23 ひじきの煮物

 自動販売機に到着すると、一人の女性が立っている。濃茶の髪にピンクのメッシュが入ったショートカットを持つ、おっぱいの大きい女性だ。


 俺の対戦相手か。

 第4試合、つまり1回戦目最後の試合での相手である。


 名前は…………なんだったか。

 なんか、ひじきみたいな名前だった気がする。


 話す理由もないので、知らないふりして水を買い、早々に立ち去ろう。


 金を入れる。

 ボタンを押す。


 ペットボトルが落ちてくる。


 取る。

 そして去る。


 バイバイ。


「ねぇ」


 まぁ、話しかけてくるよな。


『なんだ』

「サムギョプサル絋雨って名前……馬鹿にしてんの? それにその恰好、調子に乗っているとしか思えないわ」


 初対面で明け透けな女だ。言葉は高圧的で、視線も厳しい。

 こういう奴は結婚した後に苦労する、男を顎で使うタイプだ。あれこれと指示を出して、自分はそこまで動かない。なのに、あれは嫌だこれはおかしいと難癖だけをつける。


 面倒な相手に絡まれたものだ。あまり長く話していたくない。


『別にそんなことはない』

「あんたがそうでも、周りが迷惑してんの。わかったら辞退してくれない?迷惑なの」

『そうか』

「そうかって……ッ! 謝罪の気持ちとかはないわけ!?」

『そうか』

「そう……。そうくるのね……ッ。いいわ、あたしが直接引導を渡してやるッ。そのヘルメットの下が泣き顔で歪んでも知らないんだから……ッ!」


 踵を返し、自分のエリアへと戻っていった。


 結局、何がしたかったんだ。

 言いたいことだけ言って帰って行ってしまった。

 読み通り、苦手な部類だったな。


 それより、話したのだからついでに名前を聞けばよかった。

 本当にひじきだったっけ。


 悩みだすと脳裏にこびり付いて離れない。

 真相は謎に包まれたまま、俺は控室に戻る。


 ひじき。


 煮物。


 ニンジン。


 油揚げ。


 あー。


 モヤモヤしてきたな。





 元の位置に戻ると、すぐさま第2試合が開始された。


 やはり今回にかける意気込みが違うのか、試合は扇という爺さんが終始圧倒していた。ファンにとっては最高なのかもしれないが、何も知らない俺のような者が見ると、特に面白味も感じられない試合であった。


 続けて第3試合、出てくるのは前回優勝者の真田だ。


 会場入りした瞬間から割れんばかりの歓声が轟く。前の二組が霞む程、凄まじい人気だ。それだけ今回の優勝を嘱望されているのだろう。


 敵側にもそれなりの好青年が入ってくるが、声掛けは少ない。

 逆に野次が飛ぶほどだ。これは大層やりづらいだろうな。


 真田の武器は両腕にガントレットのようなものを装着している。

 あれで殴られたら痛そうだ。


 好青年の方は、一本の槍を持っている。

 構えは確りとしており、鍛錬の成果を想起させる。


 開始の合図が鳴った。


 真田は王者の貫禄を見せ、佇むかに思えたが、意外にも敵に向かって突進する。

地を猛然と駆ける姿は獲物を定めた虎だ。随分と腹を空かせているらしい。


『早くも攻撃に転じる真田。序盤から隙を見せません』

『真田は毎回、突貫して自慢の腕力で押し切るスタイルですからね。当然でしょう。』

『予想していたのか、亘も自分の距離を保とうと足を動かしています。あぁ!しかし速度が違う!真田の連打だぁ!打ち込みが止まらないぃ!』


 懐に入られ、槍の有効距離が潰された。

 連続打撃が目にも留まらぬ速さで繰り出される。


 すべてがヒット。

 魔力水晶が赤に変わった。


 ブザーが鳴る。


『レベルが違うッ!前回優勝者の真田、8秒で勝負を決めました!相手のペースを意にも留めない強さだぁ!!』


 真田が天に向かって雄叫びを上げる。

 観客も呼応したように、会場全体が叫ぶ。

 ある種の一体感が生まれていた。


 真田フィーバーだ。


『真田の試合は必ず勝ってくれるという安心感がありますねぇ。試合にも迫力があり、彼自身の実力も抜きんでている。』

『そうですね。中島さんのおっしゃる通り、真田は歴代の優勝者の中でも極めて優れています。彼は最高のプレイヤーでしょう』

『えぇ。これは相手もしょうがないねぇ。真田との試合では相手が悪すぎる』

『はい。えー、そんな真田ですが、今回の大会で優勝した場合、冒険者団体所属グループである“極道会”の新リーダー候補として名を連ねるようです。真田が今後、どのように力をつけ高みに登っていくのか、気になるところです』

『極道会は所属人数も多く、国民からの人気もありますからね。非常に楽しみですよ』


 グループか、放課後の授業で習ったな。

 俺は基本勉強に意欲的でないが、資格がないと卒業できないので確認小テストの出題問題だけは真面目に覚えている。授業内容は個人練習に費やしているので、当然頭入っていない。


 確か、冒険者団体に入団すると、必ず何処かのグループに配属されるのだ。

 自分では選べず、人事部が主に決定権を握っているとか。三大力の高い者や扱い方に優れている者は、優先的に力を持っているグループへの所属が可能らしいので、精々励めというのが外部講師の言だ。配属後に関しては引き抜き等もあり、その限りではないとも言っていた。

 将来バリバリ仕事をする気はないので、重要性は低いな。


 ドア近くの壁に取り付けられている機械が音を鳴らす。

 時間を知らせるアラームだ。出場時間の10分前になると起動する仕組みらしい。


 そういえば次か。

 俺は立ち上がり、埋め込まれているタッチパネルに触れた。


 



 隣には俺の対戦相手がいる。


 目を瞑り、集中力を高めている様だ。

 手には綺麗な赤色の石がはめ込まれている杖が握られていた。

 本選初の遠距離武器で、魔法力の操作効率を大幅に高める効果がある。


 一方、俺は肩に無骨な鉄の棒を担ぎ、今日の夕ご飯を考えていた。


 あれから水しか飲んでいない。昼も人の目があるので、食事を控えていた。

専用の部屋が割り当てられたので、食べる時間と場所はあったのだ。観戦何てしていないで、ご飯を買ってくればよかったのに。会場関係者も、部屋に菓子の一つでも置けばいいのだが、どうやらそんな気は使えないらしい。


 失敗したな。

 これが終わったら2回戦まで1時間空くので、直ぐにコンビニ行こう。


 前方には大扉があった。

 時間になると開き、一人ずつ間隔を置いて入場していくのだ。


 早く始まってくれ。

 腹が減って死にそうだ。


「ねぇ」

『……なんだ』

「ひッ……」


 苛立つような声色なのは許してほしい。

 この空腹感は誤魔化せないのだから。


 少し肩が跳ねたように見えた女は、言葉を続ける。


「い、今更怒ろうったって、怖くもなんともないんだからッ! ……いいこと? この試合に出場するのなら、あたしの炎熱魔法で塵も残さず消してあげる!」


 塵も残らなかったら反則で負けるんだがな。


 杖の先端を俺の方に向けた。

 視線は俺のこと下に見ている。


「今、謝るんだったら許してやらないこともないわ! 土下座して靴を舐めなさい!」


 なんだ?

 俺は蔑まれているのか?


 特に何も感じない。

 下手なのか、感情が籠っていないのか。

 分からないが、ここは憤るべきなのだろうか。


 ……。


 あ、そうだ。


『名前何て言うんだったか。……ひじき?』

「ッ!!! それは褐藻類のホンダワラ科ホンダワラ属に該当される海藻の名前よ!! 私の名前は聖! 聖京香よッ!!」

『……おぉ、そうだったな』


 スッキリした。

 今まで疑問に思っていたんだ。


 其れも仕方がなかった。ひじりとひじき、大層似ているではないか。

 お腹が空いていたのもいけなかった。食べ物に引っ張られたのだ。

 これからは間違えないようにしよう。聖はキレると恐そうだからな。


『聖、よろしく頼む』

「……誰がよろしくするかッ!」


 そっぽを向いた。

 本当によくわからん奴だな。


 丁度、扉が開き始め、外の光が差し込まれる。

 聖の横に逸らされていた顔が前を向き、表情は真剣なものに変わった。


 切り替えが早い。


 良い事だな。


 さぁ、ひじきからの入場だ。


 ……。


 腹が減った。

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