13 猛獣と美少女

『それでは、1組と2組、3組と4組は所定の位置へ移動してください』


 放送部からアナウンスが飛ぶ。その指示に従い、綱の横に着いた。


 3組は、先程まで死んだ魚の目であった。

 しかし、状況は一変。現在では、獲物を狙うライオンの様に刺す視線を敵へと向けている。歯がむき出し、瞳孔の開かれた飢えた獣は今にも飛びつきそうだ。


 俺は一番後方で声掛け役を務める。

 周囲からの斡旋だった。


 何でこうなった。


 放送部の声で、腰を深く下ろす。

 空砲の音が、広い空に轟いた。


 一斉に、綱を握る。


 今世の綱引きに技術等は関係ない。

 ただ只管に気を注ぎ、綱を引くだけだ。


「うぉおおおおお!!」

「どりゃあぁああ!!」

「いえやあぁぁあ!!」


 チームワークなど関係もなく、誰もがバラバラに動く。


「いちッ!にッ!」

「「「「「いちッ!にッ!」」」」」


 その中で、3組だけが異質だ。

 動きが完全に揃い、一遍に力が集中する。


 綱が、一瞬で片方に傾いた。


 それは、既に取り返しのつかない程に大きく。

 数秒で勝負は決まったのだ。


「いちッ!にッ!」

「「「「「いちッ!にッ!」」」」」


 それでも、止まらない。

 腹を空かせた猛獣は、敵の死後も歯を突き立て続けるのだから。


「いちッ!にッ!」

「「「「「いちッ!にッ!」」」」」


 相手が躓くが、構わず引く。


「いちッ!にッ!」

「「「「「いちッ!にッ!」」」」」


 ずりずりと多くの餌を引きずり、格の違いを知らしめる。


「いちッ!にッ!」

「「「「「いちッ!にッ!」」」」」


 再度、銃声が鳴った。


 気付けば、立っているのは3組だけであった。


「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」

 

 雄叫びが上げる。


 無敵。

 最強。

 俺たちは強い。


 トーナメントが進んだ。

 まだ試合は続く。

 食欲は旺盛。


 さぁ、次の獲物だ。





「「「「「わっしょい、わっしょい」」」」」


 俺は今、胴上げを受けていた。

 空高く身体が浮き上がり、雲は近づく。

 気持ちの良い浮遊感だけが体を満たしていた。


 ……想像していたのと違う。

 俺のことを標的にして団結するはずだったのに。

 何を間違えて進路分岐したのか。わからない。


 結果として見れば、圧倒的な勝利で終わった。現在進行形で困惑しているが。

 勿論、俺は気功力を使っていないし、使う必要もなかった。

 確かに団結すれば勝つことは可能だと思っていたが、まさかここまで一方的な試合展開になるとは。人生とは、予想のつかないものである。


 胴上げは程なくして終わり、連中が俺に感謝を述べてから自席へと帰っていく。


 色々当ては外れたが、この展開も気分がいいのでどうでもいいか。

 考えるのは労力を使うし、過ぎたことに構う必要はない。


 ……また一人、俺に謝意を告げてきた。


 ははは。


 くるしゅうない。





 昼の休憩時間。

 綱引きの件もあり、先輩やクラスメイトから食事の同席を誘われたが、先約があると断っている。よく知りもしない他人と食卓を囲むなど、言語道断だ。


 一応、予定があるという言い訳は本当で、現在は第一体育館の前へ向かっていた。


 見に来ているシュテンやイバラキと共に食事をするためだ。

 栄養欠如気味の小鳥とたかりに来た早乙女も俺の後ろについてきている。

 こいつらについては、昼はいつも近くにいるので問題ない。


 到着。

 シュテンがこちら、主に後ろの二人を眺め、にやにやとしている。

 イバラキは視線を下に向け、顔が見えない。


「ほう、ヒロ助もやりおるのぅ。まぁ童は何人でもいいが、性の管理は確りとするのじゃぞ」

「わ、若様が人間の女を……女……殺すか……?」


 何言ってんだこいつら。

 頭でもおかしくなったのか。


「ひ、ヒロくん! 誰なのこの可愛い人たちは! まさか彼女!?」

「俺の式神だ」

「し、式神? 何かの下ネタかしら……」



 早乙女が顎に手を当て、考え事をしている。

 ……そういえばこいつは可愛そうな子だったな。放置しておくか。


 日陰に敷かれている鬼柄のレジャーシートへ腰掛けた。

 風が涼しい場所で非常に落ち着く。

 周りに人もいるが、良い場所を取れたようだ。


 何か、言い合いを始めた様子の他三人を見る。

 ……この中で一番変わりないのは小鳥か。


「おい、小鳥。立ってないで座れ。」

「あ、うん」


 シートの隣部分を手で叩き促すと、特に気にすることもなく小鳥は座った。

 至って静かなものだ。


 よし、あいつらは無視して弁当を食べよう。

 綱引きの件で大声を上げ、腹が減っていた。


「「いただきます」」


 今日の弁当は母のお手製だ。

 中学の体育祭と被り、妹を優先するからそのお詫びらしい。

 妹は今年が最後の中学校だ。そちらを重視するのは特筆すべき事項ではない。

 父は相変わらずの仕事で、この場には来られなかった。

 最近は誘拐事件や傷害事件等が多く、現場を抜けられないということだ。


 よって、家族はこの場にいない。

 まぁ、俺にはシュテンとイバラキがいるので、家の者が来なくても大して興味は湧かない。むしろ見られてないので集中して取り組めるというものだ。


 そうこうしていると、横にシュテンが座ってきた。

 おそろしく速い着座。オレでなきゃ見逃しちゃうね。


「「あぁ!?」」

「なははは! まだまだ修行が足りぬようじゃのぅ!」


 一体何の勝負をしているんだ。

 

「あ、今日のお弁当、いつもと味が違う……」

「今日は母さんが作っているからな」

「そうなんだ……」


 この頃はいつも手料理を振舞っているため、味を覚えているようだ。

 小鳥は食が細いわけではないので、出した食事は残さず食べる。

 このまま菓子パンを食べられないように調教しなければな。

 俺の料理にも味を占めてきた様子なので、望まれる未来はすぐそこだろう。


「こっちのほうが美味しい」

「なん……だと……ッ?」


 ……まだ、遥か遠くだった。


 やっと全員が席に着いく。

 俺の目の前にはイバラキ、その隣に早乙女だ。


 食事が開始された。


 あー。


 カラッと揚げられた鶏肉が疲労した体に染み渡る。脂身の少ない厳選された胸肉は無駄な繊維が一切なく、一口一口全てに歯応えがあった。オリジナルの着けダレには程よい甘みがあり、唐揚げとも最大限マッチしていて、口内を幸せで満たす。

 肉を流し込むようにおにぎりを頬張った。研究され尽くした炊き方で編み出された白米は、米の一粒ずつが際立っており、それぞれが主役だ。


 油で満たされていた身体が元に戻り、更に肉を食べられる。

 箸が、手が、止まらない。


 あー。


 これは勝てない。

 もう、病みつきだ。

 悔しさが湧いてこない程に、洗練された料理である。


 食事の最中も、会話は繰り広げられていた。

 各自の自己紹介に始まり、流れは綱引きの話へと移行する。


「やっぱり『気持ちで負けるな』この言葉がストレートで私の心には染みたわ。まるでヒロくんは、心を精確に撃ち抜くスナイパーね」


 ……この女。


 完全に面白がってやがる。本人を目の前にして煽りに入るとは、いい度胸だ。

 頭がめでたい早乙女であるが、これは整えてやる必要があるのかもしれない。


「私は『力がないからどうにもならない、そんなのはただの言い訳だ』この言葉が響きましたね。人生の教訓にしたいくらいです」


 イバラキ、お前もか。

 式神契約はどこに行った。俺達の絆はどこに。


「それを言うなら一番は最後の言葉じゃろう!」


 この流れなら、シュテンが来ることも読めていた。

 どうやら俺が黙っているものでいい気になっているらしい。

 この貧乳ババアが。


「『自分を諦めるな』これじゃ!」


 少し、こいつらには灸を据える必要があるようだ。

 俺の沸点が頂点に達し、立ち上がろうと試みる。


 しかし、その行動は膝を立てたところで制止した。


 何故か。


 右隣から、微かに嗚咽が漏れ始めたのだ。


 ……なんだ?


 そちらに首を向けると、さっきまで一心不乱に動いていた小鳥の箸が一切の動作を停止していた。進んでいた食も、今では見る影もない。代わりに、眼鏡の奥にある綺麗なリーフグリーンの瞳からは、大粒の雫が溢れ出している。


 重力に耐え切れず、頬を伝った。

 口元は半開きになり、微かに震えている。

 明らかに、異常な反応だ。


「ど、どうしたのじゃ!? 白米でも詰まらせたか!」

「だ、大丈夫ですか」


 シュテンの手は所在なく彷徨い、イバラキは背を摩る。


「……ッ!」


 早乙女は小鳥から目を逸らさず、小さな拳を固く握っている。口は固く結ばれ、歯を食いしばり、強張っている体には意図せず気が宿っていた。


 なるほど。

 何か知っていそうだ。


「だ、大丈夫。さっき目薬を刺したばかりで。苦手なの、目薬。あはは、はは」


 目薬を刺す暇などなかっただろうが。


 丸い眼鏡を取り、目元を拭う。渇いた笑いに呼応するように、瞳にも乾きと暗さが訪れた。

 涙はもう見えておらず、何事も無かったかのように箸を動かし始める。


 初めて見せた笑顔。


 こんな、しょうもない笑いとは。


 胸糞悪い。


 自分の応援しているボクシング選手が熱戦を繰り広げていたとしよう。相手がなんとなしに放った左ジャブが顎先を掠めてしまい、リングに崩れ落ちるのだ。そのままテンカウントで試合終了し、敗戦に終わる。


 くだらん。

 俺は納得しないぞ。


 急いで顔を作る。


「おい、小鳥。俺を見ろ」

「え?」


 今活かさずして、何時活きる。

 鏡で毎日、欠かさず練習したのだ。


 更新された渾身。

 負けるはずのない、脅威の顔。

 それを見せつける。


 存分に眺めるといい。

 そして、心を開放するのだ。

 

 さぁ、笑え。


 俺の持ちうる、最強の変顔で。


「「「「…………」」」」


 笑みを今、零すのだ。


「「「「…………ぷ」」」」


 よしッ!

 笑ったな!

 今笑った!


 勝ったッ!

 第二章完!

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