26 思いがけない脅威




 

 2回戦の第2試合目、敵は真田という男だ。

 気の流れ等を見ても、恐らく本大会切っての猛者である。


 しかしながら、俺からすると一番戦いやすい相手と言える。

 試合では真正面から殴り合うスタンスらしいので、自身も真っ向から相対すればいい。


 策を講じる搦め手などはないだろうと考えると、創意工夫をしてくる扇の爺さんの方がまだ戦い辛いな。真田のように分かりやすい方が戦闘は楽しい。綱渡りをする様な、戦いでの細かい駆け引きは苦手なのだ。もっと力同士でぶつかり合いたい。鍛え上げた自身の力で。

 

 今は、俺がリングに入場したところだ。

 真田が後から入ってくる。


「真田―!!」

「そのムカつくヘルメットを叩き割ってくれぇ!」

「京香ちゃんの敵討ちだぁ! イカサマ野郎を殺せぇ!」

「真田カッコイイー!!」

「抱いてぇ!!」


 俺とは異なる大声援。

 人気も、実力もある相手だ。大層ファンも多いことだろう。

 そいつら全員の鼻を明かせると思うと、今から気が高ぶる。


 早く始めよう。


 カウントダウンだ。

 この時が最も長い。


 会場も大いに沸く。

 真田のことだから、突貫してくるに違いない。

 来たところを迎え撃ってやろう。


 ブザーが鳴った。

 開始。


 さぁ、こい。


 ……。


 ……ん?


 真田の身体が微動だにしない。

 ガントレットを構えて、こちらを見据えているだけだ。

 焦りの表情も見られず、相手の意図が読めなかった。


 なんだ、来ないのか。

 予定と違うが、俺から向かうか。


 地を蹴り、走る。

 一瞬で距離を詰めると、相手の澄まし顔が驚愕に変わる。


 条件反射か、真田の右フックがすぐさま放たれた。

 態勢を低くし、避ける。まぁ早いが、確りと目で追える。特に支障なし。


 距離は相手の懐。

 続けざまに真田が叩きつけるように左を振るうが、それより早く俺の武器が胴を薙ぐ。身体がくの字に曲がり、吹き飛んだ。


 リング上をスーパーボールの様に跳ねる。


 数バウンド。


 あ。


 止まった。


「「「「「え……」」」」」


 同時に鎮まる会場。

 歓声は聞こえない。


 ……1回戦と同じか?


 少しは、期待していたのだが、面白くもない。


 真田を見る。

 手首の魔力水晶は未だ黄色味を差し始めたところ。


 まだまだだぞ。

 立て。試合は、始まったばかりだ。


「ぅ、ぐぅ……ッ」


 立ち上がった。

 そうだ。実力を見せてみろ。


 お。


 真田の目つきが変わった。

 先程まで見せていた余裕が掻き消える。

 瞳の奥には燃えるような闘志が滾っていた。


 こうでないと、張り合いがない。


 真田がこちらに向かって駆けだす。

 いつものスタイルだ。


「があぁぁぁああ!!」


 迫る拳と斬り結ぶ。

 鉄同士がぶつかる、けたたましい音が響いた。


 何度も交差する。

 火花が弾ける。

 攻防は止まない。


 徐々に観客が復活し、ヒートアップしだした。

 気がつけば再度の大歓声。会場全体がビリビリと震えだす。


 やはり、これだな。

 力と力の衝突する様が堪らない。

 脳が震える。神経を刺激して、気分が高まる。


 剣戟の速度を増加させた。


 ついてくるか。


 良いぞ。


 更にギアを上げる。

 真田は受け切れず、身体に当たりだす。


 もっとだ。


 もっと。


 既に殆どを防げていない。

 剣速はもはや、音速に達していた。


 まだいける。


 まだ。


 攻撃を雨の様に浴びせる。


 速く。


 強く。


 自分を超えて。


 ……。


 ブザーだ。


 終わりか。





 不完全燃焼だな。

 手持ち花火が最後まで燃え切らず、途中で火を落としてしまった様な、何とも言えない不満感が残る。


 足りない。もっと戦いたい。

 もっと……。


 ……いや、違うだろ。

 いつから俺は戦闘狂に転職したのか。

 どうやら、シュテンに影響されて脳みそが縮小してしまったらしい。

 自重しなくてはな。くわばらくわばら。

 

 真田が悔しげにして、地面に這いつくばっている。

 リング上に立っているのは俺であり、見下しているのも俺。


 これこれ。


 これだよ。


 弱者を蔑み、強者と成り得る。最高の気分だね。

 過程などはどうでもいいのだよ。勝てればいい。

 戦闘は楽しむのではなく、単に消化させる。それが最善だ。


 真田に近づく。


 ははは。

 強者の特権、慰めの時間だ。

 別名、煽りともいう。


『立て』

「……」


 真田が立ち上がる。

 素直に言うことを聞くとは、気構えが良いな。


 さぁ、俺の言葉を受け、屈辱に顔を歪めるがいい。

 これまでの、溜めに溜まったガス抜きだ。

 お前のファンの分も、きっちり清算させてもらうぞ。


 まずは、ダメなところをチクチクと刺激していくのだ。


 皮肉たっぷりの笑顔を顔に作る。


『おい、真田』

「……なんだ」

『何故序盤、身構えていた。お前の戦闘スタイルとは異なっていたはずだ。そんな付け焼刃で、この俺にマジで勝てると思っていたのか? 舐めていたにしても、油断するとは大変にお笑い種だな』

「……」

『弱い相手と戦いすぎて慢心していたか馬鹿め。精神面でも未熟だったのなら、鍛錬を一からやり直してくると良い。少しはマシになるだろう』

「……」


 ははは。最高に気持ちがいい。

 良い感じに心を痛めつけられているな。

 もう少しで強面のこいつも涙を流すだろう。


 次は俺とこいつの格差を思い知らせてやる。

 存分に味わうといい。


『いいか。俺は一日のどんな時でも鍛錬のことを考えている。毎日の日課を欠かした日は一度としてない。お前はどうだ。最近は天狗になって鍛錬も疎かになっていたのではないか』

「そんなことは……」

『そんなことはない、か。なら量が足りない。一日何時間やっている、10時間か? ぬるいな。24時間人生全てが鍛錬だと思え馬鹿者。力が足りないのならやり足りていないのだ。自覚をしろ脳筋が』

「……ッ」

『よく聞け、確かにお前は闘技大会で優勝経験がある。他の者より断然強いだろう』

『だがな……俺の方がもっと強い』

『圧倒的に強い』

『お前が勝てることはない』

『上には上がいるのだ』


 真田は顔に大量の皴を寄せている。自分の力の無さを認識して寂寥感を感じているのだな。良い表情だ。きっと飯が美味い。次は焼き肉でも食べに行くか。


『俺に勝ちたいか』

「……」


 返事は無いが、返答は決まっている。


『なら強くなれ、さらに先を目指せ、鍛錬をより多く積み、今に満足するな』


 ここまで真田には、お前は弱いのだから鍛錬を一生懸命やれと説いてきた。鍛錬を頑張れば、明日はあると。だが、俺という存在がいるのを忘れていないか。俺がいる限り、お前は一生泥の中のミミズだ。日の目を見ることは、生涯ない。


 鍛錬が無駄に終わるのだ。

 弱いものを見下す快楽を味わうことは、永遠にないだろう。


 はははは。

 可愛そうに。


『強くなってまた天狗になるか』

『立ち止まるか』

『慢心するか』

『相手を下に見るか』


『愚か者め』

『そしたら、もう一回叩きのめしてやるから何時でもかかってこい』

『いいか?』

『お前の上には、俺がいる』

『そのことを、絶対に忘れるな』


 挑んでくれば、俺も再度嘲ることが出来て楽しい。

 完全にwinwinの関係だ。


 ……毒を吐いてスッキリしたな。

 俺の心は今、ハワイの海より透き通っている。

 真田は滅茶苦茶にショックを受けていることだろうが、関係ないな。

 自分が良ければ、他人などどうでもいい。


 さっきから、何も言葉を発しない。

 酷く心に傷を負った様子だ。

 顔はヤクザでも、魂は子ヤギだったらしい。


 ざまぁないな。


 ……ん?


 真田に目を向けると、目にこそ涙を浮かべているが、表情は笑顔だ。

 瞳は太陽の様に輝き、顔は天気のいい空を連想させる晴れ晴れとしたものに変わっている。まるで雨上がり。


 どういうことだ。

 何が起きた。


「……兄貴ッ!!」


 え。


「あんたのことは兄貴と呼ばせてくれ!! いや、ください!!」


 ……。


 山田広15歳。

 未だ学生の身分。


 舎弟が一人、出来ました。

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