15 黄昏時
男女競合チーム対抗リレー。
俺が出る最後の種目であり、体育祭としても最終競技になる。
現在の全体順位は上から4、1、3、6、5、2、7となり、上位4組の点差はそこまで大きく開いていない。1位を取れば間違いなく優勝だが、背後のチームに抜かされると逆に落ちる可能性もある。
メンバーはチーム内でも優秀な人材が集まっていた。
俺は思っていたより超体力テストの結果が良かったらしい。
リレーは1年生→2年生→3年生の順で走っていく。
それぞれ3人ずつ、計9名の総力戦だ。
自身が1年生最後の走者を務め、前は一ノ瀬。
またこいつか。
距離は1トラック400mを一人で走り、アンカーは若干多い1周半の600mだ。
初めの走者が位置に着いた。我がクラスの
誰もが体を起こして構えている中、一人だけクラウチングスタートを選択している。想像以上に堂に入っており、何かを起こしてくれそうだ。まるで界王学院に現れたウサインボルトである。
本ルールでは、構えが統一化されていないので反則にならない。トラック上を走ってゴールを目指すことを念頭に置けば、どのようなスタートを切ってもいいのだ。
よーいの掛け声があり、空砲が放たれる。
一斉にスタートした。
先頭を4組が走り、続いて1、5と後を追う。
2、3、6、7は序盤で離され、既に下位争いへと発展している。
……伊藤君はそこまで早くなかった。
――かに思われた。
徐々に速度が上がりだす。
下位のチームを置き去りにしだした。
その勢いのまま、上位争いに組み込む。
まじでボルトだった。
構えていた一ノ瀬にバトンが渡る。
走り出した。
順位は
不正は行っていない。
試合が動かぬまま、俺の下へと近づく。
バトンパスの時間だ。
俺は駆け出し、体を右に向け、背後を見定めながら後ろ手にバトンを受け取った。
前を向き、速度を上昇させながら、右手に握られているバトンを左手に持ち替える。
よし、いくか。
一歩踏み出す。
(……ッ!?)
が、地面に足は着かず、宙を滑った。
前方に回転する。
何が起きたのか。
空中には、粒子の操作痕が残っていた。
その軌跡を辿り、トラックの中を見ると、一ノ瀬の口が弧を描いている。
酷く、卑しい笑みだ。
理解が及ぶ。
そうきたか。
気を体に巡らせる。
……体育祭で使う気はなかったのだがな。
しかし、俺の邪魔をするのなら、話は別だ。
右手を地面に思い切り叩きつける。
レーンが抉れ、体が浮いた。
頭は反転し、背中が前方を向いたまま空を飛ぶ。
空中で半回転し、着地。
気力の巡りをすぐさま解き、勢いを落とさず走り抜ける。
順位は1位に躍り出た。
会場が大いに沸く。
足は問題なく、地を駆ける。
そのまま変わらず、2年生へバトンが渡った。
「すごいな山田!回転したぞ回転!あれどうやったんだ!?」
俺は息を整えながらトラック内へと入ると、伊藤が声をかけてきた。
「地面を殴っただけだ。……それと顔が近い、もっと離れろ」
こいつはいつも至近距離で接してくる。鼻息が荒いので勘弁してほしいな。
先輩方は並んでいてこちらには来られないが、全員がサムズアップしていた。
剛先輩は
あの人笑うんだな。
却って恐い。
一ノ瀬の横を通り、裏に並ぶ。
すれ違った時。目に入った顔は感情が抜け落ちたような無表情で。
何を考えているのかわからない、薄気味悪さが漂う。
……アンドロイドっぽいな。
*
順位は上がってきた5組に抜かされ、最後のアンカーに回ってきた。
剛先輩である。
1位からは数十メートル距離を空けられていた。
あとは我が団長に賭けるしかない。
バトンパスが通り、走り出した。
その力強い体からは想像できない、しなやかな動き。
効率よく気を使っているのが分かる。
剛先輩は、校内でも屈指の三大力を誇り、さらに扱い方にも長けていた。
もしかしたら、勝てるかもしれない。
瞬く間に距離が詰まっていく。目と鼻の先だ。
外側から相手のアンカーを追い抜きにかかる。
順位が入れ替わるかに思えたが、そう簡単にはいかない。
相手も剛先輩が視界に入ったのか、火事場のクソ力を見せた。
残り50m。
拮抗。
走る。
ゴールテープが。
切られた。
ほぼ同時だ。
判定は、
5組の勝利。
……負けたか。
相手はラストスパートに力を残していたのだろう。
剛先輩は全力を出したが、勝つことは叶わなかった。
*
「みんな……すまない!! 勝てなかった!! みんなの思いが詰まったバトンだったのにッ……!」
剛先輩がクラス全員に向け、頭を下げる。
今、チームメイトがこの場に集合していた。
「剛のせいじゃねぇって。みんなで頑張ったんだから、それでいいじゃねぇか」
「そうよ。体育祭を全員でやり切ったことに意味があるわ」
「優勝できなくたって、今日の出来事を忘れることは絶対ないぜ!」
「剛くん、最後は笑顔で閉会式を迎えましょう!」
「……あぁ……そうだな、すまない……ありがとう」
3年生は、今年で卒業だ。
並々ならぬ思いがあったのだろう。目元には涙が溜まっていた。
励ましの言葉が紡がれているが、意味はない。優勝することが目標で、ただそれだけを夢見て直走ってきたのだから。
アナウンスが聞こえ、全生徒がグラウンド中央にバラバラと集まる。
閉会式が始まるのだ。
我がクラスも例に漏れず、沈んだ表情で歩いていく。
閉会式に入場の行進はなく、列が並び終わったところで式の進行が開始される。閉会式の開催宣言に始まり、着々とスケジュールが過ぎていった。
校長の祝辞だ。
誰もが耳に入っていない。
来賓の言葉。
響く者はいない。
成績発表。
期待は薄い。
「総合優勝……3組!」
「えっ」
誰とも知れず、声が漏れた。
大きな歓声は上がらない。
観客や他クラスからは拍手が聞こえてくるが、誰もが茫然自失だ。
「3組の代表者一名は、壇上の前に来て下さい」
呆然とした状態の剛先輩が、覚束ない足取りで壇上に登る。
「おめでとう」
優勝トロフィーを受け取った。
重量のある杯を抱えて振り返り、3組を見回す。
何故か、俺と目が合った気がした。
……とりあえず、肯いておくか。
頬を強張らせた団長は、トロフィーを両手に持ち、天高く掲げる。
黄金に輝く勝利の証は、夕日に照らされ、その光をより一層強めた。
周囲の酸素濃度が一気に下がる。
叫べ。
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