24 本当の魔法少女

 聖が入場していく。

 声援は大きい。男性は勿論のことだが、女性からも思いの外集めている。

 それなりに人気なようだが、俺には関係ないな。寧ろ、やる気に満ち溢れるぐらいだ。


 同性から好評の女は性格面で信頼できるとよく聞くが、そんなもの周りから下された外的評価に過ぎない。所謂、まやかしだ。本性など、他人には決して明かさないモノで、人間、心の内では何を考えているのかわからないからだ。

 聖とかいう、明らかに綺麗で清らかな名前であるが、心はどぶ川の様に汚いに違いない。きっと、彼氏が居ても平気で他の男と寝る様なクズなのだ。ひじきの方がまだ美味しそうで親しみ深い良い名前である。改名しろ。


 色々考えていたら腹が立ってきたな。

 試合では思う存分にぶん殴ってやろう。断じて、ストレス発散のためではない。手加減は相手に失礼に当たるからだ。誤解するべからず。


 リング中央付近に到着したようなので、俺も歩を進める。


 当然、俺にも応援はあるだろうな。あの荒れ狂う予選の中敗北せず、無名ながら初出場で本選に進んだ謎のバイク乗り。誰もが驚き、歓喜に沸いたはず。恐らく、既にファンも付いていることだろう。人気者は辛いな。


 コスプレは恥辱ポイントだが、顔が晒されていないので問題はない。

 もっと俺を崇め奉れ。教祖の域まで押し上げてくれ愚民ども。


 さぁ、今がその時。


 俺にも応援をくれ!


「「「「「ブー」」」」」


 ……君たち、案外分かりやすいのな。


 これまで一切なかったブーイングが巻き起こる。

 皆が正装の中、一人だけコスプレで出てきたからか。やはり社会は異端者に厳しかったのか。それとも予選の時、常時隠れて一切戦わずに勝利したからか。中継映像で逃げ回る姿は崇拝するには弱々しすぎたのか。


 どっちなんだ。


「コスプレが本選進んでんじゃねぇ―!」

「あいつ隠れて予選突破してたぞ! テレビで見た!」

「卑怯だ!! 今すぐ帰れ!!」

「人間のクズが!!!」


 どうやら、どちらもだったらしい。


 激しい台風の様な野次が、定位置に着いても鳴り止まない。

 山田フィーバーと言っても差し支えないだろう。


 悲しくはない。

 周囲の意見など聞く必要はないのだから。


 でも、隠れていたのはちょっと失敗だったか。

もう少し戦いに参加していれば、人数を早く減らせたはずだ。

 コスプレも、装備は仮面だけで良かった。

 別に、全身を着替えなくても素性は隠せたのだ。


 思い返すと問題だらけで。


 ……はぁ。


 後悔はしていないからな。

 ただ、過去の改善点を考察しているだけだ。勘違いするな。


 観客は止まらないが、もうすぐ試合は開始される。

 聖が右手に持った杖をこちらに向けた。

 俺も鉄の棒を中段に構える。


 カウントダウンが始まり、5から1ずつ減っていく。


 0になった。


 開始合図のブザーだ。


「燃え尽きなさい!! “炎嵐(フレイムストーム)”!!」


 開始早々、魔法力を行使してくるらしい。

 魔法に名前を付けているのは当人が想像しやすいからだ。俺は恥ずかしいのでそんなことはしていないが、結構一般的ではある。


 赤い炎が、大きな渦を作った。

 見るからに、大迫力だ。


「「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」」


 観客が大いに盛り上がる。

 早く俺が黒焦げになっているところが見たいのだろうな。


 悪いが、期待に沿うつもりはない。


 鉄の棒に魔法粒子を纏わせた。

 棒が漆黒に染まる。


 属性付与。

 自らを介して魔法粒子を操作しなければ、魔法力の行使は不可能だと学校では教えられている。その行使に際する付加価値が属性であった。

 属性が付与されると、超常的現象が発生し、粒子が炎などに形を変えて目で見られるようになる。また、属性によって変化させたり、操れたりする物質は決まっており、汎用性はそこまで高くない。聖が使っているのはこれだ。


 自分を媒体にしない魔力壁は上記にあたらないので、人の目に移ることは無い。これを俺は、勝手に無属性魔法と呼んでいる。こっちの方が有用性は高かったりするのだ。だがまぁ、要所要所だな。どちらも使えた方がいいのは当たり前だ。


 俺は属性によって黒く変色した棒を縦に振った。


 炎嵐が俺に当たる直前で、二つに割れる。

 威力はそれなりといったところか。


「……ッ!?」


 驚いている暇はないぞ。

 直線方向に走って聖に急接近する。


「……ッ! “炎翼(フレイムウィング)”!」


 背中に炎の翼が生え、飛翔していく。

 空なら近距離攻撃が届かないと踏んだか。


 甘いな。


 棒を下にして魔法粒子を集中させると、黒く発光し出す。

 ある程度溜めたところで、上空に向けて振り上げた。


 現れたのは黒い剣閃。

 それが、空を割いて突き進む。


 飛行能力を発揮し、楽々と躱したようだ。


 しかし、注意が散漫になっているぞ。


 既に俺は聖の上空。

 空を飛ぶことはできないが、地面を蹴って高く飛び上がることはできる。


「上!?」


 聖も気づいたようで、咄嗟に杖で防御に入る。

 遅いな。棒を振り下ろし、杖の上から叩く。


「うぐッ!?」


 落下。


「“炎の巨人(フレイムタイタン)”!!」


 煙が吹き上がり、辺りの気温が一気に増す。

 俺が重力に従って地面に着地すると、目の前には炎でできた巨人が立っていた。聖を地面に当たる寸前で受け止めた様子だ。聖の身体は炎で包まれているが、自身の属性なので使用者には影響がでていない。


 大きさは推定7m。

 でかい。


「……正直舐めてたわ。余裕で勝てると思っていたのに、意外とやるじゃない。でも、ここからはあたしの時間だから……ッ!!」


 聖の髪の毛が逆立つ。

 自身の中で、強大な魔法を使う気なのだろう。


「顕現の時よ! “炎の巨人(フレイムタイタン)”!!」


 おぉ。


 巨人が、5人に増えた。


 ……。


 なんだ、同じ魔法か。


 残りの4人が俺に殺到する。

 拳をためらわず放ってくる。

 熱そう。ていうか暑いな。


 まどろっこしいので即刻、ご退場願おう。

 再度魔法力を籠め、横一閃に剣技を放つ。


 熱せられた空気が空へ押し流され、4人が炎を散らして消え去った。

 息がしやすくなったな。


「え」


 次の攻撃に移る余裕は持たせない。

 気功力を足の細胞に強く集め、残りの巨人目掛けて跳ぶ。

 聖が抱えられている個体の胴を、一瞬で切り裂き消滅させた。


 無属性魔法で見えない壁を前方に出現させ、空を蹴る。周りからは、俺が空中を自在に移動している様に見えていることだろう。


「ふ、フレイム……ッ!」

『終わりだ』


 聖が巨人の手から離れ、落ちてきたところを斬り抜ける。いい手応えだ。


 必然、手首の魔力水晶が赤く変わった。

 観客は黙し、誰も声を上げない。

 静かな会場に、甲高いブザーだけが木霊する。


 勝者は、サムギョプサル絋雨だ。





 終わった。


 とりあえず、両手でガッツポーズでも決めてみるか。

 ははは。余裕な態度の相手を負かすのは大層気持ちがいいな。

 得も言われぬ爽快感がある。


「ぅ……ッ」


 呆然とした様子でリング中央に座り込んでいるのは聖だ。

 近寄って慰めの言葉でもかけてやるか。

 はははは、勝者の特権だな。


『おい、ひじ……』

「ぅわあぁぁぁぁあぁぁあん!」


 な、なんだ……!?


 急な発狂。気でも狂ったか。

 顔を見ると、先程まで凛々しかった表情は鳴りを潜め、今では生まれたての子供を想起させる泣き顔へと変化していた。


「うぅうううう!!負けたああああ!!!こんな奴にぃぃぃいいぃいいい!!!ううううぅぅぅぅううう!!うぐうぅぅぐうううぅうぅ!!」

『お、おい。ひじ……』

「うわあぁぁぁああん!!!認めないんだからぁぁぁあああ!!絶対に認めないんだからぁぁぁぁああ!!!」


『お、おぉい……』


 泣きながら出口の方へ走って行ってしまった。


 い、一体どんな奴なんだ。

 あいつの性格が、全く読めない。

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