14 残念な奴ら

 昼休みが終わり、最初の種目は応援合戦だ。

 体操服の上から“祭”の文字が背中に印刷されている青い法被を羽織った。

 3組の伝統衣装である。


 もうすぐ、2組の応援が終わる。

 最も練習したからだろう、3組に緊張感が漂っていた。


『2組の皆さん、ありがとうございました。続きまして、3組の応援合戦です。よろしくお願いします』


 俺たちの出番だ。

 制限時間は5分以内。

 必ずやり遂げる。


「いくぞおおおおお!!!!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」





 滞りなく終了した。

 昼を明けても団結力は衰えることなく、観客を圧倒させるような舞台を披露できただろう。


 本種目にも点数が加算され、閉会式で得点が1位だったチームには応援賞が授与される。授与式には、大きな期待が高まっていた。待ち遠しい、というやつだ。


 今グラウンドでは、男子が騎馬戦を行っている。

 上半身裸で4人一組の騎馬を作り、地を駆ける。辺りには砂埃が巻き起こり、校庭は極限まで荒れる。今では試合も加速し、激しい様相を呈してきた。


 3組は劣勢だ。

 元々、個々の力はあまり高くない。

 上手く連携を取り不足分を補っているが、相手には力で押さえつけられている。


 敵の猛攻に続々と屈していくのは味方側だ。

 大将機である剛先輩が倒され時点で試合は終了するので、上手く逃げてほしい。

 そんな希望も儚く、敵機に周りを囲まれた。

 なんとか粘るも、背後から近づいてきた一機に敢え無く撃沈してしまう。


 ……やはり、チームワークを崩されてからはあっという間だったな。

 全員で固まって、特攻を仕掛ける位の気概がなければいけなかった。


 悔やんでも仕方がない。

 次は、1年生共通の三人四脚だ。

 入場ゲートから一斉に入り、グラウンドの端へとクラスごとに集まる。

 レースは反対側にある三角コーンを回って帰ってくるだけだ。


「どうも―」

「気合いだぁ!」

「……」


 俺と一緒に走るのは、体力測定の時に反復横跳びで一緒だった眼鏡と、いつも騒いでいる熱血バカだ。どちらも余っていたので、俺が誘った。

 俺は余っていたわけではない。組む相手がいなかっただけだ。


 合図が鳴り、一組目がスタートする。

 すぐ順番は回ってくるだろう。

 足に紐をつけ、準備する。


 順位は現在5位で、下位争いをしている。


 上級生を含めるとかなりの一体感を見せる3組であるが、1年生の、それも個々人での信頼力はあまり高いとは言い難い。よって、妥当な順位か。


 俺達の前のグループに、リレー用のバトンが渡る。

 一ノ瀬の班だ。

 次が俺達なので、レースの様子を横目に見ながらも、準備に入る。

 スタート地点へ並び、走っている際に解けないよう、足へ確りと括り付けた。

 慣れた作業で、時間は掛からない。直ぐに終わり、目を試合に戻す。


 未だ位置は変わらず、5位辺りで燻っていた。このままいけば、下位のままこちらに回ってくるだろう。俺としては低い方が、落ちた時に非難されずに済むので嬉しいが、言葉には出さないでおこう。


 しかし、そうはならない。


 ここで、試合に番狂わせが起きたのだ。


 前を走っていた4クラスが全て、足を縺れさせ転倒した。

 会場では笑いや悲鳴が生まれ、大いに沸く。その最中、倒れている組など物ともせずに、3組が颯爽と追い抜き、順位が入れ替わる。


「いいぞー!」

「一ノ瀬くーん!」


 1位だ。

 クラスからは、大きな歓声が上がった。


 ……なるほど。

 確かにこの競技で、今のような場面はよく起こるだろう。本番なら尚の事だ。

 しかし、4クラス全員がほぼ同時に倒れるのか。

 事故に巻き込まれたわけでもないのに。


  “目”を常時発動している俺は気づく。


 あいつ……。


 思考していると、俺たちにバトンが渡った。


「せーのッ」

「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」


 真ん中が俺、左脚側が眼鏡で逆が熱血バカだ。

 始まりの掛け声は俺が行い、右から踏み出す。


「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」

「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」


 パイロンに向かってまっすぐ走る。


 焦りすぎだ、熱血バカ。

 本競技は早い者に主導権が握られるのだ。

 俺はついていけるが、眼鏡が数拍だけ遅れている。


 折り返し地点を回ったところで、俺の左足と眼鏡の右足に明らかな食い違いが現れる。本番で修正は利かない。非常にまずい状況だ。


 このままでは、転ぶ。


 俺は左腕を肩から腰に位置を変え、眼鏡を抱えた。


 踏ん張れ。

 無理やりだが、態勢を変えさせる。

 驚いたように眼鏡が俺を見るのはいいが、今は前を見ろ。その眼鏡は飾りか。


「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」

「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」


 よし、上手く保てたようだ。次のチームへ確かにバトンを渡せた。

 順位は2位と、一つ抜かされたが練習より早かったのでよし。


 ……だが、止まれない。スピードが出過ぎた。練習でも経験していない速さだ。

 俺たちはその勢いのまま、顔面から地面に突っ込む。


「は、ははははは!気合いこそ勝利の秘訣なり!」


 砂と白い粉を顔に付けながら叫んでいる熱血バカ。

 お前のせいで転びかけたけどな。というか、最後は転んだけどな。

 結んでいた紐を外し、立ち上がる。


「いやはや、助かりましたぁ山田さん。あの時支えてくれなかったら、倒れてましたよ。私、感無量です。」

「当然だ」


 眼鏡からお礼を言われるが、勝つために最善を尽くしたに過ぎない。

 気分は悪くないので、もっと言ってくれてもいいけどな。


 トラックの中に入り、列の最後尾とへと並ぶ。

 前には、既に走り終えている件の人物がいた。隣の女子と、楽し気にお話を繰り広げており、大変ご機嫌な様子だ。


「おい、一ノ瀬」

「ん、なんだい?」


 さわやかイケメンが、話を途中で切り上げ、振り向く。


 こいつには、一言忠告しておかなければならないだろう。

 俺は勝ちに拘っているが、反則をしてまで相手を負かす気はないのだから。


「さっきのお前のレースだが、“ああいうの”は気に食わん。最後にしておけよ」

「……」


 一瞬、顔がドライアイスの様に冷たくなった。

 が、すぐに元の笑顔へ戻る。


 面と向かったのは初めてだが、想像以上に嘘くさい笑いだ。

 そこらにいる詐欺師と、大して変わらない。


「なんのことかな」


 誤魔化すのか。

 ……。


 それ以降、俺は黙り試合へ集中する。

 まだ、仲間は走っているのだ。

 現在、俺たちが落とした順位はそのままに、戦っている。


 やっとアンカーに回ってきた。


 ……あ。

 こけた。


 誰かと思えば、早乙女だ。

 やはりあいつは残念だな。


 最終的な順位として、5位に落ち着く。

 出だしと、あまり変わっていない。


 そして、集計得点にも特に変化は生じなかった。誰かしらが気づき、異議を申し立てる事態を期待していたが、どうやら一人も犯行を察知できなかったようだ。

 大健闘、ということで先輩にも迎えられている。


 あぁ。


 くだらない。


 そうか。


 クラスメイトも、先輩も。

 教師も、体育祭運営側でさえも。


 全員、残念だったか。


 心に、冷や水を浴びせられる。体温が、急激に下がった。

 盛り上がっているクラス。

 その一角で、一ノ瀬は相も変わらず笑っていた。

 外から眺める俺は、どこか浮いていて。


 あの中には、どうしても入りたくないと、強く思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る