28 影に潜むモノ
決勝戦。
一ノ瀬は既に入場を済ませており、これから俺がリングに上がる。会場は大いに沸いているが、恐らくまたもやバッシングの嵐が巻き起こるのだろう。観客の殆どが応援していた真田を倒したのだから、それは変えられない事実である。
特に感慨はなかった。
ただ勝って、賞品を持ち帰るだけだ。
そのことしか、頭にはない。
重い足を動かし、開かれた扉を潜る。
暗い場所から移動したせいか、瞳に光が刺さった。
眩しい。
一瞬目を瞑ったがその時間も長くはなく、すぐに目を開けた。
「絋雨ッ!!真田の分まで頑張れぇ!!」
俺を応戦しているのであろう声が聞こえる。
末期だな。幻聴が聞こえるなんて。
心の中では気にしないと言っておいて、実際の思いは異なっていたのだ。
まだまだ鍛錬不足だったらしい。精神が貧弱なのは非常に問題だろう。
「サムゥ!!応援してるぞぉ!初優勝見せてくれぇ!」
頭に声が反響する。
一度も呼ばれたことがない、外国人みたいな呼称を頭の中で作り上げている。ついに狂ってしまったか。俺も案外、小心者で寂しがりの性格らしいな。それとも、これが転生の副作用だったか。だったのなら、生まれ変わるのではなかったな。
「いけー絋雨ッ!!」
「コスプレだからってバカにして悪かった!」
「ヘルメットカッコいいぞ!」
「俺は最初から信じていたからなッ!」
「大胸筋キレてるよぉ!!」
観客全体から声が聞こえてくる。
それは、確かに実感として伝わってくる物で。
現実だと、肌から理解できた。
……なるほど。
どうやら、俺の中で創作した妄想ではなかったらしい。
頭がおかしくなっていなかったのは儲けものだ。
しかし、強いからと急に身を翻すとは下らん奴らだ。
片腹痛い。誰が貴様らの声援など受け取るものか、馬鹿共が。俺が戦うのは優勝賞品のためであって、断じて声に応えるためではない。勘違いするなよ。
だが、何も反応を示さないと、自宅の郵便ポストに不幸の手紙を送りつけられてしまうだろうから、少しぐらい自分から動いてやるか。
俺は入場ゲートから駆け出す。
リングまでの距離が中間程度になった。
そこから後転跳びに形を変え、回転しながらリングに近づいていく。
縁に到着した時点で、地を蹴って飛び上がった。
空中で数回転する。
リング中央、綺麗に着地。
両手を天に高く向けた。
ビクトリーポーズ。
その姿は、前世で見た金メダル体操選手だ。
「「「「「うおぉおおおお!!」」」」」
拍手喝采。
決まったな。記憶通りに再現できた。
この位の動きならば、容易いものだ。
大会前に数日練習すれば事足りる。
ははは。
俺を称賛する声か。
悪くない。強者は心地が良いな。
歓声の余韻に浸っていると、側から一際目立った拍手の音が聞こえてきた。
一定のリズムを保っており、心做しか不気味だ。
顔を向けると、そこには一ノ瀬がいた。対戦相手なのだから、当然だな。
相変わらずのイケメンスマイルである。殴って顔を整形したい。
「派手な登場だね。サムギョプサル絋雨くん」
『そうでもない。ただ回転していただけだ』
「そうかい」
以降話さず、距離を取ってお互い武器を構える。試合前に無駄口は要らない。時間の浪費を促すだけで、非効率的だ。ただ向き合って戦う、そのためにこの場に立っているのだから。
予想通りというか、中継で見た光景と同じで、片手剣を両方の手に持っている二刀流だ。主人公っぽい見た目が彼には妙に似合っていて、違和感を抱く材料にはならない。何というか、羨ましい程にカッコイイのだ。これが、人気者のオーラという奴か。多くの人間が花に群がる蜂の様に一ノ瀬へ吸い寄せられているのは、クラスが一緒なので嫌でも知っている。その理由には、本人才覚という確かな真実が存在したらしい。
前にすると分かるが、そこまで嫌悪感を持たないのだ。十年来の友人の様に、心の内側へ容易く入り込める雰囲気を一瞬で作り出す。家の格など付属品で、それが彼という人間を現身分まで押し上げているのだと感じさせた。普段であれば、俺が叶う筈もない大きな男だ。しかし、この場は闘技大会。人間的美点や社会的地位など、洋食の端に乗っているパセリ以上の価値を見出せないだろう。
パセリは彩り以外にも栄養素の面で優秀であり、皿に盛られている確かな根拠があるが、そんなもの一般人は誰も知らない。気にすることも少ない。ならば、誰もが最後は食べずに残す。口に入れる者も、勿体ないという理由が殆どだ。結局は苦い唯の草という位置づけでしかない。
パセリ野郎は問答無用で痛めつけるに限るが、俺は今入場パフォーマンスを済ませて気分が良い。今日のところは、苦しまずに一思いにやってやるか。嫌っている食材だからと八つ当たりするのも、大人気ないしな。
試合前のカウントダウンが始まり、周囲の緊張が高まる。
秒数が減少していき。
無くなった。
開始だ。
ブザーが鳴った。
と、同時に一ノ瀬が迫る。
む。
思った以上に隙が多い。こいつは後半になるにつれてギアを上昇させるタイプらしいが、それにしても動きがお粗末だ。右手の剣から振ってくるが、脇がガラ空きである。差し込める角度が掲示されており、何時でも攻撃が可能だ。
誘っているのか?
……。
物は試しだ。とりあえず乗ってみよう。
反撃されたのなら、その時対処すればよい。
それだけの訓練は積んできたつもりだ。
誘いに乗り、胴へ鉄の棒を下段から叩き込む。
さぁ、どう出てくる。
何処からの斬撃でも、柔軟に対応してみせるぞ。
脇へ棒が綺麗に吸い込まれていく。
あ。
普通に当たった。
苦し気な顔を浮かべ、一ノ瀬はぶっ飛ぶ。
転がり止まって、遠方で蹲る身体はピクリとも動かない。
……まじか。結構諸に入ってしまったぞ。
魔力水晶は赤みを帯びた橙色に染まっている。
ダメージは吸収されているが、様子が変だ。
や、やり過ぎたか。
困惑の感情が芽生え始める。前の試合を見ていたので、巧妙に何かの策を弄してくると予想していたが、当てが外れた。どういうことだ。誘っていたのではなかったのか。単に打撃を受けたいだけのマゾ気質なのか。それとも、攻撃を受けることで発動する魔法でもあるというのか。数秒間に幾つもの思考を繰り広げるが、答えは出ない。
だが、そのような考えはすぐに掻き消えた。
一ノ瀬の影から、何か煙らしき気体が発生し、胴体の方へと近づいていくのを、常時発動している“目”が捉えたのだ。それは異質であり、普通であれば現れないモノで、俺も初めて目撃する。煙は段々と肌へ吸い込まれていき、最終的に魂へと漂着した。魂の隙間へと忍び込み、一つの塊へ成る様に混ざり合う。
その瞬間、一ノ瀬の霊感力が爆発的に増加した。以前とは、明らかに別人だ。身体を覆うように魔法粒子が飛び交い、何時でも魔法行使が可能であろう。気の扱いも、格段に上昇しており、どんな岩でも砕けそうだ。立ち上がり鋭い視線を浴びせてくる様は、歴戦の戦士を思わせる風情である。
実際に付近で見て、初めて気付いた。
影に何か、得体のしれないモノが入り込んでいる。
いつからかは予想がつかないが、今もいる。
警戒度合を瞬時に高めた。
斬り掛かってくる。
重い。力任せに攻撃してくる感じだが、一つ一つに威力が宿っている。棒を傾け、俺が攻撃を往なし出すと、次は変幻自在な剣技を披露し始めた。捌き辛く、非常に巧みである。
だが、馴染み切っていない。急な変化に、身体の方が付いていかないのだ。最適な筋肉が鍛えられておらず、動きがぎこちないので決定打に欠ける。俺がシュテンやイバラキと契約した際にも、魂の量が劇的に増加して同じ事態に陥ったので、気付くのは早かった。
であれば、対処は簡単だ。
拙い動作から生まれた僅かな隙を見定め、一撃を加えてやればよい。
……ここだ。
刺突を見舞う。
すると、終了のブザーが鳴った。
魔力水晶が赤に変わったのだ。
影へと煙が引き帰していく。
一ノ瀬の霊感力が元に戻りだした。
どうやら、暫定的なモノらしい。
このまま、見す見す逃す訳がない。
武器に魔法粒子を纏わせ、影の場所を切り裂く。されど、床を削る音が響くだけで特に手応えを感じる事はなかった。ならばと霊感力の糸を出し、該当位置を探索してみるが入り込めず、結果は収穫なし。そこには通常通りの影があるだけだった。
……一足遅かったか。
勝利はしたが、悶々とした感情だけが胸に残った。
*
『そして、今年度の優勝者は…………サムギョプサル絋雨ぇッ!! 皆様、盛大な拍手でお迎えください!』
決勝戦終了後、会場では授与式が行われていた。手と手を打ち鳴らす音が日の沈み始めた空に響く。本選に進んだ8名が下位から順に呼ばれ、健闘を称えられているのだ。優勝した俺は当然最後で、式最大の盛り上がりを見せていた。
『サムギョプサル絋雨さんには、大会運営委員会から優勝賞金1000万円と量産型魔力水晶100個が贈られます』
箱が積まれたキャスター付き机と、金額が書いてある大きな看板がスタッフによって運ばれてくる。2位の一ノ瀬にはトロフィー、同着3位の真田と扇にはメダルが。以降は賞状で統一され、聖の顔には屈辱の二文字が透けていた。分かりやすい女だ。
俺に看板が手渡され、暫しの写真撮影時間だ。モテモテ間違いなしの決め顔を作り、カメラへと笑顔を向ける。精一杯のファンサービスだ。泣いて喜べ。勿論、ヘルメットで見えていないが、こういうのは気持ちが大事なのである。心の目で読み取ってくれることを祈る。
撮影が終了すると、司会者の指示により俺以外の本戦出場者が退場していく。
ヒーローインタビューでもするのか?
機械音で判別しにくいが、一応喉を整えておくか。
あー、あー。感度良好。何時でも声出し可能だ。
質問なら任せておけ。この機会のために、『山田選、勝利者インタビュー100』を用意しておいた。全て頭の中に叩き込んでおり、どんな疑問にも即刻答えられる自信がある。別に、楽しみなわけではない。優勝者とは、注目を集め他の手本となる者だ。簡単な考えでは務められない。これぐらいの準備は大いに必要なのである。
『えー、以上で授与式は終わりとなりますが、闘技大会はまだ続きます。皆様、宜しければ退席せずにお待ちください』
立ち上がりかけていた観客が席に着きだす。
何が今から始まるのか、興味があるのだろう。
僅かだが、辺りが騒がしい。
きたきた。きたぞ。待ち遠しいね。
もうすぐ、俺の美声が麗しい音で発せられるだろう。
皆が望んでいるものだ。最高を届けてやろう。
刮目しろ、というやつだ。
『例年では、只今を持って闘技大会全ての行事を終了させていただくところですが、冒険者団体達ての希望として、特例で最終試合、模擬戦を開催致します。』
え。
『対戦の組み合わせを発表します。優勝者のサムギョプサル絋雨の相手ですが……なんとッ! 公式の場で戦うのは50年振りですッ! 人類最強の名を欲しい侭にし、520歳に突入した今でも現役で前線に赴いて剣を振るっているッ!』
会場の熱気が一気に増した。
なんだ? 誰だなんだ。
俺のヒーローインタビューではないのか。
『魔物に侵略された領土を奪い返す快挙を初めて達成させた、正に英雄という言葉が相応しいッ! 私も身体が震えています! 興奮しているのでしょう! ……紹介します。冒険者団体最高責任者、団長職ッ! ……我らが誇り、藤堂匡一です!!』
歓声が、爆発した。
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