27 無情なり

 決勝戦前の休憩時間。場所は俺の控室。


「兄貴! なにか、俺にできることはねぇかッ」

『じゃあ、とりあえず水買ってきて』

「おうよ!」


 走って部屋を出ていく。


 冗談だったのに、本当に行ってしまった。

 なんか悪いな。


 試合が終わってから、真田は俺の後ろを付いてくるようになった。

一方的に摂取されるのが恐ろしくなったのだろう。強者に擦り寄って、少しでも美味しい汁を吸おうと思っているに違いない。見た目が強そうな割に、心は小心者気質だったようだな。仕方がないので、大会の間ぐらいは俺が面倒を見てやるか。主にパシリ役として。精々、俺の側で搾取される側の立場を思い知るといい。


 嫌だと泣き出し、許しを請うまで身体を酷使させてやる。これまでみたいに楽に過ごせると思うなよ。お前はこれから、籠の鳥だ。自由に羽ばたくことはできない。馬鹿みたくピーピー鳴く姿を想像すると、今から楽しみだ。


「買ってきたぜ!」


 思ったよりも早く、扉が開かれる。帰ってきたらしい。

手には一本の天然水入りペットボトルが握られていた。こいつ、体温高そうだから温くなってないか心配だな。キャップの部分持ってくれない?


『すまないな、これは金だ』

「いや、ここは払わせてくれ」

『……俺はそういうのが好きではない。いいから受け取れ』


 水と交換する様に、真田へ料金分を支払う。

 俺は、金の貸し借りが好きではない。人は誰しも貪欲で、金に目がないからだ。一度の借用が後々にまで影響を及ぼし、身を破滅させる可能性も捨てきれない。やるなら、確りとした契約の元、立会人も付けて行うべきである。


「……さすが兄貴だぜ」

『……あぁ、そうだな』


 真田もその事実に気付いたようだ。行動してからであるが、人に聞かずとも状況を理解する。中々にして優秀な人物だな。良い拾い物だった。


 俺から頼んだ買い出しなので真田の分も払うつもりでいたが、どうやら何も買ってきていないらしい。


 真田が何も飲んでいない傍ら、俺は水を口に含む。


 喉は潤った。

 だが、視線が痛い。


 胸に突き刺さる。

 チクチクと、心臓に小さな穴をあけた。

 罪悪感。今の感情を言葉にすれば、こんな感じだろう。


 ……パシリはこれっきりにしておくか。





 次の試合まで1時間半ほどの空きがあり、控室で息抜き中だ。

 横には、先程舎弟になった大男もいた。


「真田、罠と爆弾を仕掛けたから誘導してくれ」

「任せろ!」


 今は二人で携帯ゲーム機のソフト“怪獣狩人”をやっているところだ。クエストを受注し、様々なところへ怪獣を討伐しにいく大人気ゲームである。協力プレイは4人まで可能だが、敵は該当人数によって体力が調整されるので二人でも苦労なくプレイできる。


 頭を覆っていた黒いヘルメットは外れ、机の上に置かれている。ゲームをやるのに酷く邪魔になるので躊躇いなく脱いだのだ。身バレについては特に問題ない。俺が危惧していたのは女が意味もなく群がることなので、真田に知られる分には構わないのだ。勿論、試合時の着用は忘れない。


「よし! 上手くいったぜ兄貴!」


 真田が敵を誘導し、罠に嵌めた。

手際が良い。これは相当やり込んでいる証拠だな。相手の攻撃を読んで回避する姿は、まるで次何をするのか全て分かっているゲーム制作者のようだ。初めて一緒にやる相手とも十分に連携を取れている。流石は、闘技大会優勝者と言ったところだろうか。


 俺は小石を投げて爆弾を起爆させる。

 大ダメージは確実。もう少しで倒せる。

 

 真田のハンマーが脳天に直撃し、相手が混乱して倒れ込む。

 チャンス到来。今行かずして、いつ行くのか。


 二人で殺到。

 一斉に切り刻む。

 怪獣は起き上がってこない。


 数秒後、勝利のファンファーレが鳴り響いた。

 依頼達成だな。本作品における強敵であったが、真田が思った以上に強かったので助かった。報酬も潤沢で、気分はウハウハである。


「よし、真田。まだ時間があるからもう一回行くぞ。龍の逆鱗を落とさなくてはならないからな。」

「おうよ、兄貴! 出るまで付き合うぜ!」


 良い奴だな。後でチーズケーキを御馳走してやろう。

 再度依頼を受領し、さて次の敵だと意気込みを入れたところ。


 いきなり扉が開いた。


 ……なんだ?


「サムギョプサル絋雨! 真田利幸に勝ったからって、調子に乗らないことねッ! 今度は私が倒してッ…………へ?」


 聖か。

 俺はヘルメットを引き寄せ、被る。

 視界は暗くなり、晒されていた素顔が隠れた。


 よし。

 もう安心だ。


『どうした』

「いやいやいや、取り繕っても完全に素顔丸出しだったわよ! 隠し切れないくらい全部見えちゃってたわよぉ!?」


 誤魔化せなかったか。


『(舌打ち)』

「あぁああッ!!? 今舌打ちしたわね! 私に対して舌打ちした! なんなのよこいつッ!」

「兄貴、この騒がしい女は誰だ?」

『こいつは聖だ。聖京香。頭のネジがぶっ飛んだちょっと可笑しな奴だから、優しくしてやってくれ』

「なるほど。わかったぜ」

「私を残念な子みたいに紹介するなッ! そして、あんたも乗るんじゃないッ!! ……って、真田利幸ッ!?」


 忙しい奴だな。

 とりあえず休憩時間は限られているし、ゲームをやるか。

 視界が遮られるので、ヘルメットを脱ぐ。


「真田、ゲームの続きをするぞ」

「おうよ!」

「あたしを無視してッ!?」


 こちとらもうすぐ試合なのだ。それまでに龍の逆鱗を落とさなくてはならないので、今は少しでも時間が欲しい。遊びたいなら、お外に行ってくれないか。外ならどれだけ騒いでも警察が取り締まりにくるだけで俺達は何も関与しないからな。


「怪獣狩人を持っていない者は去るんだな。俺たちはこれから狩りに出かける」


 ここからは聖域。通行証のない者の立ち入りを禁ず。これ以上邪魔をする気なら、排除の面も視野に入れなくてはならない。女子供だからと容赦をする気はなかった。逆に力が籠るぐらいだ。覚悟するんだな、俺の右ストレートは芯に響くぞ。


「……怪獣狩人? そ、それなら丁度私もやっているわ! 今持ってくるからちょっと待ってなさい!」


 なに?


 ……。


 狩人か。


 なるほど。


 ……。


 状況は変わった。

 聖。お前は今日から、俺達の仲間だ。

 一緒に狩り、しようぜ。





「聖。このナメクジ野郎が」

「ひッ……。そ、その……さっきはノックもせずに扉を開けてごめんなさい。だから、そんなに怒らないでよ……。悪かったわよ……」

「ふん」


 別に急に入ってきたことに対して怒っているわけではない。そんなことで一々腹を立てていては唯の器が小さい男だ。理由は別にある。


 こいつ、狩人の地位が俺達よりも低いのだ。地位が低い者は、高い者が受領した依頼を受けられない。逆は可能なので、必然的に俺たちはこいつの受領した依頼を手伝うことになった。地位の底上げである。


 まぁ、それは別に構わない。長期的に考えて、狩人仲間を育成するのはプラスに働くのだ。俺の素材は聖が追い付いた後からでも採取が可能なのだから、先に一人増やした方がゲームは盛り上がる。弱い敵を強い装備で蹂躙するのも楽しいしな。


 ところが、この女。

 低い地位の怪獣でバコバコ死ぬのである。

 1人で1度の依頼に死ねる回数制限を超過するほどだ。


「あ……」


 聖の声が漏れたと同時に、依頼失敗の文字が画面に浮き出る。

 また死んだのか。クソ野郎が。


 不満が募る。


 これでは依頼達成は叶わず、地位も上がらない。

 はっきり言って、役立たずだ。腹立たしいことこの上ない。


 ならば。


「……特訓だ」

「へ?」

「特訓をする。闘技大会終了後、俺の家に全員集合だ。聖を徹底的に鍛え上げ、一流の狩人に仕立て上げる。拒否は認めん。寝具を用い、全力で最強を目指すのだ! 指示は追って連絡を入れる。総員、連絡先を交換せよッ!」

「鍛錬だな!心が燃えるぜ!!」

「え? ……えぇぇえええ!?」


 携帯電話を取り出し、二人のメッセージIDを追加する。その際、ある数字が自然と目に入った。最近、表示される累計友達数が公式アカウント以外で非常に増えてきたのだ。歓喜という気持ちはないが、何となく考え深い。


 前世とは大違いだからだ。学校生活はバイトに明け暮れて遊びに出かけることも少なく、友人と呼べるような人間も少数であった。社会人になっても仕事尽くめで、唯一の休息は彼女との会話だけ。その彼女もクズだったので、俺の人間関係は最低であったといえる。思い返せば、このような時間は何よりも至福に感じるのだ。


 夢ではないのか。


 いつも考える。朝起きれば、ここは元の日本で。

薄い布団から起き上がった俺は孤独にカップ麺を啜り、日々を生き抜くために会社へと通う。彼女という活力を無くし、何もなくなった俺は感情も抱かぬまま、機械と何ら変わらない働きをするのだ。


 意味のない人生。

 ただ、惰性で過ぎていく。


 最後は、老いて死ぬのだろう。

 誰に看取られるわけもなく。

 たった一人で。


 ……。


 沼に嵌りそうになり、視線を前に戻した。


「てめぇは弓で戦った方がいいじゃねぇか? 避けるの下手だし」

「へ、下手じゃないわよ! まだ慣れていないだけッ! 特訓して絶対見返してやるんだからぁ!」


 二人が会話を繰り広げている。


 どこか、遠い世界のように感じた。

 あっちは綺麗で。

 俺の近くは、暗く淀んでいる。


 本当にここは現実なのだろうか。


 探しているものは見つからず。

 答えてくれる者もいない。


 あぁ。


 さっきまでは何ともなかったのに。

 今は何となく、この場が辛かった。


「悪い、御手洗いだ」

「ん、おうよ。」

「え? ……わ、わかったわ」


 特訓か。


 そうだな。


 別にやらなくてもいいか。

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