16 我が誉れ高き3組

 閉会式で感極まる3組一同を、俺は呆れたように眺めていた。


 優勝か。


 必然だろう。

 そもそも、3組の上が4組と1組で、5組から下は点数に大きな開きがあった。

 リレーでの1位、2位の違いは、順位が瞬く間に逆転されるほど配点が高くはない。


 そんなもの、バラエティ番組と同義だ。


「「「「「わっしょい、わっしょい」」」」」


 閉会式は滞りなく終了し、その場で胴上げが開始される。

 上にいるのは勿論、剛先輩。


「がはははははははははは!!!!!」


 大粒の涙を垂れ流しながら、大爆笑している。忙しい人だ。

 俺は輪の一番外側で、手だけを上下させる機械と化していた。


「「わっしょい、わっしょい」」


 胴上げには何故かシュテンとイバラキも混ざっている。

 部外者だが、不思議と歓迎されていた。コミュ力おばけか。


 次第に剛先輩の番は終わり、次の標的を探す。本当に忙しい人達だな。

 剛先輩の赤く腫れた目と、俺の黒く澄んでいる瞳がかち合う。


 ん?


「あいつだああああああああ!!!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」


 狂暴な肉食獣が群れを成して俺を捕食しようと迫る。


 お、おい。

 恐すぎる。


 あっという間に周囲を囲まれ、剛先輩に軽々と放り投げられた。


「いくぞおおおおお!!せーのッ!!!」

「「「「「わっしょい、わっしょい」」」」」


 俺の体は宙を舞っていた。

 夕焼け空に包み込まれ、少し鳥になったような心地だ。


「「「「「わっしょい、わっしょい」」」」」


 二度目の胴上げであるが、勢いは更に上。

 力強く、彼ら彼女らの感情が伝わってくるようだ。


 なるほど。


 悪くないな。


 こういうのも。





 体育祭は無事、満了した。

 グラウンドに移動させていた椅子を教室に戻したら、自由解散だ。


 早乙女は、クラスメイトとファミレスで打ち上げをするらしい。

 誘われたが拒否を選択。

 知らない連中に囲まれてファミレスに行くなど、頭がおかしいとしか思えない。

 トイレに行っている間に、料理や水に何を盛られるかもわからないのに。

 想像すると、怖気が走った。


 現在は、既に椅子を戻し終え、式神二人と合流したところである。

 シュテンと隣り合って歩き、イバラキが少し後ろをつく。いつもの配置だ。


「いやー楽しかったのぅ!今度、戦に勝った時にでも“どうあげ”とやらをやってみるかのぅ」

「それはいい考えですね。盗賊団の幹部達にも広めておきましょう」

「その時は俺も混ぜろ。ちなみに胴上げされる側でな」


 戦に加わる気はないが、胴上げはされたい。

 普通の考えだ。きっと納得してくれる。


 下校する生徒に交じりながら、俺達も正門へ向かう。


「む、あれは小鳥嬢ではありゃせんかい?」


 前を見ると、正門の近くには確かに小鳥がいた。

 しかし、一人ではなく、隣には金髪で高身長の男もいる。


「……一ノ瀬か」


 どうやら、あいつも打ち上げに不参加らしい。

 真っ先に仕切りだしそうな分、少し意外だな。


「あぁ、あの不正を平然と行う馬鹿ですか」

「その馬鹿であっているぞ」


 酷い言い様だとは思わない。当然の評価だ。

 二人の表情は正門に向かって歩いているので、見ることは叶わないが、一緒に下校していることから、仲は良いものだと想像できる。


「なんじゃ、あやつら恋仲なのか」


 阿保か。それは飛躍しすぎだ。

 一緒に歩いているだけでその判断をするのは、童貞の思考だろう。

 そう簡単に決めつけるものではないのだ。


 あ、左にいる一ノ瀬が小鳥の右肩に手を回した。

 肩を抱いている形だが、小鳥も拒まない。

 ……あれは完全に付き合っているな。


 確信を得られたところで、何故か右手がシュテンに握られる。

 行き成りどうしたんだ。


「童が手を繋ぎたくなったのじゃ。我慢せい」


 なんだ急に。

 付き合いたてのカップルか。


「私もお手伝い致します」


 逆をイバラキが。

 まるで、迷子になりそうな息子の両手を確保しているみたいだ。


 ……貴様ら、俺を馬鹿にしているのか。


 こんなのは望んでいない。

 体育祭でテンションの上がった俺の気持ちにもなってみろ。

 ちょっとやそっとでは満足できない体に変化している。


「おい、手ではなく腕を絡めろ」

「「!?」」

「腕だ、早くしろ」


 イバラキは頬を染め、いそいそと実行に移す。

 シュテンは躊躇いながらも、脇下から手を潜り込ませてくる。


 身体が寄った。

 肌はマシュマロの様に柔らかい。

 女性特有の甘い香りが鼻孔をくすぐる。


 ははははは。

 式神契約の縛りは衰えることを知らない。


 さらば小鳥。

 そして、一ノ瀬。


 無限の彼方へ、さあ行くぞ。





 体育祭が終われば、すぐさま中間テストがある。それも終了すれば、終業式を執り行った後、今期の成績開示が成され、夏休みへと突入する予定だ。


 テストについての心配はそこまでしていない。

 勉強しなくても、前世の知識を活かしてそれなりに解けるからだ。

 今までも一つとして落としたことがない。確かに500年分が追加された世界史では少々手古摺てこずっているが、誤差であろう。数学等も多少は進歩しているが、変化はあまりないので少しやればできる。簡単なものだ。


 今日は成績が明らかになる。放課後前のHR時に通知表が届くのだ。

 校内掃除が終了し、全員が席に着いた。

 担任から一人ずつ名前が呼ばれ、一枚の用紙を受け取る。


 あるものは歓喜し、あるものは嘆く。

 友人と楽しそうに話す声が聞こえてくるのだ。


「一ノ瀬、また1位かよ! すげぇな!」

「どうやって勉強してるの!? 今度勉強会開こうよ!」


 クラスの一角で、周囲より一際騒がしい集団がいる。クラスの上位グループだ。今まで知っている中では、一ノ瀬に早乙女、伊藤がここに含まれる。

 

「困ったな。大したことはしてないんだけど……。でも、勉強会をやるなら、今度僕の家に招待するよ」

「え!?一ノ瀬君の家ってあの高層ビルだよね!行ってみたい!」

「俺も!!」「私も!」


 勉強会か。

 そんなものを開くほど余裕がないとは。

 頭の悪い庶民は可愛そうだ。


「山田ぁ」


 呼ばれた。

 俺は苗字の頭文字が“や”なので、最後の方である。


 意気揚々と取りに行く。

 明日からは夏休み。修行に明け暮れる日々が待っているのだ。

 今から興奮してきたな。


 む。


 差し出された紙を右手で受け取るが、先生が離さない。


「どうかしましたか、先生」

「山田ぁ」

「はい」

「お前、赤点で夏休み補習な」

「……はい?」


 はい?

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