19 闘技大会
その後、イバラキとシュテンが酷く慌てた様子で俺の前に現れ、いきなり抱き着いてきた。なんだ、そんなに俺に会えなくて寂しかったのか。
愛い奴らめ。
小鳥は驚いた顔をしていたが、知ったことではない。
今を堪能しなければな。
ははは。
やはり、持つべきものは式神である。
二人と合流した後はその場で小鳥と別れ、帰宅した。特に語ることもない。
強いて言えば、妙に二人が俺に引っ付いてきたという事か。動きにくかったが、甘えさせてやるのも男の甲斐性というものだ。存分にくっつくと良い。
時は変わり、今は夏休みが明けて学校生活も再開した。
9月も半ばを過ぎ、もうすぐ4連休がやってくる。
壁内はいつも以上の賑わいを見せ、住民たちも浮足立っている。
テレビでも、トーク番組では同じ話題が繰り返し放送されていた。
何故か。
この休みに、壁内一のイベント“闘技大会”が開催されるからだ。
*
闘技大会。
どこの壁でも、必ず1年に1度開催される。子供から大人、誰もがエントリー可能であり、優勝した者は壁内最強の称号を手にする。
一躍、住民からの憧れの対象となるのだ。
英雄に近づくと言ってもいい。
なお、5回以上連続して優勝した者は殿堂入りとなり、以降の出場は認められていない。嘗て、一人が無双し過ぎて、大会出場者が大きく減少してしまったためだと、世間では噂されている。大会としては、未来の人材育成に成功しているか確かめるという趣旨もあるのだろうが。
長々と説明しているが、その理由は確りとある。
今年、俺も参戦するのだ。
毎年見送っていたのに、今回出場を決めたのはどういった訳があるのか。
ぶっちゃけ、景品が欲しいからだ。
用意されているのは名誉と多額の賞金、それに魔力水晶。
前の2つは別に大して興味がない。
……嘘だ。金には多少ある。将来訪れる豪遊のため、貯蓄しておきたい。
それはさておき、重要なのは魔力水晶だ。
壁外産の魔法力が内蔵された道具であり、受けたダメージを肩代わりしてくれる優れものである。これまでは量が少なく、必要性も高かったので、ほとんどの運用方法を国が指揮して行ってきた。勿論、闘技大会でも使用されている。
しかし去年の暮、魔力水晶の量産に劣化版であるが成功したことで、やっと国の手から離れ市民に渡ることになったのだ。
本物との違いは、許容ダメージ量の格差と最終的に壊れて使い物にならなくなるところだろう。青から赤までグラデーションで変化していく。一定量に達すると亀裂が入り、水晶が割れるのだ。
この劣化版魔力水晶が100個、試験的に優勝者へ配られる。
周りよりも早く手に入る、この機会を逃す理由はあるまい。
俺は、魔力水晶を修行に活用したいと思っている。
我が式神たちと実践的な経験を積むのだ。
非常に有意義であろう。
……今から涎が出てきたな。
そして現在、まさに大会当日だった。
俺は受付会場前に立っている。
「お名前をサムギョプサル
『あぁ、頼む』
変声機により加工された音が言葉として紡がれる。
まるで警察密着番組で聞くことのできる犯罪者特有の声だ。本来の声帯を認識することは不可能に近いだろう。
「承りました。武器は鉄の棒一本ということですが、他にはございますでしょうか」
『これだけだ』
「……はい、お疲れ様です。以上で登録作業終了となります。本番の恰好は自由ですので、ご自身の動きやすい格好に着替えた後、午前9時になりましたら闘技場控室への集合をお願い致します。」
『あぁ、わざわざすまないな』
「いえ、ご活躍のほどを祈っております」
受付が終了したので、卓に背を向けて歩き出す。
時間まであと一時間ほどある。素振りでもしておこうかと思ったが、唯一持ってきた父さんの練習棒を既に渡してしまった。
何をして時間を潰すか。
……言い忘れていたが、俺がサムギョプサル絋雨だ。
随分と頭の悪そうな名前だが、考えたのは俺ではなくシュテンとイバラキだ。
登録名が浮かばなかったので、二人に今食べたい物を一つずつ挙げてもらった。イバラキがサムギョプサル、シュテンがわたあめという結果だ。カタカナと平仮名ではバランスが悪かったので、わたあめは漢字に変換させている。
はっきり言ってゴミネームだが、今回だけなので何でも構わない。これから使うことも、記憶に残ることすらないのだから。優勝する予定なので、記録には記述されるがな。
当の二人は現在、妖魔界に帰還しており、地球にはいない。何か用事があるらしく、それが片付くまでこちらには来られないらしい。
すぐ済むと言っていたのであまり気にしていないが、本人たちは闘技大会を見に来ることが叶わずに嘆いていた。しかし用事があるのなら、なる様にしかならない。後でテレビで放送された映像の録画でも見るんだな。
思考を戻す。
本大会は、大変な名誉を得られるためか、殆どの者が実名で参加をする。だが、本名を公表したくない人やニックネームで売れたい人、賞金だけが目当ての人も少数だが存在した。プラスして、大々的なお祭りのためか、パフォーマンス目的で大会に臨む人物もいる。
そのための偽名制度だ。
また、以上の理由から服装の自由も認められている。ガチ勢は魔力水晶があるため、防御が薄く動きやすい服を着てくるが、それ以外の人に関しては、一種のコスプレ大会と化している。俺も例に漏れない。
そこには、近未来的なバイク乗りがいた。
全身が黒のプロテクター付きライダースーツのようなものに包まれており、手にバイク用グローブ、足にはスタイリッシュなライディングシューズだ。頭にはシステムヘルメットが装着されてシールドの先を漆黒に包むが、中央には電子機能により丸い光が灯り、どこか機械の瞳を思わせる。
全て新品。近所のバイク用品店で昨日買ってきた。
痛い出費だが、姿を隠せるなら安いものだ。
というのも、開催される本大会は壁内ネットでテレビ放送されるのだ。そのまま出れば、俺の顔が壁内中に広まることになる。毎度言っていることだが、俺は誰とも知れない女を寄せ付けたくない。大会で目立ってしまえば、ゾロゾロと群れを成して俺を喰い殺そうと迫ってくるであろう。
そんなのごめんだ。
未来安泰のため、俺は不承不承ながらも着慣れない恰好をしているのである。周囲から浮いた格好なので今すぐ着替えたいが、こればかりは許容するしかなかった。
……正体が隠れているとはいえ、正直まじでしんどいです。
1人肩を落としながらも受付会場の出口へ向かって歩いていると、扉の近くに今回出場するであろう、コスプレ集団が屯していた。
魔法使いやチャイナドレス。中には、現代から見れば大昔に流行ったであろう某人気アニメの主人公に成り切っている人物もいた。俺でも知っている漫画だ。あれだよ、超野菜人。髪が金に変わるやつ。
傍から見ると、改めて感じる。
痛い。
非常に関わりたくない。
目立たない様に、背景に紛れる様に端を歩く。最大限、気配を消す。
カメレオンだ。カメレオンになって、人間の見えない色に変化するのだ。
見つかってくれるなよ。
まさか、隠密能力を鍛えていないのがここで露見するとは、なんという恥辱。今度あの食い逃げクソ爺に会ったらご教授願いたい。切実に。
「あ、そこのバイク乗りくん! 浪速のバイク乗りくん!」
……俺ではないだろう。
浪速という言葉を選択した意図が読めないし、バイクにも乗っていない。
第一、知りもしない通りすがりの人物に声を掛けるだろうか。
俺ならやらない。その後の会話が気まずいだけだからな。
黙って通り過ぎる。足は速い。
「君だよ、浪速くん!」
『……』
右肩に手が置かれる。強制的に動きを止められた。
……浪速くん?
なんじゃそりゃ。
きっと、俺じゃない。
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