている?

 俺と同じ目を、持っているのだろうか。


「……しかし、まだ青い」


 気を巡らせ始めた。俺の身体を、滝のような高所から落下する激流のオーラが流れているとしたら、藤堂は打って変わって、小川の様に静かで澄んでいる。見るからに無駄が省かれ、洗練されている様子だ。


 なるほど、こうやって気を操るのか。周りの式神が才能に任せて振るう脳筋ばかりだったので、気付かなかった。イバラキも魔法力専門なので気功力に関してはそこまで詳しくなかったからな。これも、今後の訓練に追加しよう。


「何を呆然と見ている。いくぞ」


 まずい。


 そんな思考が、頭を過る。


 咄嗟に、武器で体を守った。


『ぐぁ……ッ』


 横合いから、車に轢かれたかのような衝撃。

 身体が浮き、運動力に従って飛ぶ。


 リングの端を過ぎ、壁へと激突した。

 瓦礫の山ができ、辺りを砂埃が覆い隠す。


「立ちなさい。対してダメージは受けていないだろう」


 その通りだ。飛ばされはしたが個人用魔力壁は健在で、攻撃されても尚、水晶は綺麗な青を誇る。だが今の一撃だけで、嫌という程分からされた。練度の違い、という奴だろう。動きが速すぎて、目で追えなかったのだ。例えるなら、プロ野球選手の160km直球を一般中学生が初めて間近で見たという感じだ。ミットに収まってから投げられたのを理解する程、俺と藤堂には圧倒的な差が存在するらしい。


 どうすれば勝てるのか。


 ……。


 悩んでいる暇はない。


 瓦礫を押しのけ飛び出す。

 包んでいた砂埃を置き去りにし、そのまま斬り掛かる。


『……ッ!!』

「いい太刀筋だ。師にも恵まれているな」


 ……皮肉かこの野郎。

 俺の剣戟の殆どが潰されている。

 既にギアはトップまで跳ね上がり、音速を越えていた。


 全力、それを出しても。


 通じない。


 敵わない。


(……くそッ)


 悔しい。


 こんなものか。


 こんなものなのか。


『まだだッ!!!』

「……ほぅ」


 上昇する速度は、今や光速に達しようとしている。

 訓練で越えられなかった壁を乗り越える、そんな一歩を踏み出した。


 俺は、戦いの中でも成長している。

 その実感が、確かにある。


 まだ先だ。


 もっと先だ。


 俺は止まらない。


 負けて堪るか。


「ふんッ」

『ぅが……ッ!?』


 腹に大剣の剣身が叩きつけられていた。


 再度吹き飛ぶ。

 その際、腕の水晶が目に入ったが、既に黄色に変化している。

 魔力壁が突破されたのだ。


 地面を数回バウンドし、場外に弾き出されてから動きが止まる。この場より高さのあるリングからは、片手で髭を擦りながら藤堂が見下ろしている。一方、俺は低い場所で地に膝をついて見上げている姿勢。……畜生。何とも不甲斐ない戦闘だ。式神達に見られていなくてよかった。


「良い若者を見つけられて、儂は嬉しいぞ。気分がいいので一つ、伝授してやろう」


 伝授だと……?

 余裕持ちやがって。パフォーマンスのつもりか。今に思い知らせてやりたいが、結果を覆すには模擬戦の時間だけでは難しい程に実力の開きがある。どうやら真田だけでなく、俺も修行時間が全く足りなかったらしい。


「気の巡らせ方や魔法粒子の扱い方にも改善点が見られるが、一番は霊感力だな。君は、霊感力がそこまで戦闘に役立たない代物であると思っているのではないか」


 ……霊感力。

 戦闘に役に立たないとは思っていない。妖怪との遭遇では、大いに助かるからな。だが、こいつが言いたい事柄とは意味が異なるだろう。実際の戦いで、必要になる場面があるかと聞かれているのだ。


 だが、そう言われても答え辛い。今まで戦闘というものをそこまで積んでこなかったので、経験自体が不足気味であるのだ。返答するのは難しいだろう。


 代わりに、無言で睨みつけてやろう。恨みをたっぷり込めて。

 それが答えになる。俺はヘルメットを着用しているからな。


『……』

「よし、聞く気になったか」


 うるせぇ、ダボハゼ。


「……そうだな、実際に見せた方が早いだろう」


 剣を地面に突き立てると、柄を両手で握ったまま集中しだした。


 ……一体、何をする気なのだ。


 観察していると、周囲の空気が変わった。


 先程よりも地球の重力が上がったかのように、体が重たくなる。ずっしりとした布を、頭から被せられたと錯覚する程に、勝手が違う。汗も噴き出してきた。全身が緊張で強張り、息もし辛い。


 何が起きたんだ。

 訳も分からずにいると、藤堂が一瞬、笑ったように見えた。



――「“顕現せよ、英雄の鎧”」



 俺は自然と、その場で跪いていた。

 藤堂匡一には勝てない。

 そう魂に植えつけられるように。


 初めての感覚。

 身体が、震えて動かない。


 怖い。


「これが“覚醒(デスペルタル)”。霊感力の高い者に行使可能な心技である。みたところ、君は非常に素養が高い。きっと、使いこなせるはずだ。」


 藤堂の全身は黄金の鎧に覆われ、こちらを見据えている。

 その視線にも重圧を感じる程に、俺の精神は相手に支配されていた。


 一呼吸置くと、藤堂は再度、声の音量を大きくして話し出す。


「……これを見ている観客の諸君、君たちにも力を持っている者は僅かながらいるだろう! 扱い方は冒険者団体に入団後、講習を受けられる! 是非とも、我が冒険者団体へと入り、人類を共に救える人材となろうではないかッ!!」


「「「「「おおおおおおおおおおおお」」」」」


 ……。


 確かに今まで疑問だったのだ。三大力として重要だと言われている霊感力であったが、出番があまり見られなかった。魂の位階が上昇するという事実が存在するものの、一個人での差は微々たる量でしかない。世間は何故これを重要と言って検査項目にも追加しているのか。ここにきて、意味があったとは、それは驚きである。講習を受けたいがために冒険者団体への入団する者もこれから大層増えるのだろうな。


 ……しかし戦闘中に自分の会社を宣伝とは、見上げた根性だ。

 

 震えている足を手で支えながら立ち上がる。


 まだ俺は、諦めていない。

 あいつは演説に夢中で、チャンスは今しかないだろう。


 一旦距離を取る。準備をするためだ。

 今にその鼻っ柱を粉々に砕いて、コロッケの衣にして揚げてやるから待っていろ。


(来い)

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