14 残念な奴ら
昼休みが終わり、最初の種目は応援合戦だ。
体操服の上から“祭”の文字が背中に印刷されている青い法被を羽織った。
3組の伝統衣装である。
もうすぐ、2組の応援が終わる。
最も練習したからだろう、3組に緊張感が漂っていた。
『2組の皆さん、ありがとうございました。続きまして、3組の応援合戦です。よろしくお願いします』
俺たちの出番だ。
制限時間は5分以内。
必ずやり遂げる。
「いくぞおおおおお!!!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」
*
滞りなく終了した。
昼を明けても団結力は衰えることなく、観客を圧倒させるような舞台を披露できただろう。
本種目にも点数が加算され、閉会式で得点が1位だったチームには応援賞が授与される。授与式には、大きな期待が高まっていた。待ち遠しい、というやつだ。
今グラウンドでは、男子が騎馬戦を行っている。
上半身裸で4人一組の騎馬を作り、地を駆ける。辺りには砂埃が巻き起こり、校庭は極限まで荒れる。今では試合も加速し、激しい様相を呈してきた。
3組は劣勢だ。
元々、個々の力はあまり高くない。
上手く連携を取り不足分を補っているが、相手には力で押さえつけられている。
敵の猛攻に続々と屈していくのは味方側だ。
大将機である剛先輩が倒され時点で試合は終了するので、上手く逃げてほしい。
そんな希望も儚く、敵機に周りを囲まれた。
なんとか粘るも、背後から近づいてきた一機に敢え無く撃沈してしまう。
……やはり、チームワークを崩されてからはあっという間だったな。
全員で固まって、特攻を仕掛ける位の気概がなければいけなかった。
悔やんでも仕方がない。
次は、1年生共通の三人四脚だ。
入場ゲートから一斉に入り、グラウンドの端へとクラスごとに集まる。
レースは反対側にある三角コーンを回って帰ってくるだけだ。
「どうも―」
「気合いだぁ!」
「……」
俺と一緒に走るのは、体力測定の時に反復横跳びで一緒だった眼鏡と、いつも騒いでいる熱血バカだ。どちらも余っていたので、俺が誘った。
俺は余っていたわけではない。組む相手がいなかっただけだ。
合図が鳴り、一組目がスタートする。
すぐ順番は回ってくるだろう。
足に紐をつけ、準備する。
順位は現在5位で、下位争いをしている。
上級生を含めるとかなりの一体感を見せる3組であるが、1年生の、それも個々人での信頼力はあまり高いとは言い難い。よって、妥当な順位か。
俺達の前のグループに、リレー用のバトンが渡る。
一ノ瀬の班だ。
次が俺達なので、レースの様子を横目に見ながらも、準備に入る。
スタート地点へ並び、走っている際に解けないよう、足へ確りと括り付けた。
慣れた作業で、時間は掛からない。直ぐに終わり、目を試合に戻す。
未だ位置は変わらず、5位辺りで燻っていた。このままいけば、下位のままこちらに回ってくるだろう。俺としては低い方が、落ちた時に非難されずに済むので嬉しいが、言葉には出さないでおこう。
しかし、そうはならない。
ここで、試合に番狂わせが起きたのだ。
前を走っていた4クラスが全て、足を縺れさせ転倒した。
会場では笑いや悲鳴が生まれ、大いに沸く。その最中、倒れている組など物ともせずに、3組が颯爽と追い抜き、順位が入れ替わる。
「いいぞー!」
「一ノ瀬くーん!」
1位だ。
クラスからは、大きな歓声が上がった。
……なるほど。
確かにこの競技で、今のような場面はよく起こるだろう。本番なら尚の事だ。
しかし、4クラス全員がほぼ同時に倒れるのか。
事故に巻き込まれたわけでもないのに。
“目”を常時発動している俺は気づく。
あいつ……。
思考していると、俺たちにバトンが渡った。
「せーのッ」
「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」
真ん中が俺、左脚側が眼鏡で逆が熱血バカだ。
始まりの掛け声は俺が行い、右から踏み出す。
「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」
「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」
パイロンに向かってまっすぐ走る。
焦りすぎだ、熱血バカ。
本競技は早い者に主導権が握られるのだ。
俺はついていけるが、眼鏡が数拍だけ遅れている。
折り返し地点を回ったところで、俺の左足と眼鏡の右足に明らかな食い違いが現れる。本番で修正は利かない。非常にまずい状況だ。
このままでは、転ぶ。
俺は左腕を肩から腰に位置を変え、眼鏡を抱えた。
踏ん張れ。
無理やりだが、態勢を変えさせる。
驚いたように眼鏡が俺を見るのはいいが、今は前を見ろ。その眼鏡は飾りか。
「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」
「「「いちッ!にッ!いちッ!にッ!」」」
よし、上手く保てたようだ。次のチームへ確かにバトンを渡せた。
順位は2位と、一つ抜かされたが練習より早かったのでよし。
……だが、止まれない。スピードが出過ぎた。練習でも経験していない速さだ。
俺たちはその勢いのまま、顔面から地面に突っ込む。
「は、ははははは!気合いこそ勝利の秘訣なり!」
砂と白い粉を顔に付けながら叫んでいる熱血バカ。
お前のせいで転びかけたけどな。というか、最後は転んだけどな。
結んでいた紐を外し、立ち上がる。
「いやはや、助かりましたぁ山田さん。あの時支えてくれなかったら、倒れてましたよ。私、感無量です。」
「当然だ」
眼鏡からお礼を言われるが、勝つために最善を尽くしたに過ぎない。
気分は悪くないので、もっと言ってくれてもいいけどな。
トラックの中に入り、列の最後尾とへと並ぶ。
前には、既に走り終えている件の人物がいた。隣の女子と、楽し気にお話を繰り広げており、大変ご機嫌な様子だ。
「おい、一ノ瀬」
「ん、なんだい?」
さわやかイケメンが、話を途中で切り上げ、振り向く。
こいつには、一言忠告しておかなければならないだろう。
俺は勝ちに拘っているが、反則をしてまで相手を負かす気はないのだから。
「さっきのお前のレースだが、“ああいうの”は気に食わん。最後にしておけよ」
「……」
一瞬、顔がドライアイスの様に冷たくなった。
が、すぐに元の笑顔へ戻る。
面と向かったのは初めてだが、想像以上に嘘くさい笑いだ。
そこらにいる詐欺師と、大して変わらない。
「なんのことかな」
誤魔化すのか。
……。
それ以降、俺は黙り試合へ集中する。
まだ、仲間は走っているのだ。
現在、俺たちが落とした順位はそのままに、戦っている。
やっとアンカーに回ってきた。
……あ。
こけた。
誰かと思えば、早乙女だ。
やはりあいつは残念だな。
最終的な順位として、5位に落ち着く。
出だしと、あまり変わっていない。
そして、集計得点にも特に変化は生じなかった。誰かしらが気づき、異議を申し立てる事態を期待していたが、どうやら一人も犯行を察知できなかったようだ。
大健闘、ということで先輩にも迎えられている。
あぁ。
くだらない。
そうか。
クラスメイトも、先輩も。
教師も、体育祭運営側でさえも。
全員、残念だったか。
心に、冷や水を浴びせられる。体温が、急激に下がった。
盛り上がっているクラス。
その一角で、一ノ瀬は相も変わらず笑っていた。
外から眺める俺は、どこか浮いていて。
あの中には、どうしても入りたくないと、強く思った。
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