22 期待の新星
△
残り10人まできた。
あと2人脱落で終わり。
最初の戦い以降、全く遭遇せずにいる。今ではカラスも数を増やし、俺の周りでは4羽が四方を監視していた。厳戒態勢で、一縷の隙も無い。楽すぎて、暇を持て余す位だ。
『カー』
左で鳴き声が聞こえる。
とりあえず、逃げるか。
退屈であるが、戦う気はない。戦わなくても自然と人は減っていくからな。無理して敗北などになってしまっては折角割いている時間が全て無駄となってしまうのだ。わざわざ危険を冒すこともあるまい。
場を去ろうと、跳躍する前。
カラスの鳴いた方向に視線を向ける。
何処かで見た背格好。
それに記憶に刻まれたあのイケメンにやけフェイス。
……一ノ瀬か。
かなり離れたビルの隙間で、微かにしか確認できないが間違いない。
あいつ、どこにでもいるな。
紙は白く、まだ生き残っている様だ。しかし、二人の男女の連携により追い詰められている。
男は黒く、女は白い。
コスプレ愛好会とは異なる、少人数のチーミングだろう。
気功力と武器を巧みに使い、一ノ瀬を翻弄する。相手の方が実力面で上手であり、完全に後手に回っている。数でも及ばないので、これでは厳しいな。
ここまで生きてこられたのは俺と同じで隠れてきたからだな。見つかった時点で、希望は薄いと思っていい。上手く持ち堪えているが、二人が息を合わせて攻勢に出れば終わりだ。
攻防は激しくなり、自然と一ノ瀬は後退。
背中は壁。両側からは敵。
逃走は叶わない。
男が剣を紙に向けて振り下ろす。
終わったか。
……なに。
男の剣が、一ノ瀬によって弾き飛ばされる。
相手の決め業に合わせた剣。掬い上げる様に下方から見舞われた鮮やかなカウンター。
上手い。
急に、一ノ瀬の動きが良くなった。
さっきまでとは天と地である。
手加減していたのか? 若しくは、力の入った切り下ろしを誘っていたのか。
武器が無くなったところ、鳩尾を蹴り上げて男を傾倒させた。次いで、驚いている様子の女にも剣戟を浴びせると、堪え切れずに、斬撃をもろに食らう。
一瞬で決着はついた。
女の紙が黒く染まっている様を見下ろしている。
……気功力の扱い、巧かったのか。
学校では隠していたようだ。味な真似をしてくれる。
とはいえ、今は関係のないことだ。見知った人物だったので見学していたが、闘技大会は誰でも参加可能だ。クラスメイトとも出会うことは往々にして在り得る。気にするほどの出来事ではない。
視線を逸らして、その場を立ち去ろうとした時。
一ノ瀬と視線がぶつかった。
相手の口角が上がる。
来るか。
一足飛びに俺の元まで駆ける。
距離が詰まった。
早い。
斬り結ぶ。
剣についているインクが飛んだ。
一ノ瀬は片手で剣を使っているが、思ったよりも力強い。
お。
胸元から短銃を取り出し、俺の胸に構えた。
洗練された動作だ。このまま、紙を直接狙う気だろう。
引き金を引く。
発射。
インクが飛ぶ。
命中。
『勝者が決定いたしました。戦闘行為を中断し、闘技場に戻ってきてください』
近くを浮遊していたカメラから声が聞こえると、一ノ瀬は口元に笑みを張り付かせたまま、後ろに飛びのく。そして、何の言葉も発さずにその場を跳躍していった。
ふむ。
とりあえず、俺も会場に向かうか。
両者の紙は白いままだ。どこかで一つの戦いが終わったのだろう。
一ノ瀬の飛んで行った方向へ足を向ける。
それと、インクが発射されても問題がないよう、予選開始前から胸と背中には魔力壁を張っていた。透明だから誰にもバレていない。
反則っていうなよ。
ルール説明で魔力壁禁止と言われていなかったからな。
△
大会本部、某所。
本選前に幹部連中は会議を開いていた。
といっても、会議というほどの大それた物ではなく、一種の歓談となっている。
内容は誰が優勝するかに移る。
「やはり、最有力候補は前回優勝者の真田君でしょう!実力的にも申し分ないですし、市民にも人気がある。彼で決まりだ!」
「いやぁ、案外大穴でルーキーが勝ってしまうかもしれませんねぇ。今回初参加の一ノ瀬君は非常に良いですよ。ルックス、家柄等々劣るものが見られない」
「私はベテラン参加者の扇さんを応援したいですね。かなりの高齢ですが、実力は確かですよ」
「馬鹿言わないでくださいよ!紅一点の奏さんが勝ってくれた方が絶対良い!爺などごめんですね!」
「いや、誰でもないな」
各々が自分の予想を好き勝手に発する中、低く心臓に響くような声が会議室を震わせた。幹部の中でも、最も異彩を放つ人物である。
冒険者団体団長、藤堂
齢520年を超える超人であるが、その体は未だ衰えることを知らない。白髪をオールバックにし、顎全体に整えられた白い髭を携えていた。
「というと……?」
人々は黙し、彼の意見に耳を傾ける。
威厳を感じる表情から、重々しい声が放たれた。
「……サムギョプサル絋雨だな」
「さm……え? 今、なんとおっしゃいました?」
「いや、だから、サムギョプサル絋雨と……。」
「……サムギョプサル絋雨?」
「サムギョプサル絋雨か」
「「「サムギョプサル絋雨……」」」
「……いや、やはり忘れてくれ」
「そうですね……」
会議は静かに幕を閉じた。
△
昼を挟んでからの13時頃、闘技場控室に俺はいた。
1人ずつに与えられている、選手専用の部屋だ。簡素な部屋で、ソファとテーブル、それにテレビぐらいしかない。
重たい被り物を外してから硬いソファに座った。フィット感など存在せず、尻が痛い。公園にあるベンチとあまり変わらないな。
据え置かれているテレビが正面にあるので、リモコンを操作し電源を入れる。
画面には、本選の戦いが繰り広げられる正方形のステージが設置されており、囲むように観客席が軒を連ねていた。席は階段状になっており、後ろからでもステージがよく見える。
『年に一度の祭典、東京闘技大会。実況は私、大江田が務めさせていただきます』
『えー、解説の中島です』
放送されているのは実況解説付き闘技場本選だ。
本選はトーナメント形式で実施され、現在は1回戦目の第1試合を行っている。
一ノ瀬だ。
あいつの戦闘スタイルは初めて見るが、片手剣を両手に持つ二刀流らしい。
なにあれカッコイイ。
相手は大きな大剣を構える小さな男だ。
身体に不釣り合いの武器だが、良く振れている。
なにあれプリティ。
また、両者の手首には魔力水晶が括り付けられていた。青く輝かしい光を放っているそれは、今はまだ、どちらもダメージを負っていないことを表していた。
序盤こそ拮抗する戦いであったが、中盤を過ぎたあたりで、手数が勝る一ノ瀬が押し始める。
『一ノ瀬の猛攻が止まらない!小島は防ぎきれず苦しそうだぁ!』
『魔力水晶が黄色になりましたね。このままではジリ貧なので、小島は抜け出すしかありません』
『なるほど。おぉっと、ここで小島、地面を叩きつけ粉塵を起こし、距離を取る!やはり選んだのは逃亡だ!』
試合は白熱。
どちらも一歩も譲らない。
『一ノ瀬が両手の剣を振り回し、砂を散らす。あぁ!後ろだ!小島が後ろに回っている!』
『お、これは決まりますかね』
小島が渾身の力を籠めて、背後から一刀両断にかかる。
逃げるために発生させたと思われた砂埃であったが、これを逆に攻撃へと用いたのだ。脳味噌が小さそうなのに、よく思考が回っている。……褒め言葉だぞ。
完全に不意を突いたように見えた。しかし、一ノ瀬は驚異的な反応速度を見せ、振り向き様に首辺りから両手の剣で袈裟懸けにする。
クリーンヒット。魔力水晶が一気に赤まで変わった。
劣化版ではないので砕けることはないが、戦闘続行は不可能だ。
『決まったああああ!!まるで予測していたような鮮やかな動き!!勝者はルーキー、一ノ瀬ぇええ!!』
ブザーが鳴り響き、会場が大歓声に染まる。
野球場のバックスクリーンのような場所には一ノ瀬の顔と名前、それにWINの文字が表示された。一ノ瀬が席の方へ手を振ると、黄色い悲鳴が上がる。
今日もモテているらしい。きっと、何も知らない一ノ瀬のことだ。日々を楽しんでいるに違いない。
いつかあいつは刺されるだろうな。その点に関しては同情してやろう。
『今の試合、どうでしたか中島さん』
『いやー、素晴らしいですよ。剣戟も凄かったですが、最後の振り向き。背後に目でもあるんですかねぇ。私も欲しいです』
『本当にその通りです。期待の新星といって差し支えないですね』
『小島も力強さや作戦等は良かったのですが、最後の駆け引きで一歩上をいかれてしまったのでしょうね。いやー初戦から目が離せない展開ですよ』
実況解説もそこそこに、一旦休憩時間のようだ。
魔法力による会場修復が成され、10分後に第2試合が始まる。
次はベテランと言われていた爺さんの試合だ。結構有名らしく、ファンも多い。今回で10回目の参加であり、敗北した場合は現役引退を表明するそうだ。
いや、闘技大会はプロの試合だったのか? 引退表明などする必要があるとは驚きだ。
とりあえず、まだ時間はあるので廊下で水でも買ってくるか。
ジュースは買わない。身体に毒だからな。
チーズケーキ?
……偶に羽目を外すのも大切だ。
忘れず、ヘルメットを装着して部屋を後にした。
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