21 インクジェットバトル
ステージはかなり広いが、初めの位置でバッティングする場合もあるようだ。このバトルロワイアル形式は、人数が少なくなるまで隠れるが吉。攻撃せずに逃げるのが最善手だが、その中でも危害を加えてくるとなると、相手は勝ち気に満ちていると見える。
体を傾けることによって、背中を塗り潰そうと発射された弾を躱す。そんなに早くもないので、難しくない。不意を突いたと思ったためか、少し驚いた雰囲気が物陰から伝わってくる。しかし、諦めずに続けざま銃を乱射してきた。
増えたインク弾をすべて避ける。
このまま回避行動をとり続けるのも可能だが、やられ続けるのは面白くない。
鬱陶しいので、排除するか。
俺は振り向き、一瞬で距離を詰める。
向かってくる弾は問題にならない。
所詮は玩具だ。
接敵。腰の位置は低い。
そのまま立ち上がるようにして握られている剣を左下から右上に斬り上げる。
身体に一撃。敵は吹き飛ぶ。
眺めると、胸元の紙は真っ黒に染まっていた。倒したようだが、敵も復讐をしようと起き上がってくるだろう。俺はすぐさま背を向け走る。
『来い』
式神を呼び寄せると近くの空間が歪み、中からは1羽のカラスが飛んで出てきた。
最近気づいたことだが、式神を呼ぶとどこでもドアみたいな次元転移装置が起動するみたいだ。そこから式神が魂の糸に引かれて俺の元に集まる仕組みである。今まで分からなかったのは、遠くでゲートが開かれていたからだろう。
『カー』
『偵察を頼む。俺に装着されている紙と同じ物を着けた人物がいたら連絡しろ』
『カー』
空へと舞い上がり、何度か鳴く。すると、一つの点だったカラスが次第に寄り集まり、最終的に黒い雲となった。暫くすると黒雲は飛散して構成していたカラスは何処かへと消えていく。偵察のために方々に散ったのだ。精々、俺が戦わない様上手く立ち回ってくれることを願う。
あいつは妖怪だが、ただのカラスである。空を飛んでいたので何となく捕まえておいた。捨てられている猫を気軽に拾う子供感覚だ。特に何も考えていない。人語を理解するが『カー』としか鳴かないので素性は知れない。
俺の傍らには1羽が残る。こいつは連絡要員として活躍する。カラスたちは多く存在しているが意識は共有しているらしく、一匹が認知したことを違うカラスも認識している。よって、何処かに配備された一匹が敵を発見すると俺の側を飛んでいるカラスも場所を理解することができるのだ。
『カー』
右を向いて鳴いた。そちらに敵がいるのだろう。つまり、逆方向へと向かえば会うことは無い。これを延々繰り返せば、上位まで行くのはそう難しくないと思われる。
無敵ではないか。
式神はやはり最高だな。
超絶楽だが、別にズルではない。
ルール説明で式神禁止と言われていなかったからな。
*
今、俺は建物の屋上で身を潜めている。
空にはカラスが自由に行き交うが、地上では壮絶な争いが繰り広げられていた。次々と白い紙が黒く変わっていく。攻防は止むことがない。
奮闘している中で一際目立つのは、予想に反してコスプレ愛好会だった。ミーティングの時に集合地点とか話し合っていたが、本当に合流したようだな。俺は興味がなかったので聞いてもいなかったが。
奴らは紙が黒くなったとしても、白い味方のために奮闘している。
自分よりも仲間を。そんな気概を感じた。
中心には武装少女斉藤がおり、指示を飛ばしている。
外側程黒く、内側にいる人間は白い。
なるほど、味方を盾にしているのか。
良策だ。一団となっている者は少なく、誰もが孤独に戦っている。ここで群れを成している集団がいるのだ。個人ではなかなかに攻撃もし辛い。犠牲は出るが、何人かは本選に進めるかもな。
着々と人数を減らし、残りは30人。
紙を黒く染めた者達で辺りは溢れかえっていた。
ここからは乱戦に陥る確率が高い。正念場、というやつだ。
『カー』
「がッ」
振り向き様に抜刀する。
背後から剣を片手に忍び寄っていた男はその瞬間、出場資格を手放した。
遠くから銃を撃てばよかったのにな。
余裕を見せるからミスに繋がる。
おとといきやがれ。
下では未だにコスプレ愛好会が破竹の勢いを見せていた。
だが、いきなりその動きを止める。
「前回優勝者の真田が来たぞ!!」
誰かが声高に叫ぶと、集団の前には一人の大男が立っていた。味方を守るように 集まる一団を、鋭い目で見据える。
男は筋骨隆々であり、青色の髪を後頭部で結んでいる。身体に比例して紙の面積も少し大きく、逆に剣は小さく見えた。
この場にいる誰よりも気の扱い、量ともに優れており、体からは内在オーラが透けているようだ。明らかに強い。今まで出会った人間の中で、一番だ。
「てめぇら、ここをどういう場だと思ってやがる。群れて楽しいか? あ?」
魔法粒子を操作した空気支配で周囲を威圧する。
動作が滑らかで上手い。
場は真田という男に呑まれ、身動きを取れるものはいなかった。
「目障りだ。ご退場願うぜ」
ゆっくりと歩きだす。
王の行進だ。
「う、うああああああ!」
コスプレ愛好会の1人が突撃する。
無理だな。実力がそもそも違うし、精神も真田によって錯乱している。
予想通り、一刀の元に切り伏せられた。
元から紙は黒いが、ダメージは高い。再起不能だろう。
行進は止まらない。
次々とコスプレ部隊が殺到するが、全て一撃で片が付く。
「に、にげろぉ!!!」
散り散りになって逃げだす。あれだけ仲間がやられるのを見せつけられれば、我が身欲しさに逃げ出すのは仕方ない。人間とは、結局そんなものだ。自分優先。相手は二の次。危機を目の前にして、実体は隠せない。
集団がなくなれば後は早い。
孤立した者から倒されて終わりだ。
「ふん、雑魚はよく群れる」
周囲は静寂に包まれた。
光景を見ていた人たちは息を呑む。圧倒的な存在感だ。
これでは流石の斉藤も形無しだろう。
倒れているはずの魔法少女を探す。
あれ。
どこ行った。
そういえば、さっきまでいた斉藤を見ない。
……脅威からの逃走に成功したのか。
あいつも存外、人間だったらしい。
△
殴打音があたりに響く。
「くそッ!」
場所は路地裏。
倒れている男の胸ぐらを掴み、殴りつけているのは斉藤だ。
既に相手の顔は元の形を留めておらず、変形している。
しかし手は止めない。殴り続ける。
「途中までは良かったんだ……ッ! 馬鹿共を騙して順位を上げた……ッ! だが、あんな化け物に遭遇するなんて……ッ!」
運が悪かった。
真田が来なければ。
もう少し時間があれば。
仲間がもっとやれていれば。
斉藤は考える。自分はよくやった。勝ち上がれるように人を集め、軍団を作り上げた。策は成功したと言っていい。中盤までは問題なく進行し、勝ち筋もあった。
しかし、負けた。何故か。悪いとすれば自分ではなく、自分を守れなかった奴らだ。人数が足りなかったのか。若しくはコスプレ集団に狙いを定めたのがいけなかったのか。
いや、あいつだ。
真田。あいつが来なければ。
そうすれば、自分は勝っていたのに。
胸の紙は未だに純白を誇る。
「くそッ! クズ共がッ! 勝てる試合だったんだッ!」
何度も殴る。
血液が飛び、真っ白の紙に斑点を作った。
「や”、や”め”て”く”れぇぇ……も”う”、ゆるし”」
「おいおいおいおいおいッおいおいおいおいおい」
喉に顎、頬を連続で殴りつけ、発せられた言葉を意図的に止める。
攻撃は激しく、一切の躊躇いも感じられない。
「誰が口開いていいって言った。いいかぁ? お前は俺の憂さ晴らしに付き合うんだ。唯のサンドバッグとしてな。わかったか。わかったら返事」
「う“、あか”」
「へんじぃ」
「う“く”」
当然、声を返せるわけもない。
斉藤の顔は不機嫌そうに歪む。
「言うことが聞けな」
もう一度殴ろうと赤く染まった左腕を振り上げる。
しかし、その腕が下ろされることは無かった。
誰かに掴まれていたのだ。
誰か。
斉藤は、肩越しに振り返る。
「きめぇ恰好しやがって……。さっきあの場から逃げていたな。味方を見捨て、一目散に逃走。更には弱者を虐める。……クズがッ! てめぇこそが外道だッ!」
真田だ。
「死にさらせやぁ!!」
振り向かれた顔に鍛え上げられた右が炸裂する。
骨が砕け散る音が鳴り、斉藤が飛ぶ。
路地裏のごみ溜めへ強烈に突っ込んだ。
もう起き上がれないだろう。
「はッ!シャバ憎がッ!」
手榴弾のピンを抜き、放り込む。
背を向け確認することなく歩き出す。
暗い路地に、小さな破裂音だけが木霊した。
人通りはない。
目撃者もいない。
いや。
一台だけいた。
空を浮遊しているカメラ。
真田が連れていたドローンだ。
それだけは、先程の光景を記録していた。
事実は正しく、テレビという裁判所で公開されるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます