20 変人コスプレ集団

 俺に話しかけてきたのは、布面積の少ない魔法少女姿の男であった。少女だけど性別男ってどういうことだ。訳が分からない。


 ちらほら見える肌は浅黒く、程よく筋肉がついている。よく見れば、顔も美形で女性にモテそうだ。何故こんな格好をしているのか。お笑い芸人か、それとも唯の精神異常者か。


 どちらにしても、関わりたくないのは事実である。


「これから我らコスプレ愛好会で晴れ舞台前のミーティングを行うんだ!よかったら君も来ないかい!」


 コスプレ愛好会。

 晴れ舞台。

 なんだそれは。


 やはり精神異常者だったらしい。こいつらに付いていっては、確実に仲間にされる。黒に囲まれたオセロの白石の様に、俺も浪速のコスプレイヤーとして体を作り変えられてしまうのだ。


 恐すぎる。

 否定一択だ。それしかない。


『いや……俺はいい』

「恥ずかしがっているのかい? 大丈夫だよ、みんないい奴だからさ!」


 がっちりと肩を組まれた。一瞬で距離を詰める姿は、どこか熟練さを感じさせるもので、俺はそのまま連行されていく。その姿は周囲から見ると心の隔たりがない10年来の友人にも見え、どうしても初めて会ったとは思われない程、身体の距離が近い。


 なんだこいつ。対人関係能力最強キャラクターか?


 抵抗虚しく、コスプレ集団へ連れていかれ、中心へとたどり着いた。周りからの拒絶的な目は一切感じず、受け入れ態勢万全である。前を見てもコスプレ、後ろを見てもコスプレ。前門の野菜人、後門の魔法少女である。


「みんな聞いてくれ!これから俺達の仲間になる浪速のライダーくんだ!ほら、自己紹介」


 背中を少しだけ押される。動きは自然であり、他人に気づかれないようそっと実行された。お母さんか。それと、浪速ってどういうことだ。絶対、意味を知らずに語呂だけで使っているだろ。アホなのか。


『……サムギョプサル絋雨だ。バイクは乗っていない』


 とりあえず、名前だけ言って帰してもらおう。

 俺はお前たちの仲間でも、何でもないのだから。


「よッ!わたあめ!」

「イかしてるぅ!」

「今度バイクの後ろ乗せてくれ!」


 野次と拍手が鳴り響く。

 いや、だからバイクは乗っていない。


「よし、それじゃあ、喫茶店まで行くぞぉ!」

「「「「「おおお!!!」」」」」


 再度、肩を抱かれた。


 え。


 このまま連れていかれる感じか。

 最悪だ。早く行かない意志を表明しなければ。

 そうでなければ、飲み込まれる。


『おい、俺は行か』

「パンケーキが食べたいかぁ!!!」

「「「「「おおお!!!」」」」」


 集団は進みだした。


 俺も大波に流され、押し込まれていく。


 大勢のコスプレイヤーに囲まれながら。


 ……大会、辞退しようかな。





 コスプレ愛好会には男女問わず、総勢30名もの人員が所属していた。今回の大会参加人数のおよそ20分の1を占める割合で、男女問わず全員が奇抜な格好をしている。既存のキャラの服もいれば、オリジナルもいると、特徴は人それぞれだ。


「いやー、楽しみだねぇ。浪速くん。」

『そうだな』


 話しかけてきたのは魔法少女の斎藤。


 何故か実名での登録だった。


 正気かこいつ。


 現在、時間になったのでコスプレ愛好会と一緒に会場へと集合している。ミーティングはただお茶を飲んでパンケーキを食べ、円陣を組んで、みんなで楽しく頑張りましょうと言い合っただけだ。何が目的だったのかは、よくわからない。


 しかし、何人かと話したが、別に悪い奴らではなさそうだ。メッセージIDも交換してしまった。面倒くさいことこの上ないが、後で飯ぐらいなら行ってやろうと思う。


 そんな連中の中にいると俺も立派なコスプレ軍団の仲間入りであり、大多数である本気勢からは浮いて見える。一人であっても元々溶け込めていないが。


 彼らの恰好は基本統一されているからわかりやすい。

 闘技大会の正装とも言われている戦闘用の服が国から販売されており、殆どの者はそれを着用しているからだ。

 体の形が浮き出るラインの入ったタイツのようなものを全身に纏い、グローブとブーツを着けている。ラインや色は各種取り揃えており、人によって異なっていた。女性は色っぽく、男性は逞しい。


 雰囲気は明らかに真剣であり、お遊びの空気は一切感じられなかった。


 一方、闘技大会を晴れ舞台と呼称していたコスプレ愛好会は、方々から冷たい視線を受けている。俺達の周りだけ氷点下に突入しているが、気付いているのは愛好会の中でも俺ぐらいで、仲間内で流れる話は緩いものだ。それが良いのか悪いのか。緊張感がないと言ってしまえばそれまでである。


 俺からすれば、本気勢も痛いコスプレに変わりないがな。知らない人が見れば、スタイリッシュなストレッチマンが大勢いるのと一緒である。大人数で同じ失敗をしていると、案外気づかないものだ。先入観、という魔物が人間社会には蔓延っているのだから。


 場所は本選で使われる闘技場。

 そこまで広くもないリングは多くの人で犇めき合っていた。予選に参加するのは約600人であり、現状かなり暑苦しい。ヘルメットに呼吸安定機能が付いているとはいえ、やはりこの様な場は嫌いだ。


 荒い呼吸音が自身から漏れる。

 死にそう。

 地獄、再来だ。

 お迎えが見える。

 天使だ。金髪の、羽の生えた裸の天使。

 ネロは、こんな気持ちだったのか。

 今行くぞ、パトラッシュ。


「……時間になりましたので、予選で行われる競技の説明を始めさせていただきます」


 意識が戻る。

 やっとか。

 危うく逝きかけたぞ。


 ここで600人から一気に8人まで絞られることになる。


 進行役が淡々と話しを進めた。

 内容を要約すると、予選はインクをぶつけ合う戦いらしい。


 試合は街全体を舞台にしたバトルロワイアル形式で行われる。

 胸と背中には白い紙が貼られ、片方の90%以上をインクで満たされると紙が黒に変化する。紙が黒に変わると大会本部へ信号が発信され、敗北認定を受けてから本選への出場資格を手放す。敗者はそこで退場することも可能だが、他の選手をそのまま妨害することもできる。白い紙の人数が8人になった時点で終了だ。


 武器は大会本部から配布されるインクを発射する銃に防ぐ盾、インクが付着する剣にインクが詰まった爆弾である。ここから自由に選び、扱うことができる。インクは魔法力で生産されていて、街の壁や人肌に付着したとしても10秒で蒸発する仕組みだ。


「それでは、以上になります。開始の合図はここ闘技場から上がる花火とします。武器を選び指定された場所へ移動してください。」


 武器が詰まった台車が運ばれてくる。


 剣を持ってみるか。

 軽い。不気味なほどに何も感じない。まるで空気を掴んでいるようだ。

 使い勝手に関してほぼ期待できないという事だろう。見た目はおもちゃ同然であり、あまり強そうではないな。まぁ、相手を殺す訳ではないのだから、別に構わないか。


 銃もあるが、手に取らない。

 剣一本でなんとかなるだろう。

 使い方、わからないしな。


「ん?剣だけでいいのか?」

『問題ない』


 ガチガチに武装した斎藤が話しかけてくる。

 腰にショートソードを差し、脚の太もも辺りには2丁の短銃がセットされ、両方の前腕部分には円盾が装備されていた。

 盾を背中や胸に装備していないのは、反則行為に中る。これを許可してしまっては、どうあっても勝負がつかないからだ。


 思っていたより斉藤の本気度が高い。

 魔法少女斉藤は大会前でも真剣な表情を浮かべることが多かったように思える。愛好会のメンバーにも、ある程度指示を飛ばしていた。気の巡りも他より断然良い。


 案外、こいつは勝ち残るかもな。それほど悩みもせず、そんな思考が脳を過る。

 とりあえず一言、奮起させておくか。


『斎藤、背中には気をつけろよ』

「……そうだな。そうしておく」


 ……なんだ? 急に神妙な顔つきになった。

 姿と顔のギャップが酷すぎて、あまり凄みを感じない。そういう風情はフォーマルなスーツにでも着替えてから出してくれ。そうでないと、逆に笑ってしまいそうになる。いや、笑かしに来ているのか?


「それじゃあ、俺は行くよ。皆で一緒に勝ち残ろう!」


「「「「「おう!」」」」」

「「「「「えぇ!」」」」」


 コスプレ愛好会は再会を約束し、散り散りになった。

 俺も剣を片手に目的地へと向かう。テレビ中継のため、空にはドローンが飛び交っており、俺の傍にも小型の機械が一台、浮遊していた。監視されているようで良い印象を受けないが、これも賞品のためだ。我慢しよう。


 見知った街の中を歩くが、人通りはいつもより大分少ない。家の中にいるのだろうか。もしかしたら、運営側が家に居る様取り計らっているのかもしれない。そうであるならば邪魔が入る危険性も少なく、幾分、楽な試合になるだろう。


 着いた。


 地図を見て気づいていたが、住宅街のど真ん中だ。


 何人かの視線を感じる。

 観戦気分の住民だ。


 ……いや、それ以外もいるか。


 遠くから甲高い音が聞こえ、火の玉が空へと伸びていく。

 スタートの合図、特大花火だ。


 空中で炸裂。

 大きな音が辺りに轟く。


 予選が開始された。


 と同時に、インクが銃弾並みの速さで背後から迫る。


 早速、攻撃してきたか。

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